第2020話、落ちた先にいたもの
かなり下まで落ちた。アリーシャはパチパチと瞬きする。
キャンプ周りで隠れんぼをしていたが、一段下の階層に滑り落ちた。地面と思ったら鉄板の上だったようで、蓋がアリーシャの重みに耐えられず抜けてしまい……滑って落ちた。
運が良かったのは、垂直に落下したわけではなく、緩やかな傾斜を滑って下までいったことだろうか。痛いは痛いが最悪ではない。骨は折れていない。擦り剥いたかもしれないけれど。やたらと痛いのはそのせいだろう。
「リーシャ!」
上からリザベッタの声がした。
「リザ!」
アリーシャは叫んだ。思いのほか高いところに穴があって、そこから一つ違いの姉であるリザベッタの顔が見えた。
「大丈夫ー?」
「たぶん!」
大丈夫じゃないかも、とまだ10歳のアリーシャは思う。痛みに対して反射的に治癒魔法を使う。まだ大した魔法はおぼえていないが、日常の小さな切り傷や擦り傷程度ならそれで治せる。
ガタっ、と後ろで建物の一部が崩れた。突然のことにドキリとして振り返る。そこには、ジャイアントスパイダー――のような形をした機械があった。
「!?」
次の瞬間、投網のようなものがクモのような機械――足が六本なので正確にはクモではないが――から放たれた。
「あっ――」
逃げる間もなかった。網はアリーシャを捕らえ、そして機械の方へ引き寄せた。
「リーシャ!」
リザベッタが叫び、そこへキャンプからサキリスとエリザベートが到着した。
「リザ!」
「お母さん! リーシャが――!」
サキリスに下の様子を見せれば、バトルメイドである彼女は、すぐさま上から飛び降りた。エアブーツで、一気に空中で距離を詰める。シェイプシフターランスを出して飛び込む。
多脚機械は、アリーシャを腹に抱え、逃走にかかった。小刻みに足を動かし、廃墟の中を駆け巡る。
「逃げる――!」
そのスピードならばエアブーツの飛行からは逃れられない。だがお腹にアリーシャを拘束している手前、下手に攻撃すれば抱えられている彼女を傷つける恐れがあった。
「それなら――!」
足を狙って、その機動性を落とす!
「ライトニング……行け!」
誘導式電撃弾を発射。機械の足を狙ったそれだが、地形に合わせて六脚機械がジャンプしたために、誘導は外れた。
「ちょこまかと!」
サキリスはなおも追いすがる。その時、左手方向から網が飛んできた。
「っ!」
廃墟の中に潜んでいる機械が他にもあった。不意打ちの投網にサキリスは捕まり、地面に叩きつけられた。
その間にアリーシャを捕まえた六脚機械は、廃墟の奥へと走る。アリーシャは声を上げることもできなかった。肋骨のような腹部に捕らえられていて、彼女の眼前を地面が高速にすり抜けている。ちょっと段差に引っかかれば激突してしまうのではないかという恐怖で身がすくんでしまうのだ。
――お父さん、お母さん、助けて……!
幼い彼女は恐怖のあまり目を閉じた。そうすれば悪いことは過ぎていくのではないかという願望。
そしてふと体が軽くなる。次に目を開けた時、愛する父親がアリーシャを抱きかかえていた。
「お父さん!」
「大丈夫だったか? いや、もう大丈夫だ」
ジン・アミウールはそう幼い娘に呼びかけた。お父さ~ん――と彼女は父親の胸に顔をうずめて大泣きした。ここが空中だとか、そんなものは眼中になく、自分を拉致してきた機械のことも、頭の中にはなかった。
ただただ恐怖と、そこから解放されたことで頭はいっぱいだった。
・ ・ ・
おー、よしよし。怖かったね、アリーシャ。俺は彼女を抱きしめる。迎えにきた親に泣きつく子供という構図そのものだ。
これが先のネメジスの工作員に誘拐された時――つまり敵地だったら、周りにバレないように声を出さないでね、と言うところだろうけど、ここはそうではないので思い切り泣いてもいいからね。
10歳の子供だもん、仕方がないね。ポンポンと軽く背中を叩いてアリーシャを慰める。俺とアーリィーの末っ子。髪色も含めて一番アーリィーに似ている子である。
……俺は愛娘を連れ去ろうとしたクモもどきを見下ろす。エアブーツで浮遊し、上からその動きを追う。まだ、中身をすり替えられたことに気づいていないクモもどきは、果たしてどこに向かおうというのか。
おっと、他にも動いているクモもどきがいるな。三、四……六体か。
『サキリス、大丈夫か?』
念話で呼びかける。彼女が落ちた場所は見えている。自力で網から脱出していた。
『申し訳ありません、ジン様。アリーシャは――』
『大丈夫だ。こちらで保護した』
『お手を煩わせて申し訳ありません』
『いいさ、君も俺の妻で、皆の母親だからね』
バトルメイドとしての職務をやってくれている上に、行事で家族サービスに時間を割けない他の母親たちの代わりに、子供たちを見てくれている。よくやってくれている。感謝しかない。
……それはそれとして。
俺はアリーシャを抱えたまま、確認できたクモもどきを魔法で撃ち抜き破壊する。垂直、直上からのライトニング。まるで人工衛星からのレーザーとか、はたまた天罰みたいだが、敵に回避の間も与えず爆発四散させる。
敵? うちの娘を誘拐しようとしたんだ。敵だろう。その発端の行動をとった個体には手を出さず、逃げる先を監視しているけれども。
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