第1994話、ハヤブサの巣
「この都市遺跡は、魔法文明時代のものだ」
グーワィは、人質であるリンを連れて船から下りた。周りには部下たちがついて、リンが逃亡しないように見張っている。
「魔法文明って、どっちの」
リンは尋ねた。特に拘束はされていない。だがもし逃亡を図ったり、おかしな真似をすれば、別の場所にいる人質――リザベッタを殺すと脅されている。……もちろん、そのリザベッタはシェイプシフターで、人質ですらないのだが。
リン・シェイプシフターもまた、位置を知らせ、敵情を通報するための駒なので、大人しく状況に任せている。目的のものを確認するまでは、抵抗する意味すらないのだ。
「ナチャーロ文明の方だな」
大まかに、世間で魔法文明と言えば、アポリト文明とナチャーロ文明だ。最近は知識の普及が進んでいるものの、古い文明の名を知っているのはまだまだ知識人たちの間だけではある。
「学校で教わったのか?」
「まあ、そうね」
「ふむ。シーパングは、アポリトの流れを汲んでいるのだったな」
「そうね。シーパングの女王も、アポリトの血を引いているって話だけど」
割とどうでもよさそうにリンは言った。視線は自分たちを乗せてきた船に向く。グーワィはその視線の意味を察した。
「心配しなくても、大人しくしていればリザベッタ嬢に手を出さない」
「見える位置にいないと不安なのよね。あんたたちが本当のことを言っているかわからないから」
リンはそっけない。グーワィは苦笑する。
「まあ、見える範囲にいると転移で連れ出されてしまうかもしれないからね。君は、かのジン・アミウールの娘。転移魔法もお手の物かもしれない」
「いうほど便利じゃないわよ、転移魔法は」
行き先に障害物があれば、大事故のもと。最悪死ぬから見えない場所へおいそれと転移なんて危なくてできない。……もっとも、シェイプシフターに転移魔法など使えないのだが、リンを演じている以上、こういう答えにもなる。
「つまり、使えるのか?」
「あんまやりたくないけどね。大成功したことはない」
「覚えておこう」
グーワィは歩を進める。
「この都市遺跡は、我々はマーリンと呼んでいる。元の名前は知らない。ナチャーロ文明は不人気だからね」
魔法至上主義の文明。魔法が使えない者は人にあらず、と魔術師たちが支配していた国である。
グーワィの口ぶりからすると、神聖・魔法国を名乗るナチャーロ系組織ではなさそうにも聞こえる。
「マーリン?」
「私も詳しくは知らないが、ハヤブサの名前らしい。この辺りで見かけたことはないが」
「もしかして拠点の名前は、鳥の名前で統一していたり?」
「どうしてそう思う?」
「別に。組織って、名前にも関連づけをするものでしょう?」
「……なるほど」
グーワィは頷いた。
「全てがそうではないが、後から覚える分には、共通したものがあるほうが覚えやすいな」
そういえば、リン・アミウールは戦闘機に乗れるという情報だった。組織、おそらく軍隊のことだろうが、そちらの方面の知識を持っているに違いない。若いのに、そこらの新兵より知識も経験も豊富そうではある。
「君は賢いな」
「褒めても何もでないわよ」
リンは反抗期の娘特有の反応を返した。グーワィは微笑する。
「気にいった。私のところに養子に来ないか?」
「それ本気で言ってる?」
「冗談はあまり言わない人間でね」
真顔のグーワィに、リンは困惑の表情を浮かべる。正直、どう返すのが正解かわからなかったからだ。
「見えてきた」
都市遺跡の奥にある大きな建物。そこはネメジスの拠点の一つ。グーワィと兵たちは、屋敷のような建物の正面に近づいたが、敷地に入ったところで迂回を始める。
「ここじゃないの?」
「君に開けてもらう貯蔵庫は、こっちだ」
グーワィはついてくるように促す。
「さすがに貯蔵庫そのままが入る地下設備は無理があると思わないか?」
「どうかしら。艦艇用のドックとか、広いスペースのある場所なんて、探せばあるんじゃない?」
「やはり君は面白いな」
そういう場所を実際に見たことがあるのだろう。ジン・アミウールは『バルムンク』という戦艦を個人で所有しているという。
何とも贅沢な自家用の乗り物だが、娘であるリンもドック込みで何度も目にしていたのだろう。
そういうところは、普通の家庭で育った子と違うということか。
グーワィたちは通路を進む。貯蔵庫の置かれた場所までのルート、その所々に警戒の兵が立っているが、これといって変化はない。
作戦を遂行中に、シーパング軍に嗅ぎつけられたといった不審な要素もないはずだった。
密かに、こっそりと様子を窺っている者には、まだ気づいていない。
・ ・ ・
シーパング情報局と、俺のところの私兵である特殊部隊の混成部隊が、ネメジスの拠点攻撃の準備を進める。
俺もその場に乗り込むわけだが、後方から支援を行う情報局のグレーニャ・ハルは見送りにきた。
「あなた自ら乗り込むことはないんじゃない?」
「うちの家族に手を出そうとした連中だからね」
予防の結果無事だったけど、それがなかったら本当に子供が誘拐されて、学校も大惨事になっていた。
「お礼参りだよ」
「正直、敵の拠点にどれだけの戦力があるかわからないのよ?」
精鋭を投じても、規模によっては返り討ちにあうかもしれない。
「だから俺が行くんだろう?」
現地にはベルさんもいるし。
「ネメジスという組織を知るまたとない機会だ。上手くやってみせるさ」
本拠地だったら、一気に組織壊滅ってこともあるかもしれないが……捕虜情報だと、まだ上がいそうなんだよなぁ。
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