第538話、護衛隊の奮戦
ペレ砦とクレニエール城のほぼ中間地点マグア街道――
くそっ!
思わず声に出ていた。クレニエールの騎士デファンは甲冑をまとい、カイトシールドを前に突き出していた。
街道のど真ん中である。左右はマグアの森があり、ペレ砦に通じる方向からは青い装備をまとった異質の兵どもが駆けてくる。
こいつらが『敵』だ。
ドクロの顔を持つ人型の戦士と、人間なのだがツギハギのバケモノみたいな顔をした同じく装備をまとう戦士どもの混成部隊だ。
その数、二〇、三〇、いやもっといた。
デファンは百人長の立場にある。今回のペレ砦近郊に避難してきた民の退避誘導と警護を命じられた。
その帰りに『敵』の追撃を受けた。第一陣として送り出した護衛隊の主力は、敵が迫っている今の状況を見れば全滅したのは間違いない。
残っている護衛隊は、一七名。うち五名は、クレニエール侯爵の娘エクリーン嬢の指揮で避難民の警護につかせた。
デファンは残る一〇名とともに、殿軍として残った。
残ったのだが――
「貴様らに戦士の矜持はないのかっ!?」
返答は赤い魔法弾だった。敵の投射武器によって、あっという間に半数が倒された。助かった者に共通するのは、金属製の盾を持っていたこと。それがかろうじて敵の攻撃を防いだのだ。
だが数名にまで減った今、押し寄せてくる数十の敵を押し留めるなど不可能だった。
「我ら、誇り高きクレニエールの騎士っ!」
ブロードソードを掲げ、デファンは叫んだ。
「バケモノどもめ! ここは通さん――!」
次の瞬間、構えていた盾を敵弾が貫いた。胸が焼けるように熱い。見れば、盾はおろか金属製の鎧すら貫かれていた。
「……バケモノ、ども、め……」
迫る敵兵。それが振り上げた剣の輝きを最後まで見ることなく、デファンの意識は途絶えた。
・ ・ ・
避難民の歩みは遅い。
敵が迫っていると聞いても、街道を進む者たちの足取りは亀の如く鈍かった。馬にまたがり、デファン隊長から指揮を引き継いだエクリーン・クレニエールは、最後尾へと視線を向けた。
馬車、いいえ、荷馬車でもあれば……! 足腰の弱い者を乗せることができたなら……。
まだ敵の姿はない。だがデファン隊長らが足止めできる時間はわずかだろう。
避難民の多くは子供や老人、女性だった。およそ一〇〇人ほど。戦える男はすでに守備隊に徴兵されたり、避難の最中に家族を逃がすために残り、すでにこの世にいない。
――今度はわたくしたちの番ね……。
次に敵が現れたら、わずか六名で防がねばならない。それでも時間稼ぎにすらならないだろう。
おそらく、ここで死ぬ。魔法騎士学校を卒業して、今年には結婚が控えているというのに、あっけないものである。……そういえば、結局婚約者の顔を一度も見ることはなかった。
自嘲を含んだ笑みがこぼれた。
こんなことなら護衛隊などに志願するのではなかった、と心の中で呟く。だが、それでもクレニエールの騎士の一員であり、また貴族の娘である以上、義務を果たす必要がある。
ノブレス・オブリージュ。
その時、馬に乗った魔法騎士――学校の同期であるテディオがやってきた。
「お嬢様、敵です!」
「もう来てしまったのね……」
いよいよ覚悟を決めねばならない時がきた。口の中がカラカラに渇いている。鎧の下の心臓の鼓動も早くなるのを感じた。
そう、怖いのだ。ひたひたと迫る死の足音が。
「まったく馬鹿げてますわ」
「お嬢様……?」
「だってそうでしょう? 城まではまだ半分も残っているのに、わたくしたちはわずか六名。どれだけ頑張ろうとも、避難民たちを救うことはできない。けれど、それでもわたくしたちは盾として、踏みとどまらなければならない」
これを無駄死にと言わず何というのか。このままでは全滅確定。
「それでも――」
テディオが顔を強ばらせながら、エクリーンの顔を見た。
「僕たちは、魔法騎士ですから」
民を守るために戦うは本懐。
――ああ、どこか気弱なこの子も、漢の顔をするようになったのね。
エクリーンは、目の前の同期の騎士に薄く笑みを向けた。彼は土壇場で力を発揮するタイプかもしれない。
召し抱えたのは正解だったと思う反面、このような戦いに彼を巻き込んでしまったことに責任を感じた。彼を拾わなければ、こんなところで死ぬこともなかっただろう、と。
彼はきっと誰よりも立派な魔法騎士になるだろう。たしか彼の一族には魔法騎士がいたはずだ。
「貴方のお爺さまは、立派な魔法騎士だったようね」
「そう聞いています。僕の自慢の祖父です」
「では、行きましょう!」
「はい、お嬢様っ!」
騎馬は避難民の最後尾へと走る。一人が先導として列の最先頭にいるが、それを除く全員が集まった。
配下のひとり、ライカーという名の騎士が口を開いた。
「お嬢様、いよいよ敵の姿が見えてきました!」
ゾロゾロと敵の集団が街道を進んでいる。ざっと五、六〇ほどだろうか。
「騎兵であることを活かして突撃しますか? わずか五騎ですから、道幅を気にする必要もありませんぞ」
「わたくしたちは時間を稼がなくていけませんわ」
敵が強力な魔法武器を持っていることは知っている。わずか五騎程度の突撃など、たどり着く前にやられてしまうだろう。
「全員、下馬戦闘。馬を盾に、その後ろでシールドウォールを形成。敵が近づいてきたところで斬り込みます!」
まずは距離を詰めねばどうにもならない。だが射撃戦では圧倒的に不利。愛馬を盾にしなければならないことに申し訳ない気持ちがこみ上げる。
――ふふ、さっきから謝ってばかりね、わたくしは。
こと任務に限れば、何一つ失敗はしていない。自身が守らなければいけないもの、自分を守ってくれるもの、それらすべてを犠牲に捧げねばならない状況が恨めしくなる。
――こういうのを理不尽というのかしらね。




