第795話、王国西部防衛拠点
ヴァリエーレ伯爵領。ヴェリラルド王国西部にあるそこは、今、ウィリディス軍から派遣された先遣部隊が駐留している。
何故、ヴァリエーレ伯爵領なのかといえば、理由は簡単。俺に仕えるマルカスの実家だからだ。昨年末のフィーエブルとかいう盗賊どもとのゴタゴタで、俺たちウィリディス勢の助力を受けたヴァリエーレ家は、マルカスを俺の配下におくことに納得し、友好関係を結んでいる。
何より、そのゴタゴタの一件で、ウィリディス兵器を目にしていたから、こちらが駐留しても大きな騒動にならなかったのが大きい。
かつてフィーエブルが根城にしていた廃砦デュレは、新しく作り替えられていた。こちらの建築コアの力を大いに活用して、短期間で改築したのは先遣隊の仕事である。
外側に大きく外壁が拡張されていて、敷地内にはTF-3トロヴァオン戦闘攻撃機一個中隊、ワスプⅠ汎用ヘリやエクウス歩兵戦闘車が置かれていた。
俺はデュレ砦の管制の指示に従い、着陸エリアに機体を浮遊降下させた。誘導員が緑と赤の信号灯を持って、誘導してくれる。まあ、ナビに任せれば自動で降りられるのだが、パイロットとして操縦桿を握っている以上は、自分でやっておきたい。
無事、着陸。コクピットキャノピーを開くと、整備員が梯子をかけてくれる。さっそく機体の点検作業が始まるが、俺は控えていた人物に顔を向けた。
「久しぶりだな、マルカス君」
「閣下」
マルカスは背筋を伸ばして頭を下げた。アクティス魔法騎士学校を卒業して半年。本来ならまだまだ新米臭さが抜けないものだが、彼はすでに一端の騎士であり、その実力は並みの戦士を凌駕する。そして王国唯一の航空魔法騎士の称号持ちだ。
「どうだい、こっちは?」
「はい。王国西部での戦いとなった時の航空拠点として充分に機能するものになっています」
新しくなったデュレ砦――元はヴァリエーレ家の所有物である。ここを西部防衛の拠点として活用する。
ヴァリエーレ伯爵領は王国西部だが、エール川から離れた内陸の領地だ。だが前線が突破され、王国王都へ侵攻するなら、ここを通る可能性大と、決して安全な土地とはいえなかった。
だからこそ、ヴァリエーレ家は、防衛戦力の増強と拠点化に賛成し、場所を提供してくれた。
まあ、西部地域のどこかに拠点を置くというのは、王命でもあるので、遅かれ早かれどこかに拠点が作られたわけだが。
「それで、ラッセ氏は元気かな?」
「はい、兄は、父らと共に元気にやっています。……閣下、この度は、ヴァリエーレ家のわがままを聞いてくださり、感謝いたします」
「なに、土地を提供してもらったんだ。敵の侵攻を許せば、君の家も危ないからね。少しばかりの兵力くらいどうってことはないよ」
ヴァリエーレ家から、ウィリディス製兵器を導入したいという相談に対し、デュレ砦の提供と引き換えに承諾した俺である。
予備兵力ができるのは俺としてありがたい。なので少数ながら、こちらの領内にウィリディス兵器が持ち込まれ、マルカスとその中隊に訓練させた。……彼がここ最近、前線にいなかったのも、こちらにいたからである。
「それで本題だが、いよいよ西部も忙しくなるぞ」
「リヴィエル王国と軍事同盟の件ですか」
マルカスは考え深げに言った。ただ、彼もそういう同盟について話し合いが行われているらしいことまでは知っていても、詳細までは知らないはずである。
「ああ、我らが王陛下は決断された。リヴィエルに援助を。同盟締結のため、俺が隣国に向かうことになった」
「お供します」
「いや、それには及ばない」
俺は小さく手を振った。
「我らが同盟を結ぼうとしているパッセ王は、いま帝国派に追われているらしい。俺は使者として、彼に会い、同盟を結ばせる。そうしたらヴェリラルド王国軍も動けるようになるから、その時だな、君の出番は」
「まさか、お一人で向かわれるおつもりですか?」
「SS工作員がいる。完全にひとりというわけじゃない」
現地で活動中のシェイプシフター工作員たちは、今、国王や帝国派の動向を探っている。
「何かあったら呼ぶから、その時は頼む」
「承知しました」
生真面目そのものの返事をするマルカス。俺はストレージから手紙を取り出した。
「それは?」
「何だと思う?」
「国王陛下からの書状ですか?」
「正解。……何だ、愛しいクロハからのラブレターとか考えなかったのか?」
「ラブレター!?」
マルカスがビックリする。魔法騎士マルカスと、元サキリス付きのメイドであるクロハ。二人が付き合っているというのは、ウィリディスでは有名な話。……色恋方面に持っていくとリアクションがわかりやすくなるよなぁ。からかい甲斐がある。
「ウィリディスから離れているが、関係は進展しているかな?」
「進展、といいますか……まあ、上手くいっているかと。週に一回、休日に会ってますし」
「それは結構。応援するぞ」
「ありがとうございます……」
マルカスは頷いたが、表情は晴れなかった。
「どうした?」
「いえ……」
「悩んでいるって顔に出てるぞ」
まあ、見当はついているよ。大方、身分違いの恋についてだろう。当人たちがいかに両思いであろうとも、マルカスは貴族の家、クロハは庶民。マルカスの実家である伯爵家はこのお付き合いを認めないだろう。
俺個人としては、好きなら身分など関係ないだろう、と思うのだが、これは庶民の現代における恋愛観だ。貴族社会には、当人だけではどうにもできない問題もある。
じっくり考えてやりたいところだが、残念ながら今は、それほど余裕がない。航空偵察隊の情報では、まだパッセ王らは帝国派に追いつかれていないとはいえ、時間の問題。俺が間に合わなければ意味がないのだ。
「砦から使者を出して、エマン王陛下の書状をバルム伯爵に届けさせてくれ。これから西部はどうなるのか、どう動くべきか書かれている」
「お預かりします」
マルカスは、俺から書状を受け取った。俺は西に傾きつつある太陽を一瞥する。
「では、現地に行ってくる。後は任せたぞ」
「はい、閣下」
話している間に、トロヴァオンの点検が終わった。俺は愛機に戻り、コクピットへ。
マルカスやSS整備員の見送りを受け、再びトロヴァオンは空へと飛び上がった。目指すは西――リヴィエル王国東部。眼下の平原や森を抜け、しばらく行けば視界の中で右から左へと流れている巨大なエール川が見えてくる。
俺は高度を上げ、川を超えた。はい、お隣の国、リヴィエル王国の国境を超えましたよっと。
『英雄魔術師はのんびり暮らしたい』2巻、4月10日発売予定。
Web版にない新規シーンも加筆。どうぞよろしく。




