第1992話、対面する長女
ネメジスのグーワィらを乗せた船に、バローグとリン・アミウールの偽者が合流した。
「ようこそ、リン・アミウール嬢。私はグーワィ。ここの者たちを率いている」
「あんたが親玉?」
リン――シェイプシフターは彼女を演じた。太々しい少女の態度に、グーワィはうっすらと笑みを浮かべる。
「気の強いお嬢さんだ。……怖くないかね?」
「震えてみせましょうか?」
「その歳で戦闘機を乗り回しているというのは本当らしい」
戦闘機パイロットは強気で、時に傲慢さを滲ませる。ただ騎士らと違い、身分や権力を振りかざさず、自身の胆力でもって応じてくるだけ、まだ好感が持てる。
「うちの弟と妹をさらったそうだけど、無事なの?」
「弟の方は解放した」
グーワィは椅子に腰掛ける。
「まあ、君のお父さんにこちらの要求を伝えたのだがね。素直に応じてもらえなかったが……無事なんじゃないかな」
「……」
「妹――リザベッタ嬢の方はこちらで預かっている。もちろん今のところ乱暴なことはしていない。……これまではね」
グーワィが匂わせると、リンは露骨に顔をしかめた。
「これからやりますよ、って聞こえるわ」
「それは君の協力次第というところだ」
「手錠で拘束しておいて、協力しろですって?」
彼女は手錠を見せると、グーワィはやはり笑った。
「保険だよ。君が大人しく従ってくれるなら、それを外してもいい」
「抵抗しないわよ。これだけあんたのお仲間に囲まれていればね」
リンは辺りをぐるりと見回した。グーワィの部下たち、自分を連れてきたバローグなどがいる。多勢に無勢と子供にもわかる状況だ。
「で、あんたたちはあたしら誘拐して、何をさせたいのさ?」
「話は聞いているんじゃないのか?」
座って、とグーワィは、リンに椅子をすすめた。
「我々はとある貯蔵庫を開けたいのだが、これが難物でね。壊そうにもあまりに頑丈な金属でできていて、我々は中身を拝めていない」
「あたしだって、素手で金属の扉は開けられないわよ?」
リンは皮肉げに言った。意地悪くニヤニヤしている様は、実に肝が据わっている。武装した大人たち、武装集団を前にしても外面は余裕の様子である。
「素手で金属の扉は怖いな」
グーワィは冗談に付き合う。あくまで友好的な態度をとる。
「君はブァイナ金属を扱えるそうだね。その情報と引き換えに、妹の無事を保証する……そう申し出たと、私は聞いていたのだがね?」
「あー、そうだったわね。言ったわ」
リンは思い出したような顔になる。
「まさかあの話が本当だったとは……」
「あの話?」
「そこのおじさんが言っていたことよ。あたしを試す適当な話だと思っていた」
バローグとの話だろう。グーワィは笑みを崩さない。
「その適当な話に我々が望む内容が含まれていた。それでなければ君を連れてくることはなかった。……で、本当だろうな? 君がブァイナ金属を扱えるというのは?」
視線が鋭くなった。温厚な顔、その奥に潜む狂気が滲み出る。リンは視線をわずかに逸らした。
「扱えるといえば、まあ、そうね。できることもあればできないこともある」
「ほう、できないこととは?」
「ブァイナ金属を作ること。さすがにそこまでは、あたしはできないわ」
その答えに、グーワィは虚を衝かれた。アミウールの娘、なるほど一筋縄ではいかないかもしれない。あの英雄魔術師の娘だけのことはあるかもしれない。
「そこまでは期待していない。扉を開ける、もしくは壊す方法さえわかればそれで充分だ」
できるか――とグーワィの目が睨んだ。リンは薄ら笑みを浮かべた。
「まあ、そのくらいならできるわよ」
「ならば結構」
グーワィは膝を叩いた。だが、と顔は真剣そのもののままだった。
「一つ聞かせてもらいたい。君は何故、ブァイナ金属の扱い方を知っている?」
子供が遊びで覚えるものではない。バローグの話では、ジン・アミウールの持つデータパッドで見たということだったが、リンが何故それを見たのか。
ジン・アミウールは資料の扱いが雑なのか。いやそれでも、そんなセキュリティーの甘いところで読めるようなものでもないのではないか。
そう言われて、リンは少し考える素振りを見せる。ちょっと気まずそうな顔になる。
「理由としたら、そんな難しい話ではないのよ。あたしの、貯金箱がね……ちょっと……」
「貯金箱?」
グーワィは目を丸くする。まさか――
「ブァイナ金属で出来ているのよ。せっかく貯めたお金を無駄遣いしないようにですって」
リンは顔をしかめる。グーワィは苦笑した。
「実に、しっかりした親の教育だね。これもジン・アミウールのかね」
「まあね。ブァイナ金属を使える人なんて、そうそういないわ」
「でも君は使えるのだろう?」
「貯金箱を開けようとしたのよ。……つまらない理由でしょ?」
確かに家庭的な動機だ。だが子供が大人の秘密を知っている理由なんてものは、得てして自分のためであり、他人からすればつまらない動機である。
「それで、開けられたのか?」
「もちろん、それでギターを買った」
「ギター?」
「知らない? 楽器よ」
「音楽か。得意なのかな?」
「いいえ。やってみたけど、二日で辞めた」
そうか――グーワィは笑い、しかしすぐに押さえる。
「いや、すまない。君という存在が実に面白くある」
「褒めてないわよね、それ」
「好意に値する。こちらとしては、貯蔵庫を開けられればそれでよい。情報を開示してくれるだろうか?」
「教えてもいいけど、一日二日で覚えられるかな」
リンは考え、そして提案した。
「あたしをその貯蔵庫まで連れていってくれたほうが早いと思う」
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