第334話、航空機の必要性
「ジェット推進エンジン?」
「そう、高速飛行が可能な戦闘機」
俺が言ったとき、人型形態のベルさんはテーブルの上のオレンジジュース入りのコップを手にとった。
ウィリディス屋敷のある小山、格納庫東口そばの野外休憩所である。駐機場から飛び立った試作ヘリ五号――タンデム式の複座型試作ヘリがSSパイロットの操縦で試験飛行に出る。
今日は夏休み最後の日。俺も隙あらばヘリを操縦して、それなりに操れるようになった。……まあ、そのカラクリは搭載コピーコアが操縦をアシストしてくれているからではあるが。
なお、マルカスやアーリィーもヘリの操縦に興味を示し、今では俺が降りている間に試作三号や四号で飛行訓練をしている。コアアシストのおかげで、初飛行は俺より上手く乗りこなしていたよ、まったく。……まあ、まだ空を飛ぶというイメージが俺よりないせいか、複雑な機動はぜんぜんだったけど。
「経験を重ねれば、二人ともいいパイロットになるよ」
「そんなことよりもだ……」
ベルさんがジュースを飲み干すと、控えていたSSメイドの一人――髪が緑だからヴェルデ――が、おかわりを注いだ。
「戦闘機ってのは何だ?」
「空中戦をこなす飛行機のことだよ」
俺も、ジュースを一口飲んで唇を湿らせる。
「俺がいた世界では、軍用の航空機が飛んでいて、戦争ともなればそれがドンパチ戦ったこともあった」
「ほう、それで?」
「この世界では、いまだ航空機というのものは存在しないが、よく考えれば空を飛ぶ存在はいるんだ。例えば飛竜、例えばグリフォン、例えば――」
「ああ、名前を出さなくても、お前さんよりはこの世界の生き物のことをオレ様は知ってるよ」
「だから、本当はもっと空を飛ぶものについて発展しているべきだと思うんだよ。空から脅威があるのに、対空武器はあまりにお粗末だ」
一匹の飛竜が人間の生活圏に飛来しただけで大騒動となる。モンスターの脅威を示すランクでも飛竜はAからB、グリフォンだってCはある。
投射武器といえば、いまだに弓矢や投石がメインだ。相手が飛竜ともなれば魔法使いが迎撃に当たることが多いが、魔法は距離があればあるほど威力が減退する。それでは決定的な防御手段とは言い難い。わざわざ地上近くに降りてきたところを狙うなど、多少工夫が必要なのだ。
「つまり、集落や拠点に近づく前に、飛来する敵を叩く手段がないんだよ。だがもし、高空で戦闘することができれば、被害を受ける前に撃退もできる」
「なるほどねぇ」
ベルさんは相好を崩した。
「悪魔や天使は大抵空を飛べるが、人間にはそれがない。よくて飛竜やグリフォンを飼いならし、騎乗するしかないわけだ」
「だが飛竜を飼いならすなんて、ほぼ不可能だ」
「やってる種族はいるって話だぞ?」
「それ、ふつうの国で普及すると思うか?」
「……難しいな」
ベルさんは頷いた。
グリフォンなら飛竜よりも飼いならす難度は落ちるが、飛竜に立ち向かうのは無理ときてる。このあたりの事情が、対空用の空中騎兵ともいうべき存在が発展しなかった原因だろう。せいぜい伝令程度の少数運用といったところだ。
「だから飛竜が飛来した時に対応できる兵器が必要だ。このウィリディスは迷いの森が地上からの侵入を阻むが、空からは無防備だからな」
「本当にそれだけか?」
ベルさんが俺の目をじっと見た。
「お前さんが、ここを守るためだけに、その戦闘機やらを作ろうとしている?」
「……対飛竜というのは本当だ。だけど本音を言えば、大帝国を警戒してる」
「やっぱりな」
一通り飲み物を堪能したベルさんが人型から黒猫の姿に戻った。ひょいとテーブルに飛び上がる。
「一度は侵攻を阻んだが、連合国が仕事をしてくれなきゃ、奴らはまたいずれこの国にやってくる」
光の掃射魔法でまとめて吹き飛ばしたが、毎回それが通用するとは思っていない。
実際、俺が連合国の英雄として戦った頃は、掃射魔法を警戒して部隊を小分けにされたり、対策されたからな。魔力の消費、つまり燃費が悪い以上、のべつ幕なしに撃てないから、対策されると切り札にはなりえない。
まあ、それでも魔法で無双してましたけどね。
「来ないことを祈っているが、来てしまってから何も準備してませんでした、は通用しない」
「ああ」
ベルさんは、うんと伸びをした。
「だけど、そういうのは王国がするもんじゃね?」
「王国の手に負えるならいいけど、現実問題として無理そうだろ?」
かといって、俺の魔法や技術をすべて提供するつもりはない。アーリィーの父親であるエマン王にも、次期王であるジャルジーにも。力の一端は見せたり与えても、全部はやらない。強大な力を得て下手に野心に火をつけられても困るからだ。
大帝国を倒してかわりに大陸を制覇なんて、俺ののんびり生活実現を阻む障害になる。
「なあ、ジン、わかってるか? そいつは諸刃の剣だ」
ベルさんが言った。
「お前さんが対帝国戦に独自に武器を用意するのはいいが、力の独占は嫉妬と敵意、そして恐怖を呼ぶ。例え、お前さんがのんびり主義を公言したとしても、だ。まわりがそう思ってくれるとは限らない」
「ああ、理解しているつもりだよ、ベルさん」
胸の奥が疼いた。
ああ、わかっているとも。俺はかつて裏切られたのだ。俺の力を恐れた連合国に。あれの二の舞はごめんだ。
前回は、魔法で無双しまくり、結果として失敗した。だからこそ、今回は別の手でやっていこうと思っている。その第一歩が戦闘機開発である。
同時に、俺を気遣ってくれる、ベルさんの心遣いに俺は感謝した。




