第1999話、闊歩する英雄
それは魔王の降臨だった。
暗黒騎士姿のベルさんの姿は、俺からすればもう十数年前から見慣れたそれではあるけど、ネメジスの構成員たちにとっては地獄からの使者の到来に等しかった。
屋敷正面に積み上げた土嚢からロケットランチャーもどきや魔石機関銃を撃ちまくっていた兵たちは、横殴りの風――衝撃波を受けた。身を守るはずの土嚢ごと吹き飛ばされ、魔王の侵入を許す。
屋敷正面の防備強化に武器を運んでいた者、増援の兵たちは、そこで暗黒騎士と出くわす。
わっと声をあげる。赤い大剣が一番近くにいた兵を両断した。髑髏を模した面貌は、死神の如く、兵たちを震え上がらせた。
おぞましい寒気、プレッシャー。戦い慣れた者でさえ、その士気を踏み潰す。ベルさんの大剣――デスブリンガーが空を切る。その軌道に巻き込まれたネメジスの構成員は紙を切るようにあっさりと分断された。
「あぁっ――」
「撃て! 撃てっ!」
魔石銃を構える者、恐怖に距離をとろうとする者。とっさに反応はわかれたが、暗黒騎士は一人、また一人と斬っていく。その背後にはスモークが立ち込め、さらに悪魔的な存在であるかのようにネメジス兵を畏怖させる。
実のところ、シーパング特殊部隊が使った煙幕に過ぎないのだが、その煙の中からシーパング・コマンドーが現れると突撃銃を撃ち始め、ベルさんから距離をとろうとしていた敵、さらに屋敷の奥から駆けつけた兵を射殺していった。
ベルさんの道を遮る者はいない。魔王の行く道を近衛が掃討していく――そんなふうにさえ見えた。
正面フロアは立ち所に制圧され、暗黒騎士は階段から上へと上がる。特殊部隊員はそれに付き従う者と、一階の掃討に行く者に分かれた。
その様子を魔力眼で観察していた俺は、正面を任せて、兵たちと裏手へ回ることにした。要人確保はそちらに任せるとして、貯蔵庫の方を見に行くのだ。
・ ・ ・
転移退避の許可が出た。
グーワィは秘匿通信で本営からの命令を受領すると、ただちに通信室を退出した。すでに屋敷の外では激しい撃ち合いが展開され、さらに下の階には敵が踏み込んでいるようだった。
「ネーヴェ」
グーワィは副官に通信室の破壊を命じた。撤退が決まった以上、通信機械や組織の情報になりそうなものはすべて処分しなくてはならない。
「バローグ」
通信魔法具を使う。無線では敵に傍受される恐れはある。敵はシーパングの特殊部隊。こちらの通常通信に耳をすまし、動きに対応してくるかもしれない。行動の先手をとられては、こちらは何もできなくなる。
「貯蔵庫の転移準備ができ次第、移動させろ。転移ポイントはYポイント。以後、回収部隊が到着するまで死守だ」
『了解です』
ブァイナ金属製貯蔵庫の移動作業を進めていた幹部は答えた。後ろで爆発がしたが、グーワィは振り返らなかった。副官が通信室を爆破したとわかっているからだ。
近くの窓、魔石機関銃で外の敵を撃っている兵がいた。周りには着弾の音が聞こえており、壁に弾痕を刻まれている。内も外も激しい銃撃戦が繰り広げられているのだ。
「シーパングめ。よくやる」
いったいどうやってここを突き止めたのか。
考えられるのは、リン・アミウールを連れていくところで監視をつけられたこと。リザベッタ、エミールを連れ出した時は、用心深く発信機の類いがないか調べさせたが、リンの時はどうだったか? 一応確認させたが、見落としがあったのかもしれない。
あるいは、移動しているそばから敵の監視網に引っかかり、尾行されていたか。
――いや、それはないか。
途中で、転移を挟んで物理的に追跡を振り切ったはずだ。発信機などではなく、外から監視されていたのであれば、ここマーリンがシーパング特殊部隊に強襲されることはなかったはずだ。
――すると、やはり、発信機か。
そうでなければマーリンまで追跡はできない。
――もうリンもリザベッタもいない。
ブァイナ金属を扱える者はいない。貯蔵庫を確保したとて、開けられないままだ。シーパング本国まで乗り込んだ意味はなくなってしまった。
だが、それで終わりということもない。まだ貯蔵庫はこちらにある。これを取り返されては、本当に意味がなくなってしまう。
屋敷の裏庭、例の貯蔵庫を見下ろす。銃声が聞こえ、兵たちが何人か倒された。
「敵だ!」
バローグが叫び、撤退準備を進めていた兵が、裏庭になだれ込んできたシーパング特殊部隊を迎え撃つ。
いよいよここにまで敵が乗り込んできたか。バローグは収納魔法具から、魔法剣とバトルライフルを取り出す。剣は腰に差し、高所であることを利用して裏庭で交戦する敵をライフルで狙う。
シーパング特殊部隊の進出の速さに舌をまく。照準に入った敵兵を狙撃し、その脳天を吹き飛ばす。
まず一人。
次――グーワィの視界に、おぼえのある顔がよぎった。
シーパングの英雄魔術師――
「ジン・アミウール……!」
写真で穴があくほど見たことがある伝説の男。その実物が視界の中にいる。ついに現れたのだ。本物が。
ようやくお目にかかれたという思いと、一足遅く娘が爆死したと知ったら、果たしてどんな顔をするのだろうという思いがよぎった。
冗談ではない。獰猛なる魔獣を好き好んで起こす者はいない。真実を知った時のジン・アミウールが、その恐ろしいほどの実力を発揮した場合、どういうことが起こるか。想像したくもなかった。
だからこそ、グーワィは自然とその狙いを魔術師に向けて、そして撃った。先手必勝である。
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