第536話、戦況説明
先行したシャルールから、魔力念話が俺に届いた。
クレニエール侯爵に話を通したので来ていいという。了解の返事を念話で送ったあと、俺はシズネ艇をクレニエール城へと向かわせた。
真っ白な雪原にそびえる高く優美な外観の城である。ピンと伸びた尖塔を持つ重厚なシルエットは某夢の国の城を俺に思い起こさせた。……なるほどね、あのエクリーンさんは、ここで生まれ育ったのか。
城のそばに降りることもできたが、面倒なので城の天守閣に直接乗りつける。浮遊石を搭載したシズネ艇なら風の影響も気にせず空中で静止が可能だ。
エマン王より侯爵の位を授かった俺である。しかし所詮は若輩者ゆえ、クレニエール侯爵にただの青二才でないところを示しておかないと、こちらも動き難くなってしまう。
情報はいただいても、全面的に指揮下に入るつもりはないからね。
シャルールが話を通してくれたので、特に問題なく城の上層のバルコニーに接舷。下で騎士や兵士が呆然とシズネ艇を見上げていたが、当然の反応なので無視する。
ハッチから俺とアーリィーがバルコニーに下りると、待機していたシャルールが一礼して、同じく迎えにきていたクレニエール侯爵ら一行へと導いた。
緑のマントを羽織った恰幅のよい男性――控えている者たちと比べれば、彼が侯爵殿で間違いないだろう。
まず顔見知りらしいアーリィーが声をかけた。予想通り、クレニエール侯爵は王子、いや王女であるアーリィーに挨拶し、儀礼的なやりとりを淡々とこなした。
何とも表情に乏しい人物だった。
青い瞳は娘のエクリーンさんと同じ。肌も白いが、しわの類は少なく、また何を考えているのか分かりにくい。歳は四〇代後半くらいだろうか。そんな侯爵の青い瞳が、無感動に俺を見た。
「さて、君がジン・トキトモ侯爵だな。シャルールから話は聞いた。私はジョゼフ・クレニエール侯爵だ」
「お初にお目にかかります、クレニエール侯爵。新参者ゆえ、以後ご指導ご鞭撻のほどお願いします」
「娘から話は聞いている。君は知らないだろうが、私は君を二度ほど見かけている」
一度は武術大会の観覧席から。二度目はアーリィーが姫となり、王位継承権の順位が変わり、ジャルジーが王の後継となると発表されたあの場で。
「君とは直接話したいと思っていた。それが早々に叶ったが、残念ながらゆっくり世間話をする余裕もない。なにぶん敵が迫っている。さっそく軍議といきたいが、よろしいか?」
「もちろんです」
こちらへ――クレニエール侯爵に導かれ、俺とアーリィー、それと黒猫姿のベルさんはバルコニーから城内へと入った。
案内された先は、パーティーなどが開けそうな広々とした大部屋。窓から差し込む明るい日差し。年月の重みを感じさせる渋い内装のその部屋の中央には、大テーブルが置かれている。
「本来は娯楽を愉しむための部屋だったのだがね――」
クレニエール侯爵は大テーブルのもとへ歩み寄る。
そこにはクレニエール領とその周辺の地図が広げられていた。さらにチェスの駒を思わせるシンボルが複数立ててあり、おそらく自軍と敵軍の場所や兵力を表していると思われる。
「パメル、トキトモ候に現在の状況を説明して差し上げろ」
「はい、閣下!」
彫りの深い顔立ちの魔術師が姿勢を正した後、戦況説明を開始した。この場には俺たちのほか、クレニエール家に仕える上級の騎士や魔術師たちがいた。
状況はよろしくなかった。
すでに敵は、クレニエール領の北東地域を制圧し、現地警備隊は壊滅。迎撃に向かったクレニエールの主力軍も撃退されてしまっていた。
敵は巨大な多足魔獣――兵器と、変わった形の魔法の杖を使用し、侯爵軍を圧倒。ここクレニエール城目指して進撃してきていると言う。
「――ここより北にあるペレ砦にも、敵の一軍が迫っており、目下、こちらより警護の兵を出して、避難民の退避をさせております」
「民の退避……」
「ペレ砦は絶対防衛線である」
クレニエール侯爵は道端の石ころを見るような目で、地図上のペレ砦を凝視する。
「王都からの援軍が来るまで、一日でも長くもたねばならない。籠城での食い扶持を減らさぬためにも、戦えぬ者は残しておけん」
……はっきり物を言う人だ。
「同様に、この城のまわりにいる避難民たちも領の西へと下がらせる。敵が迫っている現状、奴らの餌食となってしまうからな。……その点、西に現れた敵を貴殿らが倒してくれたことは僥倖だ」
鷹揚のない口調だが、クレニエール侯爵はうなずいた。
「感謝する、トキトモ候」
「いえ」
恐縮です。俺が頷き返すと、そこへ部屋に緑マントの魔術師が駆け込んできた。
「申し上げます! ペレ砦より緊急の念話――あっ」
伝令とおぼしき魔術師が俺たちに気づく。クレニエール侯爵は「続けろ」と先を促した。
「はっ! ペレ砦、敵の攻撃を受け、敗色濃厚。すでに城壁を破壊され、陥落も時間の問題とのこと」
なにぃ!? と、周囲の騎士や魔術師らが血相を変える。クレニエール侯爵のみ、表情は変わらず、しかし遠くを見る目になった。
「……砦が、一日もたんか」
「そんな……ありえない! 城攻めだぞ? こんな早く――」
上級騎士のひとりがテーブルに手をつき顔を歪める。恐るべきは敵の攻撃力か。魔術師のひとりが伝令に問うた。
「それで、避難民のほうはどうなっておるか? エクリーン様らが迎えに出ているが」
「はい、報告では護衛隊は砦を発っておりますが、敵の追撃を受けている様子」
「……避難民を抱えていては、逃げ切れんな」
事実を告げるように、侯爵は言った。配下の者たちが同情するような目を向ける。クレニエール侯爵の娘であるエクリーンさんもそちらにいるっぽいからな……。
俺は口を開く。
「では、我々が避難民の救助に向かいましょう」
「あの空を飛ぶ船でかね?」
すかさずクレニエール侯爵が言ったが、シャルールが眉をひそめた。
「しかしトキトモ候、砦からここまでの道中は大半が森です。あの船では降りる場所がございませんが……?」
それはもっともな指摘。俺は大テーブルの地図を見ながら答えた。
「地上から部隊を送る。大丈夫、うちにはいきのいいエクウスがある」
「騎兵を連れてきたというのかね、トキトモ候」
クレニエール侯爵は顎に手を当てたが、すぐに首をひねる。
「しかし、空飛ぶ船以外の貴殿の部隊は、まだ到着しておらんだろう? 間に合わないのではないか?」
「今からここに呼びます。ついてはクレニエール侯、我がウィリディス軍を展開させるために城の周囲に宿営地と防衛陣地の構築の許可をいただけますか?」
「むろん、救援に来た貴殿やその配下の場所は提供しよう。いさかさ急だったゆえ、こちらの受け入れ準備が整っていないのは、すまないが」
「お構いなく。場所をお借りします」
隠し事をしている場合ではない可能性が高いので、逐次機密を明かしていくスタイル。
 




