第2002話、わざとだよ、わざと
副官のネーヴェが倒れた。
しかしそれは、グーワィにとって、唯一の脱出機会だった。転移石を使った脱出。彼は瞬間移動し、英雄魔術師の前から消えた。
景色が変わり、なだからな丘と林が視界に収まる。
グーワィは視線を巡らせる。少し離れた場所に、サウス・カラビナスから強奪した貯蔵庫があり、何人かのネメジス構成員がいた。近くに即席の防御陣地を構築し、貯蔵庫を守る構えだ。
何とか貯蔵庫のほうも転移で、マーリンから動かせたのだな――グーワィは一息ついたが、ここにきて震えがきた。
英雄魔術師ジン・アミウール。噂どおり、恐ろしい男だった。
転移石での離脱は追跡できないのはわかってはいるが、すぐこの場に現れるのではないかという不安が、彼の脳裏をよぎった。
あいつから逃げることなどできないのではないか。何せあの魔術師は、転移魔法を使うことができる。
――おれらしくない。
敵に回して、軽くトラウマを植え付けられてしまった。大人になってこんな感情をいだくことはなかった。
グーワィは、部隊の方に移動する。貯蔵庫の周りにいる兵たちを見渡し、幹部であるバローグを見つけた。
「バローグ、状況は?」
「救援を呼んであります。1時間以内に、回収部隊が来ます!」
「1時間か」
それだけの時間で、シーパング同盟がここを突き止めるとは思えないが、キレたジン・アミウールが相手では油断はできない。
そもそも、シーパング軍はどうやってマーリンを突き止めたのか。
交戦に気をとられて、考える余裕がなかったが、よくよく考えれば何故だろうか。グーワィは眉間に皺を寄せる。
人質のリザベッタ、その後加わったリンも盗聴器や発信機の類いはなかった。魔法具や機械的な通信の術はなかったはずだ。こちらの通信機を使うというのも、見張りが常時いる中では不可能。
可能性とすれば、あの英雄魔術師ジン・アミウールの子たちが魔法的な通信手段――念話だが、彼女らには地図など位置情報になりそうなものは見せていない上に、途中に転移も挟んでいるために、マーリンがどこにあるかわからないはずだ。
位置がわからなければ、通信手段があっても決定的な情報を流すことはできない。それとも念話の発信位置を掴む方法を、ジン・アミウールは有しているのだろうか?
ネメジスやその他の魔術師と関わった中で、念話で位置を特定するやり方など聞いたことがないのが、もしかしたら、そういうものがあるのだろうか?
・ ・ ・
ネメジスの指揮官らしい男は、転移で逃げた。
さてさて、どこへ逃げたのかねぇ……。俺は慌てない。逃げるということは、まだ拠点があるということだ。
ネメジスとかいう不穏な組織は徹底的に潰さなければならない。地底シェイプシフターの制御装置を手に入れて、よからぬことに使おうという者たちだ。世界の平和のためにも、やらねばならない。
「ここが終着点だったら、楽だったんだがな」
シーパング情報局の特殊部隊員が、司令部兼屋敷内を進む。建物内の敵は制圧されつつある。この都市遺跡での戦闘音も小さく、散発的になりつつあった。
戦況報告を聞くに、敵は撤退しつつあるらしい。この都市の制圧も時間の問題だった。
「ジン、どうだ?」
暗黒騎士だったベルさんがやってきた。
「指揮官らしい男は、転移で逃げたよ」
「さて、今度はどこへ逃げるつもりかね?」
「どこまでも追いかけて、ネメジスという組織を潰す。まあ、そういうことなんだがね」
「貯蔵庫は……」
ベルさんが聞いたので、俺はとある部屋を指さし、その中へ。窓から裏庭が見えるが、そこにあったブァイナ金属製貯蔵庫は消えていた。
「あれも転移で持ち去ったよ。パワープレイだね」
「貯蔵庫まで運び出したってことは、こりゃまだ拠点があるな」
「そういうこと」
ただ追っ手から逃げるだけの転移ではなかったということだ。まだ組織は、貯蔵庫の中身を諦めていなくて、ネメジス構成員の撤退も、どこぞにある組織上層部の指示だろう。
ふむ、とベルさんは頷いた。
「追跡の方は大丈夫なのか?」
「もちろん」
でなきゃ、こんなのんびりしていられないよ。ちゃんとリンちゃん役だったシェイプシフターが自爆した時、新しい発信装置を仕込んだし、他にも成り代わった者が、逃げた連中についている。二重、三重の追跡手段で、転移で逃げた者たちの場所はトレースできている。
「情報局での捕虜からの情報、シェイプシフターの方からも死体から記憶を回収はしているから、ネメジスについてもどんどん明らかになっていくとは思う。今は連中に拠点まで逃げてもらって……」
俺がベルさんと話していると、シーパング情報局コマンドーの一人がやってきた。
「閣下、局長から通信です」
「ありがとう」
通信端末を受け取る。はいはい、俺さんです――
『貯蔵庫の場所が判明したのだわ』
開口一番、グレーニャ・ハル情報局局長は言った。
『そこからおよそ北西に15キロの丘陵地帯。工作員の報告では、1時間以内に、迎えのフネが来るそうよ』
「船……? 空中艦艇か」
陸地に洋上船は来ることはできない。そうなると空だよな。ベルさんは口元を緩めた。
「なんだ、空中軍艦も持っているのか、ネメジスってのは」
「これは思っているより、しっかりした軍隊かもしれないな敵さんは」
少しずつ前進しているはずだが、まだまだ深そうだ。ネメジスの全容ってやつは。
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