第449話、スプリガンの財宝
吸精。
エリサは、スプリガンを触れただけで倒してしまった。
サキュバスが男から精を奪う技。応用と言ったが、マインドドレインとかマジックドレインとかいう魔力吸収系の能力ということだろうか。
「巨人じゃなかったのか」
マッドが、先ほどまでスプリガンがいた地面を睨む。エリサは肩をすくめた。
「そ、妖精の仲間よ。身体の大きさを自由に変えられるのはシェイプシフターに近いけど、こっちは魔力系ね。財宝の守り手と言われて、領域に侵入する敵を攻撃する習性があるわ」
「それでさっきから妖精と言っていたのか」
俺はスプリガンの遺品となった大槌に触れる。うわ、重っ!
「伝承によると、巨人族の幽霊って話もあるけどね。……あら、リーレ、大丈夫?」
「んあ……? あぁ~、ヤベ、もろ直撃だったわ」
岩壁にもたれながら、腹を押さえながらリーレはけろっとした調子で言うのだ。普通の人間だったら、間違いなく死んでいただろうが、あいにくとリーレは普通の人間ではない。
「死んだー。クソめ! で、あの巨人は?」
「エリサが仕留めたよ。ほら」
歩み寄ったベルさんが、リーレに手を貸す。その手を取りながら立ち上がると、三角帽子の魔女に顔を向ける。
「どうやってやっつけたんだ?」
「教えない」
「えー、ケチケチすんなよ!」
抗議の声を無視して、エリサはすたすたと先に行きかける。
「話してあげてもいいけど、先へ進みましょ。あの一匹だけだと思うけど、もしかしたら他にもスプリガンがいるかもしれないからね」
「スプリガン?」
戦闘中、意識のなかったリーレには初めて聞く単語に首をひねった。
まあ、歩きながらでも話せるということで、俺たちは通路を進み、マッドの魔法甲冑があるフロアまで急いだ。
魔法使いがいるのが当たり前の世界で、『魔女』の異名を持つだけあってエリサの妖精や魔法的知識は相当のものだった。
ここにはいないが、ダスカ氏といい勝負できると思う。ユナは……どうだろうな。
そのエリサ曰く、次にスプリガンが出たら、物理で殴るよりも魔法主体で戦った方がいいと言われた。
「でも、あたしとしてはトロールのほうがよかったわ」
「何故だい?」
「醜い毛むくじゃらの巨人とも妖精とも言われているのだけど、意外と手先が器用なのよ。薬草や魔法の知識もあるから、同じく魔法薬を使う人間としては興味があるわ」
妖精ね。トロールって俺も聞いたことあるけど、この世界だと魔物の類いだったような。
「へ、トロールなんて、そんないいもんじゃねぇよ」
ベルさんが珍しく不機嫌になった。
「再生能力が高くて、斬っても突いても中々死なないしぶとい奴らなんだが、日の光が弱点でな。石になっちまうから、野外で昼間だとまったく使えない」
さすが魔王様。詳しいじゃないか。
「つまり、こんな洞窟とか遺跡で出くわしてみろ、かなり面倒なことになってたぞ」
「……確かにそうかもね」
エリサも認めた。
そうこうしているうちに、目的地に到着した。
財宝の守り手とかエリサは言っていたが、なるほど、と俺は納得した。スプリガンの部屋なのだろう、このフロアには金銀財宝や魔法武具、そしてマッドの魔法甲冑の残骸があった。
「……」
マッドの表情は彫像のように変化がなかった。だがその目は、失った戦友の亡骸を見るようだった。俺も静かに息を吐いた。
「大魔石が抜かれたな」
スプリガンにとって、守るに値する宝と認定されたのだろう。その大魔石は他の財宝と同じく無造作に置かれているのだから、意外と扱いが雑というか何というか。
「目的は果たした」
愛機の動力として用いていた大魔石を回収して、マッドが改めて壊れた魔法甲冑を見やる。ベルさんがやってきた。
「マッド、これどうするんだ? 持って帰って直すのか?」
「直す……。直るのか、これは」
新調した方が早くないか、とも思う。俺は屈んで魔法甲冑の腕部、その表面を撫でる。……この装甲、何だ? 鋼鉄、いや魔力を感じるが、ミスリルではないしコバルトでもない。
「どうした、ジン?」
「なあ、マッド。こいつの装甲、何でできてんの?」
「魔法金属だとガエアは言っていたが……」
設計者のエルフの名前が出てきた。マッドは首を小さく振った。
「すまない。俺にはわからない」
「そっか。とりあえず、ウィリディスに持って帰って、それから判断しよう」
俺はポータルを出すと、浮遊の魔法で魔法甲冑の各部位を浮かせるとポータルの向こうに送り込んだ。
「おーい、ジン! こっちのお宝も頼むぞー」
リーレが明るい調子で言った。俺は眉をひそめる。
「これ全部持って帰るのか?」
「あったり前だろ? こういうのは先着順だ」
「置いていっても次の奴が総取りしちまうからな」
ベルさんの言葉に、エリサもうんうんと頷いた。スプリガンの守護していたお宝を持っていくことに誰も異存はないらしい。この世界の常識、というか冒険者ルールだな。
目的の魔法甲冑を回収したから、ボスケ大森林ダンジョンの以後の探索は次の機会だな。そろそろ時間的にも明日の学校に差し支える。
帰りはポータルで一直線。ボス倒したら入り口までスキップするって、どこのRPGだよっていつも思う。本当なら行きの分と同じだけ帰りも移動しなきゃいけないんだからね。
・ ・ ・
ウィリディスの地下格納庫に繋いだポータルに出ると、エルフのガエアが待っていた。バトルゴーレムのメンテをSS整備員から教わって時間を潰していたようだった。
ガエアが心血を注いだと思われるマッドの魔法甲冑。その無残な姿を目の当たりにし、彼女のショックは大きかった。
事の顛末を説明した後、ガエアは「スプリガン」とうわごとのように呟いていた。
「師匠」
抜け殻のようだったのはわずかだった。新たに闘志のようなものを燃やしたガエアは涙目ながら俺を見た。なに、ちょっとキュンとした。
「マッドには魔法甲冑が必要だと思います。修理はたぶん無理なので、一から作ることになると思いますが、お力をお貸しください!」
あ、結局ジンがやるのか――ベルさんの呟きが聞こえた気がしたが、俺は笑みを貼りつけ、ガエアの肩に手を置いた。
「いいだろう。その代わりなんだが、こいつに使われている装甲のこと教えてくれ」
「……あ」
ガエアの表情が固まった。……やっぱり、こいつ。エルフの独自技術を隠してやがったな。いやぁ、楽しみだ。当然、教えてくれるんだろうね……?
なお、探索の最中に、自分の過去話をして何やらリアナに意味深な視線を送っていたマッドだったが、二人の間には何もなかった。
結局のところ、ただリアナを見ていて昔の戦友を思い出しただけだったようだ。
リアナにしても別世界の、自分に境遇が似ているかもしれないだけの少女のことなど、どうでもいい話だった。
確かに、いきなり前世の知り合いに似ている、なんて言われても困るだけだよなぁ……。




