第1986話、起死回生の大手柄
人質はまだ一人に残っている。
グーワィはそう考えたが、もう一人があっさり取り返されたことは、この先の不安を加速させる。
通信機で音声は拾っていたが、どういう状況だったのか見れるわけではなく、会話内容から状況を推測するしかなかった。
交渉した幹部があっさり殺され、部下が引き継いだが、ジン・アミウールにはイニシアティブを握られ続け、下手な人質交渉をさせられた。
そういうミスは次はしないと思いたいが、ジン・アミウールがこの手の交渉にも非常に手強い存在とわかった今、まったく楽観できる状況になかった。
最悪なのは、人質をまったく活用できずに終わることだ。ここまで払った代償が大きすぎる。
言い知れない無力感が込み上げてくる。グーワィは眉をひそめた。個人副官のネーヴェが小首をかしげたが、何も言わなかった。
作戦参加部隊が、悉く通信が途絶したことも、グーワィの不安を後押しする。
シーパング本国は、学校を標的にしたテロが起きたことを知らない。報道されない。情報がまったく流れてこない。これはある意味、ホラーであった。
化かされているのではないか、とさえ思えてくる。実は何もかも上手くいっていなくて、唯一成功したと思っている人質の獲得すら、実は失敗していたのではないか。幻をつかまされているのではと、疑いたくなってくる。
いま、グーワィたちは、船を使い、シーパング本島を離れている。これがただの要人誘拐なら、海に出れば一息つくこともできただろうが、相手がジン・アミウールでは、まったく気が休まらなかった。
「グーワィ様」
通信担当の兵が、小走りにやってきた。
「陽動部隊と通信が繋がりました!」
「バローグの隊か?」
思わずグーワィは休んでいた席から立ち上がった。アポリト・ソフォス学校を占領し、警察と軍の目を引きつける役割を与えられたのが、陽動部隊である。
「はい、バローグ隊長からであります」
「無事だったか!」
これで不通だった時の状況がわかる。最悪の状況も考えただけに、連絡ができることは非常に喜ばしい報告だった。
「通信の種類は?」
「バローグ隊長らが使っているミリタリー回線です」
通信士は答えた。こちらで専用に使っているもので、シーパングやジン・アミウールとの交信用に使っている民間のものとは違う。グーワィは通信機に取り付いた。
「私だ。貴様か、バローグ?」
『はい』
バローグの声が返ってきた。
『連絡が遅れて申し訳ありません』
「状況を報告しろ」
『はっ。我が隊は、標的二名を送り出した後、校内に立てこもりましたが、シーパングの特殊部隊と交戦しました。部隊は壊滅。残ったのは私の他、二名のみです』
シーパングの特殊部隊――グーワィは顔をしかめた。
「援護チームは?」
『やられたようです。こちらも気づいた時にはかなりの兵を失った後でした』
それは――表向き、学校立てこもりが報道されていないほど迅速かつ、気取られないほど鮮やかにやられた、ということだろうか?
事件になっていないという点で、信じがたいことではあるが。そもそもの話――
「特殊部隊だと?」
『こちらが把握していない護衛がいたようです。奇襲されました。どこかの私兵の可能性もあります』
王族のプライベートガード、もしくは近衛が学校にいたということか。グーワィはその可能性を考える。
確かに、ヴェリラルド王子や、ジン・アミウールの娘でもあるプロヴィア王女が通う学校。シーパング軍とは別に護衛がついていたとしても、おかしくはない。
そうなると、報道管制が敷かれ、それ故に報道がまったくされていないことも可能性としてはある。
多少強引さがあって違和感がぬぐえないが、時として起こり得ないこと、そんな都合よく話が進むわけがないと思えることが起こるものである。
事実は小説よりも奇なり、とはどこから流れてきた言葉だったか知らないが、世の中というのは、思った通りに進まないのである。
『その交戦で生徒にも多数の死傷者が出ました』
バローグは言った。
『で、こちらも甚大な被害が出ましたが、成果を得ました』
「というと……?」
時間稼ぎとしてはどうなのか、と思わざるを得ないグーワィである。人質を一人失い、部隊の損害が大きい現状、ちょっとやそっとの戦果では補いがつかない。
『リン・アミウールを連れています』
リン――アミウール家の長女だったか。人質が一人増えたというのか。しかしそれは王族であるアーリィーの娘ではないのか。いや、学校で壮絶な戦闘をやって多数の生徒が死傷したとなれば、いまさら王族や貴族の恨みがどうこう言ったところで遅いか。
『彼女は、例のブァイナ金属の情報を持っています』
「なんだと……?」
聞き違いかと思った。グーワィは驚いたが、疑念が先行する。
「何故、長女がブァイナ金属の情報を持っている?」
『ジン・アミウールの所有するデータパッドで見たことがあるとのことです』
バローグは事務的に答えた。
『部下がつい口を滑らせたのですが、それについて知っていると彼女が申し出まして……。先に連れ去った弟妹の無事を条件に、情報を教えると言っています』
グーワィは思案する。先にさらわれたエミール、リザベッタを助けるために自ら犠牲になりにきたのか。麗しき家族愛というところか。父親であるジン・アミウールは、公の立場であり過ぎたのかもしれない。リン・アミウールの行動こそ、グーワィたちが期待した反応のそれである。
エミールは奪還されたが、まだリザベッタがいる。人質の有効活用ができれば、あの忌々しい貯蔵庫を開けられる。
「わかった。リン・アミウールを連れてくるんだ。脱出はできそうか?」
『合流ポイントを指定してください。何とかします』
バローグの答えは実に頼もしかった。少しテンションが高い気がするが、リン・アミウールを確保できたことが、作戦の損失を補って余りあるものという自覚があるのだろう。ピンチからの大逆転。それで気分が昂揚しているのかもしれなかった。
気持ちはわかるグーワィである。何故なら、彼自身もこの逆転劇に血が沸いたのだから。
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