第414話、ウィリディス住人調査報告その3
アーリィーの調査報告。これといって秘密はなし。最近、料理に関心を示しているらしい。レシピを記録したり、クロハやサキリスらと勉強会をやっている。
「明らかにお前さんが料理をする影響だな」
ベルさんはそう評した。俺の知らないアーリィーの一面が見えたのは収穫だけど、それを知ったのが、SS工作員のテストというのが、少々後ろめたい。
では次の人――ダスカ・ロス氏。
55歳。エリサ同様、最近、こちらに来た魔術師。ヴェリラルド王国では高名な人物であり、皆からも一目置かれている。
歳のわりに好奇心が旺盛で、ユナやエリサの工房、俺の研究室や地下格納庫に通い、それらをノートブックに記録していた。
時間のある時はウィリディスを散策したり、ウィリディス屋敷の一階に出来た書庫で読書をしている。なお書庫の本は、ほぼダスカ氏がこれまで集めてきた本で、閲覧は自由となっている。
俺たちで書庫を作ったとき、彼は収納魔法付きバッグから本を出しながら苦笑していた。よくここまで溜め込んだな、ってさ。
「あとは、フィレイユ姫に魔法講義か」
姫様の希望で魔法を教えるという話だったから、それも忠実にこなしているようだ。
「――工作員くん」
「はい、マスター」
「ダスカ氏に気づかれたりは?」
「いいえ、ありません」
直立不動で、ダスカ氏を担当していたシェイプシフターは答えた。俺はベルさんと顔を見合わせる。
「エリサは気づいたかもしれないって話だったが、ダスカ氏が気づかなかったと思うか?」
「いい歳だから鈍くなっている……とは思えねえな」
「同感。少し前まで連合国で大帝国と戦っていた人間だ。しかもその連合国から狙われているかもしれないと気を張っていたから、まったく無警戒とは思えない」
「安全なウィリディスにきた、とは言っても、一種の癖で、誰か見張ってないか確認したくなるもんだしな」
「たぶん、気づいている」
「ああ、それも気づいていて気づかないフリをしてる」
このあたり、本人に確認をとってみよう。シェイプシフター工作員の試験のことを明かした上で、彼らの潜入スキル向上のための意見を聞こう。
ダスカ氏の次は、リアナ・フォスター。異世界軍人。我らが翡翠騎士団の軍事顧問役でもある美少女。
「オイラ、あいつのプライベートにめちゃくちゃ興味あるぞ」
ウォーキング・ドール。可愛い顔して、中身はキリング・マシンだからな。彼女はSS工作員たちの養成にも絡んでいるが、果たして。
「調査は一番難しく、また収穫はほぼありませんでした」
担当シェイプシフターが提出したのは、一日の行動記録のみ。
朝起きてから夜寝るまでの行動は、俺たちにとっても別段珍しいことはなかった。多少ロードワークが多いのが目に付いたが、体力づくりを欠かさない軍人さんらしいと言えばらしい。
あと武器の手入れは欠かさない。
「日記とかなかったのかよ?」
「はい、リアナ隊長は私物と呼べるものがほとんどありませんので」
クロハと似たパターンか。
なおリアナの私物について補足すると、武器や装備、戦闘服がこれに当たる。……私物ではあるのだが、何か違う気がしないでもない。
「追記ですが、隊長に調査がバレました」
「……バレた?」
「はい、部屋に忍び込んでいたのですが、隊長は部屋に戻ってくるなり室内を徹底的に調べ上げ、最後は銃を向けられました」
「……」
俺とベルさんは、ため息をついた。そうかー、バレたか。
「そのわりには、乗り込んでこないな?」
文句のひとつも言いにきてもおかしくないのだが。
「リアナ隊長は、我々の行動が潜入試験だとご存知だったようで、咎められませんでした」
SS工作員は顔をあげたが、すぐに肩を落とした。
「その代わり、叱られました」
後ろにいたほかの工作員たちも一様にうなだれたように見えた。シェイプシフターたちは互いに情報交換して知識や経験を共有するため、一人が叱られると、その記憶を全員が共有することになるのだ。
「ああ、そう……」
それで俺のところにリアナは来ないんだな。これは後で、俺のほうから行かねばなるまい。試験をやるとは言ったけど、いつやるかリアナにも言ってなかったからな。
シェイプシフターたちにはいい経験にはなっただろう。
テンションがやや下がったところで、次の人の資料へ。
白亜屋敷に住まうフィレイユ姫。彼女は、いまでは王城ではなくこちらに住んでいる。私物も運び込まれていて、几帳面にも日記をつけていた。
フィレイユ姫の日記を見るに、ウィリディスの日々は大変充実しているものだと窺える。俺のことも書かれていて、姉であるアーリィーの婚約者でなければ自分が妻になりたかった、とも書かれていた。
「モテモテだな、ジン」
「まあな」
ウィリディスでの兵器開発を見たことや、新しい乗り物などに深い関心を示していて、ポイニクスでの飛行体験を絶賛していた。ダスカ氏から魔法を教えてもらい、その腕前が上がっていることも得意げに日記につづっていた。
「お前さんが教えてやったら、もっと喜ぶだろうよ」
「皮肉かい、ベルさん」
一方で公的行事の出席のために王都に戻った時の不満などが書き込まれていて、王族とは大変なんだなと他人事のような感想を抱いた。
アーリィーが公には、王子からお姫様になったということもあって、行事に出席しなくなったのとは対照的である。
さてさて、後はジャルジーとエマン王であるが、この二人はそれぞれの城に行ったり来たりで、いちおうウィリディスに部屋はあるが、滞在は不定期だ。
ジャルジーなどは、お菓子をつまみに来て、また戻っていくみたいなこともしている。SS工作員の調査によると大したものはなかった。
「食べた甘味のメモだァ?」
「ベルさんとのゲームの対戦成績表?」
俺とベルさんは、上がってきた資料のコピーを見やり、何ともいえない顔になった。
もっとも、バレないように資料を手に入れ、またウィリディスでの行動を観察するという試験内容からすれば、よしとすべきであろう。
この二人には、潜入試験とは別のところで、シェイプシフターが張り付き、城での行動は逐次報告が来ている。実際のところ、SS工作員たちの潜入スキルは、すでに行動しているこれらのシェイプシフターからの経験が多分に影響している。
今回の試験で得た教訓は、すでに行動中のシェイプシフターにもフィードバックされ、さらにその技量が向上するだろう。めでたしめでたし。
かくて、SS工作員による潜入試験は終了した。
姿かたちを自在に変えるシェイプシフターたちにとって、潜入こそ本領発揮の場面であると言える。
魔力感知系にやや弱い面も発覚したが、対処可能な域であり、これらを改善した上で、本格任務にも耐える潜入工作員として活動していくことになるのだ。




