第2016話、とある遺跡へ
週末、俺たち家族は、映画監督にして、知り合いのおじさまという立場のクルフと、とある世界樹跡地に来ていた。
「……リンちゃん、あの穴だ」
クルフは、アドヴェンチャーⅡのコクピットのサブパイロット席からそれを指さした。パイロット席で操縦桿を握るのは、我らが長女のリンである。
俺の家族でパイロット資格を持っているの、俺とアーリィー、リムネ、サキリス、エリザベートを除くとリンちゃんだけである。
俺は機長席――どちらかという艦艇の艦長席に近い――から、我が娘の操縦を見ていた。だってね、自分で操縦したいって主張が激しい年頃なんだ。
「どこまで行っても砂漠ばかりだったけど――」
リンは、地面に空いた大穴を見下ろす。
「あんなところにあったのね。あの中に下りればいいのね?」
「下りられるかな?」
「もちろんよ、クルフおじさん。このアドヴェンチャー号ならね」
リンは自信満々である。娘が機を操り、垂直離着陸機能を使う中、俺のそばにアーリィーがやってきた。
「もう着きそう?」
「まさに。今、降下中」
俺が答えると、アーリィーはさらに距離を詰めた。
「今さらな話なんだけれど、いい?」
「うん?」
何かな? 家の鍵なら自動で閉まるし、火の元も……メイドさんたちがいるから心配ないが?
「家族サービスはうれしいけれど、同盟のほうはよかったの? ネメジスのこととか」
「どうしてそういう話をするんだい?」
せっかくの休日だよ?
「だってあなた、分身じゃなくて本物だから」
アーリィーは、どうやら俺本体と分身体を見分ける術を身につけているらしい。いや、大したものだ。
「エレクシアから聞いてない?」
「ボクは、あなたの口から聞きたいんだよ」
アーリィーは俺の首もとに手を回した。抱き癖のあるレオナか、君は。
それはともかくとして、聞きたいのなら話しましょう。
「同盟議会では、完全オフレコでネメジスについてどう対処するか話し合っているよ」
シーパング本国でテロを起こし、同盟軍拠点に対する攻撃もされた。やられたまま黙っていると、相手の行動をエスカレートさせるだけだから反撃だー、となるのがまあ妥当ではあるが、そのネメジスがシーパング同盟に対して戦争準備をしていて、となると、事情も少し変わってくる。
「これが単に武装組織で収まっていれば、同盟軍を出して早期鎮圧もあった。むしろ同盟各国はそれを望んでいた。だけど相手が国家規模の軍隊を保有しているとなると、ここでの武力衝突となる」
よりはっきり言おう。戦争だ。
「何より皆が嫌うのは、一度始まった戦争はそう簡単には終わらないってことだ。クルフが提供してくれたネメジス軍との交戦記録。あれで連中が同盟軍の軍事力で一蹴するのは難しいほど手強い存在だってのが証明されてしまったからね」
被害を最小に、かつ短期で戦争が終わるのが望ましい。だが相手の国力がどの程度あるのかわからないから、正直戦争となった時、どれくらいで相手を負かせられるか見当もつかない。
「俺たちは、ネメジスのことを知り始めたばかりで、その全容はまだ把握できていない」
シーパング情報局、シェイプシフター諜報部も目下、情報収集中だ。
「手強い、か」
アーリィーが憂いの視線を、パイロット席のリンに向ける。もし戦争が長引けば、あの子も戦争に巻き込まれるのか……なんて考えているんだろうな。
さすがにアーリィーたちが軍に呼び戻されることはない。その時はもう敗戦一歩手前の末期だろう。
でも俺は違う。早いうちに関わるんだろうな。これも有名な魔術師の宿命みたいなものだ。だが戦争が長引けば、リンちゃんや、数年後には14歳組も志願できる年頃になってしまうかもしれない。そうなった時、軍に入るとか……あまり考えたくないな。
「短期で終わればいいんだけどね」
世間の戦争アレルギーは薄れているとはいえ、できれば避けたいというのがシーパング同盟の民の本音である。
民間人が戦わずに済むようにするために、同盟軍は存在する。当面は軍が戦うだろうが……。
「問題を厄介にしているのは、裏でネオ・ナチャーロとヴァラン国が、ネメジスに連動して行動を起こそうとしているということだ」
「その話だけど、ネオ・ナチャーロは知らないけれど、ヴァラン国では特に戦争準備をしているわけではないんでしょう?」
アーリィー、中々鋭いね。そうなんだ。
「表面上、ヴァラン国はこれまでと何ら変わった様子はない。軍が不自然な動きを見せているとか、準備のために食料を含めた一部物資の値段に変動があるとか、前兆らしいものも観測されていない」
だからさ、シェイプシフター工作員が拾ってきた情報について、クロスチェックできる材料がない。ヴァラン国は本当に、シーパング同盟と戦うつもりなのか? 実はネメジス側が、そう見せかけているだけの工作で、ヴァラン国は無関係ではないか――と、同盟議会では紛糾しているらしい。
「さすがに同盟全体の問題なると、俺も今以上の勝手はできないしな」
戦争になったら、同盟のため、家族のために戦うのは構わないが、俺が勝手に始めて、それで同盟全体が巻き込まれたとか言われると困るからねぇ……。人間は平然と責任逃れと他責に走れる。特に叩ける者は寄って集って叩くから、始末が悪い。
事が起こる前に決着が一番楽なんだけど、個人で始末がつけられるレベルをもう超えているんだよな。いくら俺がフリーで動けたとしてもさ。
「着陸!」
リンちゃんの声。アドヴェンチャーⅡは、砂漠の深穴の底に着陸していた。
かつて世界樹があった場所。アポリト浮遊島の残骸が残っている場所。そしてクルフ所望のアポリト文明時代のブァイナ金属がある場所だ。
「着いた!?」
下のデッキから、14歳組のジュワンとユーリが顔を出した。一応、映画監督護衛と遺跡探索を冒険者のクエストとしてやってきている彼らである。始めての冒険にワクワクしていますってか。
元気なのはいいが、注意は怠らないでくれよ。
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