第1988話、何も知らない学生たちの日常
「お昼は、教室か食堂で摂るのよ」
リンは、今日が初の学校であるニーゴにそう伝えた。
「お弁当、忘れないでね」
「うん」
家を出る時に持たされた弁当用バックを手に、ニーゴは頷いた。弁当が今さら何なのかわからないことはない鉄星人である。
教室を出る。まだ関係がよくわかっていないボルクやアグナは顔を見合わせつつ、ついていく。
他の生徒たちもそれぞれの昼食のために移動する。教室で食事と摂る者以外は。
「食堂は大きく分けて二つある。一般食堂とランチスペースだね」
「ボクたちが行くのは?」
「ランチスペース」
リンは即答だった。
「弁当を持ってきている生徒は、一般食堂にはいかないのよ。まあ、色々食べられるし、グループで行っても問題はないんだけどさ」
「じゃあランチスペースというのは?」
「ゆったり、仲間うちでお話しながら食事するところね。基本的に、飲み物以外ないから家から弁当とか持ち込みなんだけどね」
「ランチスペースは、貴族や王族が主に使うんだ」
ボルクが口を挟んだ。
「今はほとんどいないが、以前は、家から連れてきた給仕にお世話されながら昼を摂っていた生徒もいたとか。庶民と一緒にゴミゴミした一般食堂で食べたくないって貴族子女用といういうのが始まりらしい」
色々な生まれの生徒に門戸が開かれているアポリト・ソフォス学校も、身分というのはどうしても出てしまう。
ただそれを表立って言って対立を煽るようなことは、校風、校則両面からは避けられている。同盟国内から集まっているだけあって、貴族同士でも国によって扱いが異なるから、ヘタに威張り散らかすと外交問題になることもあるのだ。
それは親である王族、貴族の権威を落とすことになり、最悪退学ともなれば、あのジン・アミウールの学校に入りながらを卒業できなかった人間と、成人後の社交界にも影を落とすことになってしまうのである。
なので、生徒の間でも、貴族の家同士でも下手に上下を意識するような言動は控えられ、相手が庶民出であっても、あからさまな態度をとらないようにできていた。
ただ、それでも持って生まれた家の教えや考え方はあるもので、貴族生徒の大半は、昼食はランチスペースで、ゆったり優雅に過ごすのである。
リンは、個人的にはあまり関心はないので、昼食は教室か、ランチスペースのどちらかで食べている。今日はニーゴがいるので、あまり周囲に干渉されずに食事できるよう、ランチスペースを選んだのだった。
多くの一般生徒が食堂へ移動する中、リンはそれとはまた違う入り口を指さして、ニーゴを導いた。
「この先は異空間になってるの。……たぶん驚くだろうから、先に教えておくわ」
「異空間……?」
扉をくぐると、校舎の中とは思えないほど広い空間に出た。一面が地平線まで広がる草原になっていて、そこに席を持ち込んで、お茶会よろしくランチをとっている令嬢たちがいた。
その反対側では、ゆったり広いボックス席が無数にあって、明らかに生徒ではない従者やメイドらにかしづかれながら、友人と食事をしている者もいた。
「広いね……」
「そっ、広いよね」
リンが言うと、アグナは眼鏡のブリッジを軽く持ち上げた。
「ニーゴさんが戸惑うのもわかる。普通の部屋の構造を無視しているもんね」
「さすがは、ジンさんの魔法」
ボルクは関心しきりだった。
「おれたちには及びもつかないな」
「ジンさんって、リンちゃんのお父さんの?」
「まあね」
リンはそっと顔をずらして、席を探す。父親自慢は恥ずかしいから自分からは言わないようにしているが、周囲からのそれはどうしようもない。それについて何か言おうものなら、結局自分に返ってきて余計に恥ずかしくなるから、言わぬが花である。
「席はあそこにしよう」
空いている席に移動する。ニーゴ――見慣れない美少女がいるせいか、周囲の視線がちらほらと向いてきた。
さすがに庶民グループではないので、あからさまにざわつくことはないが、見とれている者、声を落として話している者などがいた。
「さあ、そろそろ話しなさいよ、リン」
ソファーめいた席につくなり、アグナは言った。
「ニーゴさんを知っているみたいだけど、どういう関係?」
「うちで預かっている、それだけよ。……ねえ?」
リンはニーゴに同意を求めれば、うんと彼女は頷き返した。
「やっぱりそうか」
ボルクはそんなことを言った。弁当箱を開けようとしたリンの手が止まる。
「あんた知ってたの?」
「まあ……君の家に、変わった子がきたという話はな」
そういえば、ニーゴが来てからボルクをはじめ、ジャルジー家が訪れていなかったと思い出すリンである。
「どうしたの?」
アグナがニーゴを見て言った。謎の転入生は、落ち着かないように視線を動かしていた。
「慣れたと思ったんだけど、ちょっと故郷と色合いが違うから……」
「?」
ああ、とリンは理解した。鉄星人の好む色が、こことは違うのは聞いている。実際にどう見えているのかはわからないが。
「それに、この異空間って、大丈夫なのかな?」
「どういうこと?」
「もし、だけれど――」
ニーゴはリンに顔を近づけた。
「この異空間が外と切り離されることがあったら、この中ってどうなるのかなって?」
そんなことは考えたことがなかった――リンは視線をボルクとアグナに向けた。
「もし切り離されたら、どうなるのかしら?」
「いきなり私たちの存在が消えるってことはないでしょうけど……」
アグナは考える。
「でも切り離されたら、そのまま閉じ込められしまうのでは……?」
うげ、と変な声が出るリン。そう言われてしまうと、これまで普通だった異空間にあるランチスペースが、途端に怖くなるのであった。
そしてそういう時に、悪いことが起こるもので、ランチスペースの入り口付近が騒がしくなった。
何事かと目を向ければ、貴族生徒の一人が叫ぶように言った。
「大変だ! 外に出られなくなった!」
英雄魔術師はのんびり暮らしたい@コミック第14巻(電子書籍)発売中! 最終巻となります。どうぞ、よろしくお願いします!
累計45万部突破! 既刊1~13巻(12巻以降は電子書籍版のみ)も発売中! コロナEX、ニコニコ静画でも連載中!




