第1982話、脅迫の電話
「――誰?」
シーパング本島において、ジン・アミウールの広報官をしているエルダーエルフのニムは、秘書に尋ね返した。
若いエルフは答える。
「わかりません。お名前を尋ねたのですが、答えてくださらなくて」
「悪戯か何か?」
ニムは事務的な態度を崩さない。エルフは首を振った。
「可能性はあります。ただ、声からすると、そういう冗談の類いでは思えなくて」
「続けて」
「はい。『信じる信じないのは自由だが、ジン・アミウール様の子供、エミール様とリザベッタ様を預かった』……と」
「それは、誘拐か?」
ニムの声のトーンが低くなった。
「電話の相手の言うことが本当であれば……、そうなります」
「学校への確認は?」
「確認しました。お二人とも学校にいました。他のアミウール様のお子様方も全員確認してあります」
誘拐されていないのではないか。いったい誰と間違えたのか。それともたちの悪い悪戯か。
「それで、ですね。その電話の相手は、『どうせ逆探知しているのだろう? そこにジン・アミウール一人で来い。来なければ、息子は死ぬことになるぞ』、と。……どう思います?」
「迫真の内容だな」
ニムは僅かに口元を緩ませた。
「場所は、逆探知できているのか?」
「もちろんです」
有名人相手に、悪戯半分で嘘や脅迫などする愚か者がいる。ジン・アミウールの一家に関しては、この手の愚か者の位置を突き止めると、シェイプシフター諜報部やエルフ親衛隊が踏み込み制裁を食らわせるか、司法に引き渡す。そのための逆探知である。
「探知した先に、ジン様お一人で来いというのは……」
「あまりに人質誘拐のそれなんですよね」
エルフは首をかしげた。
「これ、自分がアミウール様の家族を誘拐したと信じている、頭の少しおかしな人なのでは?」
「うむ……」
ニムは腕を組んだ。
さらわれたという二人の子供は、学校で無事が確認されている。さらわれていない以上、狂言、手のこんだ悪戯ということになるが……。
「シェイプシフター諜報部に通報しておこう」
ジン様を狂言に付き合わせるわけにもいかない。この手のものをいちいち取り上げていれば、のんびりされたいジン様の平穏を脅かすことになる。この手の馬鹿に正直に付き合うのも、手間と時間の無駄である。
と、そこでニムの机のデータパッドが音を立てた。着信――その相手はシーパング情報局だった。
何か不穏なものを嗅ぎつけたのか、なんとタイミングのよい。今回の件をシーパング情報局に相談してみるのも手だろう。ニムは秘書に頷くと、通話キーを叩いた。
「ニムです」
『はーい、ニム。お久しぶり』
シーパング情報局局長のグレーニャ・ハルだった。まさか情報局のトップからの連絡とは予想していなかった。これは何かあったのだろうか。
『今、ちょっと立て込んでいるんだけれど、そちらに変な電話がこなかったかしら? ジン・アミウールの子供を誘拐したとか、預かっているとか、そういうの』
「奇遇ですね。まさにその件について、そちらに伝えようと思っていたところです」
ニムは答えると、グレーニャ・ハルも『やっぱり』と言った。
『今、その件を秘密捜査中なのだけれど、電話の内容を教えてちょうだい』
秘密捜査中――あの電話は情報局の局長を動かすほどの大事だろうか。実際に、ジン様のお子様をさらったなどとあれば大事件ではあるが……。
秘書から聞いた内容を、ニムはグレーニャ・ハルに伝えた。その上で、疑問を口にする。
「もしかして、本当にジン様のお子様が誘拐されているとか?」
学校にはさらわれたことを伏せるように手回しされていたのではないか、と疑う。グレーニャ・ハルは笑った。
『大丈夫よ。貴女が報道官としてインタビューを受けるようなものではないわよ。ただまあ、後で真相は教えてあげる』
「わかりました。……こちらで何かしておいたほうがいいことはありますか?」
『いいえ。今のところはないわね。ありがとう。その時は伝えるわ』
そう言うと、グレーニャ・ハルは通話を切った。いったい何だったのか?
・ ・ ・
ニムから電話の内容を聞いたグレーニャ・ハル。……俺も聞いていたんだけどね。
「犯人グループからの接触だな」
「一人でリモリック倉庫街3の12倉庫に来い、ですって」
グレーニャ・ハルはあきれ顔である。すでに盗聴器と発信機で判明していた場所であり、先行した部隊が遠巻きに包囲している場所だった。
「ご指名とあれば、行かないといけないな」
そうしないと、君にとっても話が進まないだろう。敵の正体を知るためにも、俺が行かないとさ。
先にも言ったが、これが人質シェイプシフターじゃなくて、本当の子だったら、こんな悠長にしていられなかったんだろうな。
命がかかっていないから、問答無用で潰してしまっても、という気にもなる。何せ、俺の子供たちを狙った悪党どもだからね。
事前に怪しいから異空間学校とかで罠張っていたからこれで済んでいるけど、もし本当に誘拐していたら、……まあ、お察しだよな。
「一人で、か」
「貴方が命を賭けることはないのよ」
グレーニャ・ハルは言った。
「子供たちは無事なのだから」
「だから芝居をする必要があるのだろう?」
そうとも、俺の家庭の問題はクリアされている。今回の騒動を起こした悪党どもの正体と目的を探り、二度とこのようなことができないようにしなくてはいけない。
お仕事という感覚でやれるというのは、いいことだよな。
「気をつけなさい。子供を人質に取るにしては、大げさなほど人がいる組織のようだから」
グレーニャ・ハルは注意した。
「魔法対策とかもしていると考えたほうがいいのだわ。手段を選んでこないと思うわよ」
「なら、俺も色々小細工をしないといけないな」
まあ、やってやるだけさ。
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