第415話、遠征の前に
乗り物は用意した。現地へ潜入する工作員もまた揃いつつある。
あと必要となるのは、現地までの地図だ。
目指すはディグラートル大帝国、その中枢たる帝都である。
俺がこの世界に召喚されたのは、帝都の研究施設だった。つまり一度、帝都にいたことがあるが、ベルさんと脱走して大帝国を脱出するまでは、とにかく慌しく、位置関係などほとんど覚えていない。
連合国で戦っていた頃、大帝国は西側と、そこでみた大まかな大陸地図では記載されていた。ダスカ氏に聞いたところによれば、ヴェリラルド王国からは大帝国は北東方向にある。
つまり、ヴェリラルド王国とその周辺国がある大陸西方諸国と連合国の間に大帝国は位置しているのである。
では、大帝国出身のエリサに聞いてみれば、ヴェリラルド王国には流れ着いたようなもので、ある程度の方角はわかっても、ここから現地までにあるランドマークが何か、正確に記憶はしていなかった。
インターネットで気軽に地図を検索できるような世界ではないから仕方がないね。そもそも、この世界に正確な世界地図などあるのか、という話である。
スピードさえ気にしなければ、ほぼ航続距離が無限であるポイニクスを使って、空から航空写真を撮影して、それを地図にまとめるという方法もある。
が、たった一機で世界地図を作るなんて、どれだけ時間がかかるかわからない。いずれはやるかもしれないが、今はその時ではない。
まずは、王国で地図を所有していないか、エマン王に相談してみる。
ウィリディス白亜屋敷に来ていた王は部屋で本を読んでいた。……『東洋の神秘魔法』。おそらくダスカ氏が持ち込んだ本だろう。
「西方諸国や大帝国、連合国あたりまでの地図、とな?」
「はい」
「我が国と周辺国の地図はあるにはあるが……」
エマン王は本から顔を上げると、口をへの字に曲げた。
「お前が作っている王国の地図に比べると、子供のラクガキのようなものだが」
SSパイロットの飛行時間稼ぎと偵察を兼ねた飛行任務、さらにポイニクスの試験飛行で、ウィリディス周辺を皮切りに王国の地図を作成中である。
「要するに、大まかな位置がわかる程度、ということですね?」
「そうなる。しかし、地図が必要とは……どこかへ行くつもりかね?」
一瞬、王の目が光ったように見えた。ここを離れて、どこかへ引っ越したり、あるいは雲隠れするとでも思われたかな?
大帝国本土へ乗り込む、なんて、はたして告げていいものかどうか、ちょっと困る。ただの遊覧飛行、なんてうそ臭いし、工作員を潜入させるため、なんて諜報上、軽々しく言えるわけがない。
「春以降、大帝国がこの国に攻めてくる可能性がありますから、そのための対策作りを、と思いまして」
この秋、例年以上に数が多かった飛竜の発生で、隣国を制圧した大帝国の遠征軍は、それ以上の侵攻どころではなく、年内は攻めてこないのはほぼ確定している。
だが、つまるところ、ディグラートル大帝国は西方諸国にも着々とその魔の手を伸ばし、侵攻を窺っているのだ。
「北方か」
エマン王も眉間にしわを寄せた。
「ジャルジーが警戒を強めているな。軍備の増強――魔法甲冑の製作も、来るべき大帝国の侵攻に対する準備だ。……あまり考えたくはないが、来年は、奴らも本格的に攻めてくるか」
「連合国は頼りにならないと聞いております」
俺は、ダスカ氏から、かの国がすでに青息吐息であるのは耳にしている。空を飛ぶ軍艦、地上を進む魔導兵器などなど、大帝国の勢いは凄まじいと聞く。
今年、王国の国境を脅かした敵は、あくまで物量のみだったが、これに連合国を追い詰めた新兵器群が加われば、西方諸国にほぼ勝ち目はない。大帝国の蹂躙が、この王国を飲み込むだろう。
王族は末端まで殺され、仲間や知り合った人々も多く死ぬだろう。愛するアーリィーも……。
「貴族たちにも発破をかけねばならんな。だがはたして、強大な大帝国に太刀打ちできるだろうか」
ちら、と王は俺を見た。力を貸してほしい、とその目は言っている。俺は薄く笑みを浮かべる。
「私も、せっかくここに家を建てたのですから、連中にはお引き取り願いたいところです。そのために、色々準備をしているのですから」
「頼もしい。それを聞いて安心した」
エマン王は破顔した。
「大帝国をさんざん悩ませたジン・アミウールが、そう言ってくれるなら心強い」
「連中には借りがありますから。私もベルさんも」
やるからには徹底的にやる。だが、そのためにも、敵情把握は必要である。用意した軍備が通用しないなんて、最悪の状況になったときに、奥の手が打てるように。
・ ・ ・
王族所有の地図が、あまり役に立たないとわかったので、俺は次に冒険者ギルドへ行った。
いつもようにギルマスの執務室にお邪魔して話してみれば、王国とその周辺国の大都市が乗っている地図はあったが、大帝国までの地図はなかった。
「オレくらいになると、竜退治の依頼で他所の国からもお呼びが掛かるからな」
ドラゴンキラーであるヴォード氏である。
「大抵は案内が付けられるものだが、こうして自前で地図を持っていたりする」
「でも大帝国は行ったことはない、と」
「徒歩旅となると、呼び寄せるだけでも日時を消費するからな。遠い国ともなればなおのことだ」
確かに。
実際、エルフの里のことで俺は呼ばれたが、もし普通に徒歩旅だったら、到着した頃には里は滅ぼされていたかもしれない。車や飛行機があればこそ、間に合った遠征だった。
「大帝国に行くまでの地図とか、心当たりはありますか?」
「商人に聞くのがいいだろうな」
ヴォード氏は、部屋の外に「誰かいないか!?」と一声。するとギルド職員がひとりやってきた。
「商業ギルドのパルツィが来てただろう?」
「いま、ラスィアさんと商談中です」
「結構。それが終わったら、こっちへ来るように声をかけてくれ」
「わかりました」
ギルド職員は退出した。ヴォード氏は片方の眉を吊り上げる。
「商人は、国をまたいで商売をする連中も多いからな。当然、大帝国に行く奴もいるだろう」
そう言うとギルマスは棚まで歩き、酒瓶とカップを二つ取り出した。
「待っている間に、話を聞こうじゃないかジン。今度は何を企んでいるんだ?」
さて、どこまで話したものやら。後ろ暗い目的について、いくらギルマスでも明かせないことはあるのだが。




