第416話、商業ギルドへ行く
パルツィ氏の姿を見かけたことは何度かある。サキリスが奴隷として売られたとき、彼女を買うお金の調達のために、希少なドラゴン装備を売ったのも彼だ。
銀髪に眼鏡。温厚そうな顔立ちで、俺の実年齢とほぼ同世代と思われるパルツイ氏は、俺が待っていると聞くと、すぐに駆けつけた。
「ご無沙汰しています、ジンさん。今日は何かご所望で?」
希少なドラゴン装備を複数所有していた俺である。現在Sランクの冒険者で、王族ともつながりがあるとくれば、商人のほうが放っておかない。
「地図を探しているんです。大帝国内の主要な街が載っているやつ」
「ほぅ、地図ですか」
意外そうな顔をしつつ、考え深げなパルツィ氏。
「この時期に、大帝国の地図……ひょっとしてそちらへ移るので?」
近い将来、大帝国が攻めてくるから、その前にヴェリラルド王国を離れて鞍替えする、とでも思ったのだろうか。
「大帝国出身のとあるご令嬢を送り届ける個人的な依頼を受けましてね。現地に行くための地図が欲しいのですよ」
真顔で嘘を吐く俺である。といっても、大帝国に潜入工作員を送り届ける、という目的からみれば、まんざら嘘でもないのだが。
「ああ、依頼ですか」
「ええ、案内役がいなくて、令嬢自身も地理に疎いものですから」
「それは大変ですねぇ」
「ええ、大変です」
パルツィ氏は「うーん」と小さく唸った。
「地図は用意できると思います。ただ、お高いですよ。あ、ジンさんならお金のことを心配するまでもないでしょうが」
「俺はそんなお金持ちに見えますか?」
「またまた、ご謙遜を。お金がなかったとしても、何か希少な品があればそれと交換ということもできるでしょう?」
パルツィ氏は言うのである。
「それで、依頼ということは、調達は早いほうがいいですか?」
「ええ、まあ。早いにこしたことはありませんが」
「それなら、今から商業ギルドへご一緒しませんか? 当てがあるのですが、直接交渉すれば、今日中に手に入るかもしれません」
そういうことならば、と俺はその提案に乗った。
・ ・ ・
かくて、俺は王都にある商業ギルドへ、パルツィ氏と共に向かった。
ギルドが所有する敷地は冒険者ギルドの比ではなく、市場を思わせる露天エリアでは商人同士が品物の売買をしていた。家具、武具、その他雑貨、食材もあれば、骨董品や掘り出し物もあり、商品はさまざまだ。
ずいぶんと騒がしく、また人や物の往来が激しい。
「ジンさんは、王都の商業ギルドは初めてですか?」
「ええ」
「あまりに色々な商品が取引されているので驚いたでしょう? ここで手に入らないものはありません、と豪語したいほどには品揃えは豊富です」
古代遺跡のオーパーツとか、超希少モンスターの品は例外ですが、とパルツィ氏は笑う。
「もっともここで取引できるのは商業ギルドの会員か、ギルドから許可を得た人間だけです。……ジンさんもよければ、ギルドに登録しませんか? 年会費は必要ですが、ジンさんほどならさほど負担になるような額でもありませんし」
パルツィ氏の眼鏡の奥の目が光る。
「冒険者ギルドより高く売り買いできますよ?」
「検討しましょう」
ただし入るとは言っていない。
「地図を買うのに、登録は必要ですか?」
「本来は、それぞれの店で交渉して購入という流れですけど、ジンさんもお急ぎでしょう? 今回は私の権限で、ギルド登録者同様の対応とさせていただきますので、即購入可能といたしましょう」
その代わり、よいお返事を待っています、ってことか。俺に恩を着せようというのだ。さすが商人抜け目ない。
売買エリアを抜け、倉庫が立ち並ぶ場所を通る。ギルド本部の建物は奥なので、視界には入っているのだが、まだ遠い。倉庫前は人がいるが、道の真ん中は空いているのでエアブーツでダッシュしたくなるね。……エアブーツといえば。
俺は、パルツィ氏の靴に視線を落とした。
「パルツィさん、あなたの履いている靴、エアブーツですよね?」
「え? ああ、加速魔法付きのですね。これがあれば移動も速いのですが、日常生活だと忘れがちです。とくにここは急な飛び出しによる衝突が洒落にならない損害を与えることもありますから」
「高価な壷とか、ですか?」
冗談交じりに言えば、パルツィ氏もからからと笑った。
「いやあ、ジンさんのおかげで、エアブーツ、というか靴の需要が大きく変化したんです。ウマンさんの魔法道具屋は莫大な利益を上げましたが、その恩恵というか効果がかなりありまして」
「そうなんですか?」
「あの靴、魔法を差し引きしても動きやすくて履き心地がいいって評判になりまして。おかげで王都で普及している一般の靴も大きく変わったんですよ。靴は皆が履いているものですから、その利益は計り知れません。それにまだまだ市場も大きくなりますし」
知らないところで、大事になっていたらしい。
「新作の靴を発表したら、大儲けできるかな?」
「そのときは、ぜひ我が商業ギルドに協力させてください」
あはは、とお互いに笑い合う。
「そういえば、ジンさん、あなたは冒険者の前に魔術師ですよね? ひとつ相談したいことがあるのですが」
「何でしょうか?」
「エアブーツ需要なんでしょうが、以前よりグリフォンの魔石の買取が増えていまして」
加速型エアブーツではグリフォンの羽根を使わないが、ジャンプ、浮遊機能付きのエアブーツには空中での安定性にグリフォンの羽根が用いられている。
冒険者は多機能型を求める者が多いので、エアブーツ製作のためのグリフォン狩りが流行っている。……そのうち狩りつくしてしまうんじゃないかと思っている。
ともあれ、グリフォンほどの魔獣となると、羽根以外にも体内に魔石があることも多く、魔法の触媒にしてもよし、売ってもお金になるからと基本、冒険者たちは持ち帰ってくる。
パルツィ氏は言った。
「冒険者ギルドより高額で魔石を買い取っているんですが、それで風属性の魔石が余っている状況なんです」
買い手より売り手が多いために、結果的に風属性の魔石だけ値が下がってきていると言う。
「買い手がつくならいいのですが、このまま在庫が増えるのはちょっとこちらとしても困りまして。……何か面白い使い道、ありますかねぇ?」
風の魔石、ね。俺は頭の中でそれを反芻する。――風、グリフォンの魔石……グリフォン。
ふむ、そういえば俺の世界に、グリフォンにちなんだエンジンがあったな。もちろん名前だけで実際にグリフォンが関係したわけじゃないが。
「パルツィさん、その魔石、近いうちにまとめて売れるかもしれませんよ?」
俺は思わず相好を崩した。




