第1981話、交渉準備
困惑していたのは、学校制圧グループだけではなかった。
部隊全体を統率するグーワィは、ラザーら人質輸送組が合流地点に到着したという報せを受けた。
ジン・アミウールの子供を確保した。作戦の第一段階は成功だ。第二段階、というより本命であるジン・アミウールに対する呼び出し、人質交渉をする。
それでブァイナ金属の壊し方を聞き出す。サウス・カラビナス基地から強奪したブァイナ金属で作られた貯蔵庫を開けて、中身を手に入れる。
すべてはそのために起こしたのだ。そうでなければ、事が済むまでジン・アミウールなどに接触を図るものではない。
この世の終わりまで、接触したくない人間を挙げろと言われれば、その筆頭がかの英雄魔術師であろう。
組織は直接彼と敵対しているわけではないが、立場上は『敵』であり、こうして子供を誘拐した以上、ジン・アミウールもまたグーワィら組織を敵と認識したはずだ。
本当は接触などしたくはないが、彼でなければ、10年前にシーパング同盟が入手した地底シェイプシフター制御装置を手に入れることができない。
そうであるならば、接触不可避である。
「学校のバローグとは、まだ連絡が取れないのか?」
「通信が繋がりません」
通信士は振り返った。
「それと、援護チームも連絡が途絶えました」
学校を見張らせていた狙撃チームも沈黙した。襲撃されたら即時応戦、報告をしてくる腕利きチームが応答しない。
やられたのか。通信妨害なのか。前者は考えにくいが、それを推測する材料はある。
「ネーヴェ、どうか?」
「テレビは、どこも平常通りです」
個人副官のネーヴェはテレビ画面から目を離した。
「学校の立てこもり、生徒の誘拐をどこも報じていません」
「……となると、援護チームもやられたと見るべきか」
不自然過ぎるほど平和な状況で、こちらの兵だけが消えているというのは、悪い方に想像したほうがいいだろう。テレビが通常通りということは、電波妨害の類いでもない。それで味方と通信がとれないというのは、何かあったということだ。
幹部の一人が口を開いた。
「ジン・アミウールへのコンタクトですが、如何いたしますか?」
何もかも上手くいっていた場合、つまりバローグ隊がアポリト・ソフォス学校に立てこもりをしていれば、自分の子たちを心配してジン・アミウールが学校に現れるはずだ。そこで人質交渉の第一歩となるはずだったのだが……。
「学校が何もないのでは、ジン・アミウールはそこにはいないでしょう」
「合流地点を明かすことになりますが、そこで第一次接触を?」
「仕方ない」
グーワィは内心から込み上げる怒りにも似た苛立ちを押し殺す。
「どこかで接触しなければならない。人質の一人を残し、もう一人を連れて大陸へ移動する」
「わかりました」
その幹部は頷いた。グーワィは副官を見る。
「ここを引き払う。一網打尽にされてはかなわん」
「はい。……人質はどちらを連れていきますか?」
「女の子を」
悲しいかな、男の子はこの手の人質交渉の切迫感が女子の場合より軽く見られる傾向にある。こちらは乱暴をするつもりはないが、相手はそれを知らないので、絶えず不安を抱くことになる。その場合、やはり男子より女子のほうが焦りを強くする。
もちろん、男の子の方――エミールが長男で跡継ぎであるというのなら、優先度は女子より上がる可能性があるが、残念ながら彼は他の兄弟姉妹の中間だから、ジン・アミウールが薄情であれば、切り捨てる可能性もなくはない。
――それに、あの英雄魔術師殿は女子に対しては、扱いが丁寧になるというしな。
そう考えるなら、切り札としては女子であるリザベッタを温存し、男子であるエミールを第一の人質として交渉に使うべきだろう。
現場に片方がいないとなれば、いかにその場で奪還できる力を持つジン・アミウールといえど、実力行使を躊躇うはずだ。自分の手の届かないところで娘が殺されるかもしれないという脅迫は、有効だ。
・ ・ ・
「……奴ら、さらに移動するみたいだぞ」
埠頭にあるとある倉庫に入り込んだ連中の車両。再びオンになった発信機と盗聴器。そこでのやりとりに聞き耳を立てている俺とグレーニャ・ハル、そしてシーパング情報局。
「大陸のアジトへ案内してくれるようね」
情報局局長のグレーニャ・ハルはニヤリと笑った。例のブァイナ金属製貯蔵庫強奪グループ……と思われる敵組織の尻尾を掴めるとご機嫌のようだ。
これ、人質がシェイプシフターでエミールとリザベッタの偽物でなかったら、俺は果たして今のハルの表情にどんな感情を抱いただろうか。
自分の子が人質にとられているんだぞ、とすぐに助けに行っていたんだろうな。いや、とっくに動いて、敵組織の隠れ家とか、そんなもの二の次になっていたに違いない。
それが親ってものだ。
まあ、それはそれとして――
「じゃ、連中が俺にコンタクトしてくるまで、突入はなしか?」
敵が合流地点と呼んでいた倉庫の近くには、シェイプシフター部隊が密かに配置を行っている。
救出作戦らしく、全包囲から倉庫に侵入して派手な戦闘――って、完全に人質のことを考えていない所業の準備中だった。
「大陸の敵拠点の場所も突き止めたいのよね」
グレーニャ・ハルは俺に流し目を送る。
「奪われたブァイナ金属貯蔵庫、あれを取り返さないといけないのだから。……たとえフェイクであったとしても」
「それをフェイクと知らない者たちを安心させるためにも、か。でもまだ、こいつらがその襲撃グループと確定しているわけではないだろう?」
何か知らんが、俺の子供を誘拐して、俺に何か要求してくるつもりなのはわかっているが。金か? それなら俺に手を出すよりもっと簡単に奪える相手がいると思うんだがな。
「それを確かめるためにも、じっくりやりましょ」
グレーニャ・ハルは腕を組んで、モニターを睨んだ。そして犯人グループが、無線ではなく電話機をつかってどこぞへ連絡を始めた。
どこへかけるつもりか。俺と接触のための電話かな……?
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