第796話、王国からの使者、推参!
パッセ・アルマークス・リヴィエル。リヴィエル王国現国王。
今年五十三。痩身に見えて、年相応に腹周りが太くなりつつあったが、それを感じさせない人物である。灰色の髪、髭を生やし、目付きが鋭いのは王という責務を果たしてきたせいか。
彼は今、窮地に立たされていた。
ガニアン王子率いる帝国派は、王都を攻略し、脱出したパッセら一行を追撃にかかった。幸い、王国東部の諸侯は、パッセの信任厚い者たちが多く、帝国派に反発していたから、たどり着くことさえできれば何とかなる。
が、問題は、たどり着ければ、ということであり、そして残念なことに、帝国派の追撃隊に先回りされて、進路を塞がれた格好だった。
パッセ王とその妃、そして娘を乗せた馬車と、わずか十騎にまで減っている騎兵たちの前に、ガニアン王子の旗を掲げた帝国派の軍勢が立ち塞がっている。
「パッセ国王陛下! 速やかに投降されよ!」
帝国派の騎士――いや貴族である男からの呼びかけが街道に響いた。
「我らが主、ガニアン王子殿下は、陛下のお命までは奪わないとお約束された! 王都にお戻りくださいますれば、我らも手出しはいたしません!」
「ぐぬ……」
パッセは歯噛みする。
ガニアン――パッセの息子。次男ゆえ、長男が生きている限り、王位にはつけない男。故に帝国派となり、その中心として反逆した。その帝国からの支援を受け、彼を支持する諸侯らの軍勢を率いて、王都を攻略せしめた。
どうせ、帝国は利用するだけ利用して裏切るぞ――パッセは、ディグラートル大帝国の魂胆がわかっていた。だからこそ、彼は帝国の誘いをはね除けていたのだが……。
「いま、この状況こそ、連中に利用されているだけというのがわからんのか……!」
怒りに震える。あなた、と妃がパッセに不安げな声を上げた。
わかっている。抵抗したとて多勢に無勢。後方からの追撃を阻止するため、護衛のほとんどが離れたため、戦えるのはわずか十人の騎士のみ。刃向かっても犬死にするだけ。
しかし投降したとしてどうなるというのか。手出しをしない、だが命の保証がされたわけでもない。王都に戻ったら政治に利用され、処刑される可能性もある。ガニアンが、どこまで帝国に従順であるか、それを見せるための格好の餌となるだろう。
神よ――
無意識のうちに手は祈りの形に動いていた。だがそうそう都合よく奇跡など起こらない。
……そのはずだった。
両者のあいだに、空から人が降ってきた。
・ ・ ・
どうやら間に合った。
俺は、高高度からスカイダイビングののち、エアブーツの浮遊効果で、ふわりと着地した。
パッセ王御一向に武器を向けているところからして、帝国派の軍勢かな。一触即発の現場。ピリピリした空気が漂っている。同時に何事かと、皆が俺に注目していた。
さて、と。拡声魔法で、ここの皆様に俺の聞かせよう。
「我はジン・トキトモ! ヴェリラルド王国より、エマン国王陛下の使者として推参した! 双方、しばし剣を収めよッ!」
ざわっ、と、動揺めいたものが流れるのを感じた。ヴェリラルド王国、使者、と呟く声が俺の耳朶をうつ。
「ここに、エマン国王陛下の親書がある!」
懐から取り出したるは、ヴェリラルド王国の紋章の入った紙。俺は、パッセ王らのほうへ身体を向けた。
「パッセ王陛下に、我が国よりの言葉をお届けに上がりました!」
「おお、エマン王から……」
馬車より顔を出したのは王冠を頭に乗せている初老の男。……あれがパッセ王か。
「待たれよ、ヴェリラルド王国の使者とやら!」
後ろから、怒鳴り声にも似た声。帝国派の指揮官かな。
「我々は、取り込み中である! 隣国の使者よ、控えぃっ!!」
「そうはいかん! こちらは我らが王陛下より、可及的速やかに親書を渡すようにと御命令を賜った! 貴殿の指図は受けぬ!」
というより、あんたらの都合に合わせてたら、こっちはお手紙渡せないでしょうが。
「何をっ!? 使者ごときが無礼であろう!」
帝国派指揮官が声を荒げた。おいおい、使者ごときと言うが、そういうお前さんも無礼ではないかね?
「貴殿は貴族であるか!?」
一応聞いてやれば、その指揮官は馬上で胸を張った。
「リヴィエル王国北部リーリアン領を預かる、ラティモン子爵だ!」
「ヴェリラルド王国東部トキトモ領領主、ジン・トキトモ侯爵である! 頭が高い、馬から降りろ、無礼者め!」
うっ、とラティモンと名乗った指揮官は言葉を詰まらせた。パッセ王の周りを守る騎士らが、その光景に吹き出した。どうやら好意的に受け取ってもらえたようだな。
他国とはいえ、上級貴族に喧嘩を売ったらどういうことになるか、わからないほど愚か者ではあるまい。何なら、手袋投げつけて決闘してやってもいいぞ、ラティモンとやら。
「ぐ、ぐぬ、者ども! その男は我らを騙している! このようなところに侯爵自ら、一人で足を運ぶはずがない!」
ラティモンは、周りの兵に叫んだ。……あ、これヤバいやつだ。
「ヴェリラルド王国の使者? ここで切り捨ててしまえば問題ない! 殺せぃ!」
その声に弾かれたように、彼の周りの騎兵が集団から飛び出した。さらに歩兵もわらわらと動き出す。……親書を届けて、交渉する前にドンパチは避けたかったのだが、仕方ない。
「自衛の範囲において、反撃させてもらう」
とりあえず、自己正当化して、向かってくる帝国派連中に向き直る。
「メテオストーム!」
大気中の魔力を収束、岩塊を複数生成して浮遊させる。突進する騎兵らは、現れた大きな岩の塊に目を見張ったようだが、そのまま突っ込んでくる。
カタパルトで飛ばされるが如く、岩塊が、騎兵と後続の兵たちを、ボーリングのピンを巻き込むようになぎ倒した。いや直撃したら潰れてミンチ同然になるのだから、ボーリングよりも酷い。地面をバウンドする大岩が、敵兵を轢き殺し、俺に襲いかかろうとした十数名が無残な死体と化した。
「ええい、矢だ! 矢を放てぃ!」
弓兵の一団が、隊列の前で整列した。矢をつがえ、こちらに放ってくる構え。
「アースウォール!」
地面を揺らし、岩の壁を形成。弓兵たちの目の前で壁をこしらえてやったから、その位置からでは撃てないし、撃っても当たらない。あっという間に五メートルを超える巨壁ができあがり、しばし俺と敵兵の間の視界を遮った。
「まあ、壁なんか作ったら時間稼ぎと思うだろうが……」
こちとら防御のために壁を作ったんじゃないからね。攻めの姿勢は崩すべきではないと思うんだ。自衛であってもね。
「崩れろ、吹き飛べ!」
壁の後ろから魔力を送り込み、築いた岩壁を崩壊させる。同時に砕けた岩壁が、散弾となって帝国派リヴィエル兵たちに襲いかかった。
聞こえてきたのは男たちの悲鳴。阿鼻叫喚。どうやら指揮官であるラティモンも巻き込まれたようで、敵兵の混乱は大きかった。
押すならここだな。いわゆる追い打ち。混乱を突いて、さらに心理的衝撃を与える!
「ファイアボール流星群!」
多数の火の玉を具現化、敵集団めがけてばらまく。シャワーを振り回すように、無数のファイアボールが降り注ぎ、帝国派将兵は混沌へと突き落とされる。不幸にも避ける余裕がなくて、炎に包まれる兵も現れる。……大丈夫。皆まとめて燃やしてやるから。
「吹き荒れろ!」
続いて風を操り、消えかかっていたファイアボールや、延焼中の炎に酸素を与えて、盛んに燃えさからせる。辺りに火の手が増して、そこから逃れようと帝国派部隊が崩れ、崩壊した。
英雄魔術師はのんびり暮らしたい2巻、4月10日発売予定。
新規シーン、加筆。こちらもよろしく。




