第1990話、原因は不明
指揮所に戻ると、グレーニャ・ハルは困った顔をして俺を出迎えた。
「お疲れさま」
「すまんね、勝手に動いて」
俺が詫びると。彼女は腕を組みつつ微笑した。
「こちらにもあなたへの連絡があったわよ。大変だったわね」
学校の異空間スペースがどこかへ行って、学生たちが行方不明になってしまった件。これ大事故だぞ。俺でなかったら、今頃学校に生徒を預けている親御さんが大騒ぎだっただろう。俺だって実際、長女が巻き込まれたし、ジャルジーんとこのヴェリラルド王子も被害者だったんだからね。
「普通は、こういうことが起こるはずがないんだがね」
「原因は?」
「可能性の段階。正直わからん」
だから俺の分身を置いて、調べさせている。異空間関係の魔法は、俺かベルさんくらいしか扱えないからな。ベルさんも俺も、ネメジスを追跡しているほうもやっているわけで、分身するしかないよね。
「ネメジスの仕業……ではないわね」
グレーニャ・ハルはその細い指で自身の顎をなぞった。
「それはないな」
俺も即答である。
「そもそも学校のランチスペースに、奴らは接触していない」
異空間に作った学校にテロリストどもを送ったが、それと本物の学校の異空間は別物だ。
「異空間学校と本来は干渉するはずはない」
偽物の学校に隔離されていたことすら気づいていなかった。ネメジスの陽動部隊が、異空間を破ろうなんて考えに至るはずがない。気づかなければ異空間破りのために足掻くこともない。
「異空間同士が何らかの理由が干渉した、という線」
グレーニャ・ハルは言った。
「本来干渉しないとあなたは言ったけれども」
「イレギュラーは発生するもの……とはいえ、だ」
ネメジス連中が気づいていなかったものに細工できるはずもなく、ランチスペースが隔離された頃には、偽物学校のテロリストは全滅していた。時間的にも合わないんだよ。
「たまたまタイミングが被っただけで、関係はなかった」
「そう思いたいところだけどね。ただ同じような場所で作った異空間が、俺の知らないところで何かしら干渉して……ということもあるかもしれない」
割と感覚的なもので、俺の魔法は発想で範囲が広いけど、素材の一粒まで計量して料理をするような精密さはない。異空間同士、構成する要素が同じだから、引かれあうものがあったのかも。
「だが、作った直後は干渉していなかったんだよな」
異空間学校を作った時に、学校側のランチスペースが壊れたとかなら、干渉したのかも、とわかりやすいのだが最初は何もなく、ついさっきの休憩時まで問題は発生しなかった。だからこそ、余計に気になるわけだ。何故、ランチスペースが切り離されたのか。
特に学生が毎日使う場所だから、原因究明は急ぐべきである。
「昨日までと違う要素といえば、ネメジスの一団がアポリト・ソフォス学校へ踏み込んだこと?」
グレーニャ・ハルは首をかしげる。
しかしそれが原因だというのなら、ランチスペースが生徒たちに開放される昼前に切り離されていて使用不可になっていたのではないか。異空間学校でのゴタゴタが片付いて、捕虜を連れ出していた後に起きたとなると、時間も合わない。
「他と違う要素といえば……。ニーゴが今日から学校に通ってる」
俺が言えば、グレーニャ・ハルは腕を組んだ。
「ただの転入者がにそんな力があるとでも? ……と否定できれば楽なんだけれど」
「あれ、異星人だからね」
こちらの人間にはない能力を持っている可能性はある。魔法ではないが、超能力というそれに似たような力は存在するらしいからな。ニーゴが異空間の継ぎ目に気づいて、何かしてしまったというほうが、まだあるかもしれないと思える。
「そういえば、あれもランチスペースにいたんだっけ」
だからこそ、異空間についアクセスしてしまったかもしれない。
「『あれ』?」
挑むようにグレーニャ・ハルが言った。俺がニーゴを『あれ』呼ばわりしたことを非難しているのかもしれない。
「彼なのか、彼女なのか考えてしまってね」
最初は少年だったが、今は少女の姿。鉄星人はどちらの性別にもなれるというのでね。どう言えばいいのか、時々迷うわけだ。
男子の姿をしている時に『彼』と呼んでいいのか、女子の姿をしている時は『彼女』と呼ぶべきなのか。外見がその姿をしているからといって、中身についてどちらかの性別で呼んでいいものかどうか。
あれだな。俺には経験がないからわからないが、女装もしくは男装している人に、その姿の時はその性別として扱うべきか否か。中の人に話を振った時に、男装もしくは女装してる時に、本来の性別は彼女なのに、彼と呼ぶのか。逆に彼なのに彼女と言っていいのか。そのキャラクターの話をしている時はそれに合わせるが、中の人の話をしている時にそれは性別を無視して失礼なのではないか。
「名前で呼べばいいのよ。それで解決」
グレーニャ・ハルは、じつにもっともな解答を寄越した。辺に性別を意識する言葉を使うからそうなるのだ、ということだろう。
「確かにな」
俺は頷いた。
「その辺りの原因究明は分身君に頑張ってもらうとして、ネメジスの追尾の方は――」
「このまま何事もなければ、合流できそうよ。ただまあ仮眠をとるなり、休憩する時間くらいはありそうよ」
グレーニャ・ハルが食後のコーヒーを頼んだ。スタッフが用意する中、俺は肩をすくめる。
「連中は、俺と違って自力で転移できないもんな。そりゃあ時間はかかるか」
俺だったらぴゅんぴゅんと移動できるんだけどな。面倒な時は転移で、とやっていると、他人の遅さにじれったくなることもある。
目的地を教えろよ、俺が転移してやるから、って思いたくもなるのだ。
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