第1980話、悩める指揮官
発信機の信号が途絶えた。
俺の子供――エミールとリザベッタに化けたシェイプシフターが、その体内に生成した発信機を消したのだ。
同じくシェイプシフターが内部に盗聴器も生成していて収集した情報によると、敵は相当、この状況を怪しんでいるようだった。
「まあ、学校で立てこもるはずの連中が動いていないってなると、そりゃ怪しむよな」
俺が言えば、グレーニャ・ハル局長は目を伏せた。
「お仲間は異空間ですものね。立てこもり部隊は頑張っているつもりでも、こちらの学校はまったく平常通り。変に思って当然だわ」
「見張っている連中は捕まえたから……組織の幹部たちも、それに気づく頃合いだろうな」
覗きの狙撃チームは、情報局が制圧した。まだどこかで見ているかもしれないが、確認できたグループに関しては全滅である。
「ここにきて、その幹部が人質を疑い出した」
グレーニャ・ハルは俺を見下ろす。
「大丈夫かしら? シェイプシフターだとバレないかしら?」
「多少傷をつけた程度では、本物かシェイプシフターか区別つかない。傷、出血の色、量、うちのシェイプシフターたちは精巧に模倣しているからね」
ただ敵が疑い出して、発信機も盗聴器も切れた。何か道具を持っていないかスキャンを常時かけられているからだろう。シェイプシフターなら、自己生成した機械を体の一部に戻して消せるから、探知されることはない。……まあ、そのせいで内部情報を取得できなくなったが。
「監視も今のところは順調だ」
発信機を出している間に、監視ポッドや尾行部隊がしっかり追跡している。一つの方法が駄目になっても他でカバーできるように手回しは済んでいるのだ。
グレーニャ・ハルがモニターに顔を近づけた。
「埠頭方面に向かっているわね」
「ポータルラインは使わないようだ」
じゃあ、行き先は連中のアジトかな。
・ ・ ・
異空間にあるアポリト・ソフォス学校――の模造品。そこを本物の学校と信じて疑わないバローグら立てこもりグループは、強い焦りの中にあった。
学校を取り囲む軍と警察。それらと睨み合うことしばし、何がきっかけかわからないが突発的な銃撃戦が発生。兵が一人死亡、一人が負傷。生徒三名が死亡した。
事故みたいなもので、今は落ち着いているが、バローグらも緊張を強いられていた。
しかし不安な点はまだある。むしろこちらの方も深刻であるが、外部部隊と連絡が取れないことにある。
「もう人質は合流地点まで到着したのか」
「何事もなければ、そろそろだとは思うのですが」
部下の一人が言った。
「途中で、シーパングの妨害や追跡があったとすれば、まだしばらくかかるかもしれません」
そこから窓の外、包囲している敵を見下ろす。
「包囲前に抜け出せて正解でしたな」
「だが、これだけ敵がいるのだ。人質を乗せた車両のほうも激しい追跡を受けているかもしれない」
バローグは顔をしかめる。
包囲されている学校からでは、他部隊の状況がわからないので、苛立ちが募る。果たして人質の輸送は上手くいっているのだろうか。
学校周辺にいる狙撃チームとも連絡がとれず、バローグら立てこもりグループは、包囲だけでなく、情報面でも孤立していた。
これではジン・アミウールとの交渉もままならない。人質あっての交渉。その交渉材料を確保できたかわからないのでは、対応は難しい。上手くいっているのかいないのか、それがせめてわかれば、ここからどう動くかもはっきりするのだが。
「どうします?」
部下が尋ねた。バローグは逡巡する。こちらで勝手に判断していいのか。時間稼ぎと、限界を悟ったら脱出してもよいという風になっているから、その判断はバローグの領分でそれは問題ない。
問題は、やはり確保された人質が合流地点に到着し、ジン・アミウールとの交渉が行われる、もしくは行われているか、である。
この学校にも、まだアミウールの子が複数いる。王族の血筋が入っている子は極力手を出さないようにと言われているが、それも状況次第だ。
もし先に連れ出した二人の輸送に失敗し、奪還されるような事態となったら、バローグら学校立てこもりグループが新たな人質を確保しなければならない。
それで学校からの逃走を図るか、直接ここでジン・アミウールと交渉を始めるかは、状況次第ではあるが、それもそれも外部の状況がわかればこそである。
上手くいっている状況で、こちらがアミウールを呼び出すなんてことをすれば、仲間に多大な迷惑をかけることになる。だが上手くいなかった場合は、バローグたちが動かなくてはいけないのだ。
「……こっちに、ジン・アミウールは来ているか?」
ようやくバローグが言えば、部下は無線機をとって、配置についている兵たちに確認した。
『東エリア、それらしい人物は確認できず』
『こちら西エリア、こちらもです』
よく宣伝資料に見られるような魔術師の姿をしたジン・アミウールは、包囲している部隊からは見えなかった。警察の格好をしていることはないだろうが、軍のそれをまとっている可能性は……あるのだろうか?
「さすがに見える位置には現れないか」
バローグは唸る。どうする? 他の子を使って、ジン・アミウールを呼び出すか。それとも味方を信用して待つか。
悩める指揮官。バローグは窓の裏手からそっと外の様子を見やりつつ、呟いた。
「どうするんだ、これ……」
踏ん切りがつかないバローグであった。リーダーとしてはよくないと理解しつつも、それが偽りない気持ちだった。
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