第1995話、命は投げ捨てるもの?
「割と人がいるんだね」
リンは辺りを見回す。ネメジスの拠点である『マーリン』。都市遺跡の中の本部らしき屋敷の裏手に、すり鉢状の穴があった。
そこに白いブァイナ金属でできた貯蔵庫がある。解析用の端末や観測機器。扉を切断しようと試みて失敗した道具や工具が脇におかれている。研究員らしい白衣の者、ヘルメットに作業着姿の者などがいて、貯蔵庫を取り囲み、それぞれ作業を進めている。
グーワィは、貯蔵庫の扉の前で立ち止まった。
「すべては、これを開けるために集まった者たちだ。残念ながら独力で開けることは叶わなかったが」
「自分たちで開けられたなら、学校を襲うこともなかったもんね」
べぇ、と舌を出すリン。
そうとも、ブァイナ金属をどうにかできると思われるジン・アミウール、その子供たちをさらい、交渉するなどという自殺行為をせずに済んだのだ。
グーワィは苦笑より先に、違和感について聞いてみることにした。
「リン。君の学校についてだがね、一つ気になっていることがあるのだ」
「学校?」
「そうだ。我々がアポリト・ソフォス学校を襲撃した作戦――まあ世間では事件というのだろうが――」
ちら、とグーワィは、リンを人質として連れてきた部下のバローグを一瞥した。
「あれだけの騒ぎになった、と思うのだが、シーパング内ではまったく報道されていなくてね。学校の周りに送った支援要員は全員行方不明になった。何ともおかしな話じゃないか」
「おかしいかなぁ」
リンは考える。
「情報統制っていうの? 下手に騒ぎにならないように世間では放送しないってことじゃないの? あの学校、同盟の偉い人の子も通ってるし」
「ふむ」
回答としては、引っかかるところはない。リンはシーパング軍の事情に少々通じているようで、非常事における対応や仕組みについても理解がある。あのジン・アミウールの長女であることからも、非常事マニュアルのようなものを知っていてもおかしくはない。そう考えるならば、その答えも非常に『らしい』といって差し支えない。
ちなみに、バローグにも同様の問いを投げたところ、『そうなんですか?』と驚かれた。自分たちは確かに立てこもり、人質を誘拐した。それが一切報道されない理由はわからないと答えたのだった。
やはりそうなのか、とグーワィは思う。
「こちらの支援要員が行方不明なのは?」
「シーパングのスパイ機関か、軍の特殊部隊にやられたんじゃないの? 情報統制ができているってことは、そういうことでしょう」
これまた実にそれらしい答えだ。ふむ――ここまできたのだ。いつまでも違和感に引っかかるのはやめて、目先の任務に集中しようと考えを改める。
「ありがとう。参考になった。ではさっそくだが、この貯蔵庫を開けてもらおうか」
「……」
リンは腕を組んで、貯蔵庫を眺める。
ブァイナ金属の扱い方を知っている、という言葉は、一足先に連れ出された妹を守るための嘘だったのではないか――グーワィの脳裏に押し込めていた嫌な想像がよぎる。
本当は、ブァイナ金属の扱い方を知らないという最悪のパターン。子供の嘘に騙されてしまったのではないかという想像。
「思ったより大きいわね」
ポツリとリンは言った。
「これ、全部がそうなの? ブァイナ金属」
「そうだ。まったくもって世界一、高価かつ堅牢な貯蔵庫だ」
だからこそ、その中身もまた重要なものが収められている。
「部分的に使われていたなら、それ以外をこじ開ければ済む話だ」
「だよねぇ……。わざわざ人質をとってどうこうしないわよねぇ」
リンは頷いた。無駄話は――グーワィが促そうとした時、リンは上着を脱ぎ始めた。
「何をしている?」
「これ、持っておいて」
制服の上着を脱いで、グーワィに投げて渡すリン。上半身、体操服姿のリンは、運動はじめる前の準備運動のように体を動かした。
「ちょっと魔法を使うからね。魔力を溜めないと。何せ相手はブァイナ金属だからね」
振り返って、リンは笑みを浮かべた。
「じゃ、バイバイ」
次の瞬間、彼女は爆発した。理解が追いつく前に衝撃波と熱が襲ってきて、グーワィや近くにいた者たちが吹き飛ばされた。
けたたましいサイレンが流れ、突然の爆発に、貯蔵庫の周りで作業していた者や警備兵が何事かと注目する。
「グーワィ様!」
副官のネーヴェが駆け寄ってきた。グーワィは傾いた世界の中、首を持ち上げる。
「何が、あった……?」
倒れていた半身を起こす。目の前で少女が、リン・アミウールが爆発した。わけがわからない。何故、あの子が死んだのだ?
『じゃ、バイバイ』
彼女は最期にそう言った。笑みを向けて。
自爆したとでも言うのか? 馬鹿な、何故あのタイミングで。理解が追いつかない。
夢だったのではないか。しかし――彼女が残した制服が、グーワィの手元にある。自爆をする人間がそんなことをするのか?
もしかしたら、何か別の魔法を使おうとして、それが事故って――いや、それでは別れの言葉の意味がわからない。自爆する気でなかったらあの『バイバイ』は何だというのか。
「グーワィ様! 大変です!」
部下が駆けてきた。船に残ってきた男だった。
「船倉が爆発し、人質が吹き飛びました。おそらく魔法かと思われますが――」
「……何だと?」
グーワィは耳を疑った。人質とは、リザベッタ・アミウールか。船に残してきた彼女もまた爆死したというのか。
どういうことだ? 何故、長女であるリンが爆死した直後に、ここから見えない位置にいたはずのリザベッタまで爆発して死ぬのか。
まさか念話でやりとりしてタイミングを合わせていたとか? いや脱出の機会を窺っていたのならともかく、潔く自爆などできるだろうか?
軍人でも自らの死に躊躇する者は少なくない。それが人間というものだ。まだ子供である彼女たちが、そもそも自爆の覚悟などできるのか?
これがジン・アミウールの娘たちか? 敵の思い通りにされるくらいなら命を投げ捨てるとでも言うのか。
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