第537話、クレニエール城ウィリディス軍駐屯地
クレニエール侯爵から許可をもらったので、城の北側の雪原にシズネ艇を下ろした。
来たときは気づかなかったのだが、クレニエール城の北から東側より向こうは一段低くなっていて、城は丘の上に建っているような格好になっていた。
さて、シズネ艇の格納庫に向かった俺は、ポータルを設置。後部ハッチからウィリディスで待機中の後続部隊を呼び寄せた。
ウルペース偵察バイクとシェイプシフター兵が雪原に展開。続いてルプス主力戦車、エクウス歩兵戦闘車が次々にシズネ艇から下りて、横一列に車両ごとに並ぶ。
その様子を眺めていた俺、そしてその肩の上に乗るベルさんが笑った。
「おうおう、城の連中がびっくりしてこっち見てるぞ」
「そりゃ、見るだろうさ」
城壁の上や尖塔から、城の兵たちが見ている。おそらくクレニエール侯爵や幹部たちも。上からはこちらの様子は手に取るようにわかるはずだ。
得体の知れない戦車が十数台も、お行儀よく整列する光景など珍しいだろうさ。
「お、トロヴァオンが来たぞ」
「リアナだな」
呼んでいたトロヴァオン5番機が上空をかすめ、ゆっくりと垂直に降下してきた。飛散した雪も、トロヴァオンが浮遊降下に切り替えてから、ぱたりとやんだ。
キャノピーが開き、パイロットスーツ姿のリアナが機体から飛び降りる。ヘルメットを小脇に抱え、特殊部隊出身の少女が駆けてきた。
「疲れたか?」
「いえ。……任務でしょうか?」
機械のように淡々とリアナは敬礼した。さすが強化人間、まるで疲れた様子もない。
「北にあるペレ砦から逃げている民間人を救助する。指揮を頼みたい」
「承知しました」
うん、俺はクレニエール侯爵と細かな調整や今後の作戦方針を練らないといけない。できれば俺も直に行って、敵がどんなものか肌で感じたかったのだが。
「エクウスを一個小隊。それぞれSS兵も付ける。敵の追っ手がかかっている、用心しろ」
「はい。敵は我々と同等か、それ以上の武器を有していると想定して行動します」
「頼む」
「ハッ!」
再度の敬礼のあと、リアナはシズネ艇のほうへ。戦闘服に着替え、装備を整えるのだろう。
車両が一通り揃い、次に宿営地設営のためのテント張りや拠点の設営作業が行われつつある。橿原やエリサ、ウィリディスのメイド組が作業する中、俺はサキリスを呼んだ。
金髪美貌の戦闘メイドがスカートの裾をつまんで一礼した。
「お呼びでしょうか、ご主人様」
「うん……? どうした、体調がよくないのか?」
「いえ、何故でしょうか?」
「どこか表情が暗く見えた」
「おいおい、サキリス、あの日か?」
ベルさんが茶化したが、とうのサキリスは首を横に振った。
「何もございませんわ、ご心配には及びません」
「そうか。これからリアナが指揮をする戦車小隊を、避難民救助のために出す。君にも同行してもらいたい」
「かしこまりました。……あの、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか? 何故、わたくしを?」
「避難民にはエクリーンさんが警護についているらしい。顔見知りがいたほうが、スムーズに合流できる」
何せ避難民たちにとって浮遊車両やSS兵は未知の存在。新手の敵と勘違いされる可能性もある。
「……不服か?」
「いえ」
その割には、浮かない顔をしているようだが。サキリスをじっと俺は見つめる。かつての親友に会うのが気が進まないか……? 昔は貴族同士、だが今はメイドだからな。
・ ・ ・
ウィリディス軍の宿営予定地を、クレニエール城の天守閣、そのバルコニーから侯爵は眺めていた。
「あの空を飛ぶ船だけでも面妖だというのに……」
傍らにシャルールら魔術師たちがいる中、クレニエール侯爵はシズネ艇の後部から吐き出される大型の鎧騎士のようなものを見つめる。
「あの船の中には、いったいどれだけのものが入るというのか」
どう考えても、多数の車や天幕ら装備、それらが入るような大きさではないのだが。
「いったいどういう仕組みなのだ、シャルールよ」
「おそれながら、転移魔法の一種と思われます」
一等魔術師のシャルールは真顔だった。
「私も、あの船に乗せてもらったのですが、行きの際にあれほどの武器は見ておりません」
「トキトモ候は、転移魔法の使い手ということか」
娘のエクリーンが、魔法騎士学校で知り合ったジンは特別だと言っていたのを、ここで痛感させられる。
武術大会を娘と観戦したし、悪魔に立ち向かう彼の姿を見た。恐るべき強運と力の持ち主であり、引き入れるのも面白いと思っていた。エクリーン曰く、すでにジンは国王に目をつけられ、役職を与えられているらしい、とのことだった。
そしてその結果が、学校卒業からわずかひと月足らずで侯爵である。
「地面から浮きながら進む戦車……。あれも例の古代文明時代の遺産か」
雪上を疾走する複数の戦車。ペレ砦から逃れてきた避難民を救助するためだろう。宿営地から離れていく。
――ふむ、速いな。
はたして、あの戦車とやらがどれほどのものか。今回の敵に通用するなら、この上ない援軍を得たことになる。
「うむ……?」
宿営地の端を歩く、ジン・トキトモの姿が見えた。傍らには、黒髪の少女を従えている。召使いだろうか……?
注目していると、突然何もない雪の中から岩のブロックが生えた。ひとつ、ふたつ……あっという間に数えられないほどの数となる。大人の半分ほどの高さのブロック状の壁が一定間隔で並び、宿営地の外に防壁を作った。
「……私は夢でも見ているのかな、シャルールよ」
「いえ、私にも見えております」
岩の塊が生えてきました、と一等魔術師は言った。
「あれは魔法か?」
「はい、おそらくは。しかし、あのように大量に……しかもほぼ同時に生成するなど、見たことも聞いたこともありません!」
「……だろうな」
もしそんな陣地構築の達人がいれば、その名は世間に轟き、権力者はこぞって自らの配下にしようと手を尽すだろう。
そんなクレニエール侯爵の考えをよそに、シャルールは続けた。
「しかし、大地魔法を極めたトキトモ候なら、造作もないのかもしれません。山のような巨岩魔法を使われておりましたから」
西から現れたゴーレム軍を撃破したという報告は、シャルールの口から聞いている。
――しかし、娘は、ジン君のことを大地魔法の達人とは言っていなかったのだが……。
クレニエール侯爵は、ウィリディス軍が天幕を張り、さらに王都で噂の魔法甲冑とやらを配置につかせているさまを見下ろす。
――あの天幕も、ずいぶんと簡素なようだが……ふむふむ。
「どうだ、シャルール。本来なら、私自ら赴くことはないのだが、どうにも好奇心を抑えられない」
「お供いたします、閣下」




