第2015話、大帝、天寿を全うする
その日、ヴァラン国の指導者、ゴート・ヴァイナー大帝が崩御した。
ヴァランの獅子。ニーヴ人を排除し、強きヴァランを建国した彼も、老いには勝てなかった。
――あぁ、とうとう天寿を全うしたか爺様。
ゴート大帝の孫である王子リェート・ヴァイナーは心の中で呟いた。
冷たくなった祖父の息子――リェートの父、シゾーン第一王子がいた。そして長男――リェートの兄であるヴェスナーが黙祷をしている。
いよいよ、時はきたのだ。――オレ様がこの国を獲る時が。
「――では、ゴート陛下の後継は、シゾーン様が」
「ああ、わかっている」
大臣らとやりとりをする父シゾーン。何もなければ次の大帝は彼だ。祖父がああも長生きしなければ、とうに国の指導者になっていただろう。
――せっかく番がきたのに、残念だったな親父殿。
ニヤつきたくなるのを我慢しつつ、リェートは部屋を後にしようとする。それに気づいた兄ヴェスナーが振り返る。
「リェート、どこに行く?」
「……一人にさせてくれ」
どうにも笑みを殺すのも限界だったが、何とか取り繕い、そのまま家族の顔を見ることなく退出した。
後ろから声がする。
「まあ、あれは父上を慕っていたからな。さすがに思うところもあるだろう」
シゾーンが、察してやれと兄に注意したようだ。
――確かにオレは、爺様を尊敬していたさ。
ニーヴ人を追放し、ヴァラン人の国を打ち立てた。先祖の土地を余所者どもから取り返した。実に偉大な男だ。
だが、ゴート・ヴァイナー大帝の拡大政策は、シーパング同盟の前に頓挫した。ニーヴ人の抹殺も、同盟の英雄魔術師によって阻まれ、以後ヴァラン国は、同盟に対抗するための力を蓄える期間に突入した。
しかし、シーパング同盟との技術の差は大きく、それを埋めるには十年、二十年ではとても及ばない。
父にして、次の大帝たるシゾーンは、シーパング同盟との融和を進め、対抗しない上での富国を目指すようであった。
それは爺様の理想とは違う――リェートは思うのだ。あの害獣であるニーヴ人を腹に抱え、さらにそれらがシーパング同盟の一員として活動しているのならば、同盟は敵である。
奴らは同盟内で力をつけて、発言力が強くなれば、ヴァラン国に侵攻し、ニーヴ人の土地を返せと略奪に来るだろう。もともとヴァランの土地を奪い、支配者面をしていたクズどもが、素知らぬ顔で戻ってくるなど言語道断である。
ニーヴ人は一人残らず、皆殺しにしなければならない。故に、シーパング同盟がヴァラン国への武力侵攻など考える前に先手を打って滅ぼさなければならないのだ。
部屋に戻ったリェートは、その奥の秘密の転移魔法陣に乗った。
瞬間移動。
そこは巨大な漆黒の空間。数千の魔人機が並び、さらに無数のヴァランイエローとレッドで塗装された空中艦艇。
「殿下」
同志であるジヴォート将軍が、リェートの来訪に気づき頭を下げた。よい、と答えると、展望台から、ネメジス提供の兵器群を眺める。
「壮観な眺めだ」
「実に」
ジヴォート将軍は隣に立った。
「練兵も進んでおります。もう二カ月もあれば、慣熟し、強力な――」
「将軍」
リェートは遮った。
「つい先ほど、爺様が逝った」
「!? 大帝閣下が……」
ジヴォートはしばし絶句した。リェートは振り返らなかった。
「爺様に見せてやることはできなかった。だがオレは決めた。爺様の理想を叶えると」
「! では――」
「うむ。親父殿はシーパング同盟に尻尾を振るつもりだ。それは偉大なるヴァランの恥だ。国はオレが動かす」
そこでようやくリェートは、将軍を見た。
「シーパング同盟との戦争はその後だ。まず少数でいい、動ける戦力でヴァラン国を掌握する。何もかもうまく行けば、来月頭に、同盟軍に仕掛ける」
「……急ではありますな」
「わかっている。動くのは我々だけではない。ネメジスとネオ・ナチャーロもだ。全軍でなくともよい。せめて半分は戦線に投入できるようにしておけ」
リェートは一切迷いなく告げた。ジヴォートは踵を鳴らした。
「承知しました」
「同盟への侵攻計画自体は、あるのだろう?」
「はい。こちらから先手を取るのであれば、奇襲案が使えます。ウーラムゴリサ、ネーヴォアドリス、プロヴィアの三方向にまず一撃を与え、その打撃力を削ぎます。……ただ、陸軍が同時に三つを回せるほど余裕がありません」
せめて二カ月あれば、三つ同時に戦力展開ができたと、ジヴォートは思ったが、そこは言わずともリェートにも伝わるだろう。
ネメジスの力を借りて戦力を整えたのも、来たるべきシーパング同盟軍との衝突のため。ただ兵器を得ただけでなく、それを用いた戦略、戦術について同志たちに研究させていたのもリェートである。
「足りないところは、他で補うしかあるまい」
リェートは言った。ネメジスか、ネオ・ナチャーロか。あるいはこちらには手を回せない分、よそに同盟軍を引きずり回してくれるかもしれない。
「その辺りは、連中との打ち合わせ次第だな。足並みは揃えないといけない」
彼は、粗野で横暴に見える一方、誰よりもシーパング同盟との戦争について真剣に考えてきた。
この目の前の圧倒的な戦力を見て、自信はついても、おそらくそれで戦争に勝てるという確信はない。
何せ仮想敵であるシーパング同盟には、百戦錬磨の英雄魔術師ジン・アミウールがいる。彼が大陸戦争で果たした能力と役割を考えれば、どうして『この程度の戦力』で慢心できようか。
「だが、やるしかない。真にヴァラン国の未来を考えるならば」
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