第1979話、広がる不審
おかしい。どうにもおかしい。
グーワィは、ずっと険しい顔だった。
目標だったジン・アミウールの子を二人、無傷で確保した。これ以上ないほど順調だ。きちんと合流地点まで人質を運んでこられそうだった。
だがそれ以外の部分が異常事態だらけだった。
まず、アポリト・ソフォス学校に突入した陽動部隊が音信不通となっている。
無線は繋がらない。だが妨害されているというわけでもない。援護チームとは交信が可能で、町の方も警察無線、軍の通信も傍受できている。
そう、ここも異常だ。
アポリト・ソフォス学校で武装勢力が立て篭もり、さらに人質が連れ出されたにもかかわらず、警察も軍も動いていない。
陽動部隊が立て篭もっている時点で、通報されるのが当然だが、誰も通報していない。まるで事件など起きていないかのように。
「こんなことがあり得るのか?」
たまらず言えば、赤毛の副官ネーヴェが口を開いた。
「いえ、あり得ないかと」
生徒が誘拐されて通報されないなどと。しかも浚われたのは、あのジン・アミウールの子だ。そこらの名前も知らない平民の子とは違う。何か問題があれば、大騒ぎにならないわけがない。
「もしかして、間違って誘拐したのか?」
アミウールの子ではなかった……? グーワィの疑問に、幹部の一人は首を振った。
「たとえそうだったとしても、バローグ隊と連絡が取れない理由にはなりません」
学校で立て篭もる部隊が、仕事をしていない。しかしターゲットは誘拐できた。この矛盾をどう説明する?
「もしや、その子供、偽者ではないか……?」
恐ろしい想像だった。もしそうであったなら、根底からすべてひっくり返ってしまう。ここまでの労力と時間が全て無駄になることを意味する。
グーワィの発言に、幹部は言った。
「しかしラザーも確認しているはずです。本人であるはずだと……」
「発信機の類いがないかと調べさせたが、そもそもそれが子供になりすます変装かどうかチェックしたわけではあるまい?」
学校を襲撃した際、バローグらは、おそらく標的の顔を見て、写真と見比べ、クラス名簿を確認して、ついでに名前も確かめて連れ出したはずだ。途中で入れ替わる隙などないので、最初の時点で取り違えなければ、間違いはあり得ない。
「そもそも、偽者のわけがありません」
その幹部は言った。
「日常生活を送っている学生が偽者を用意する意味がわかりません。もしそうであるなら、ジン・アミウールは我々の襲撃を予期し、誰が誘拐されるかわかっていたということになってしまいます。いかにジン・アミウールが神だなどと言われていても、そのような予見ができるわけが……」
「普通にはあり得ない」
グーワィは腕を組む。幹部は続けた。
「ここまできて、バレているのであれば、むしろ組織の中に内通者がいると言われたほうがまだ信じられます」
「実際、内通者は今のところいないがな」
もしこちらの行動がジン・アミウールやシーパング情報局に筒抜けであったなら、事を起こす前に連中に襲われ、こうして合流を待っているなどということもなかっただろう。
現時点までにこのアジトに踏み込まれていないこと。実際に作戦が進行している時点で、敵はこちらのことを把握していない。
だから裏切り者の存在はないと断言できる。できるのだが……。
「バローグら陽動部隊の消失。襲われたはずの学校が何事もないように活動を続けていて、軍も警察も動いていない。まるでこちらの襲撃を予め知り、何らかの対策をしていたかのように」
「……」
「何にでも疑うべきかもしれない」
グーワィは部下たちを見回した。
「すでにあり得ないことが……何度も同じ言葉を使っているのが気に入らないが、想定外のことが起きている以上、普通では駄目だ。用心に用心を重ねる必要がある。……通信士、ラザーを呼び出せ」
「はっ!」
通信士はただちに通信機を操作した。アミウールの子らを合流地点に運んでいる車両のリーダーが出た。
『はい』
「ラザー、私だ。アミウールの子らの本人確認をしろ。チェック項目は、変装している偽者か否かだ」
『……了解です』
通信機の向こうで、ラザーは戸惑っていた。どういうことだ、と声に不安が混じっている。この状況で、偽者を疑うというのは異常事態であることを、彼も理解したのだ。
「ちなみに、シェイプシフターが化けているという可能性はないか?」
『最初の段階で、出血確認しました』
ナイフで切りつけ、しっかり血が出るか、連れ出す前にバローグが確認させている。深手を追わせると、人質交渉の時に面倒になるので、軽い傷の上に治癒魔法で治療もした。
『服も脱がしますか?』
「そこまでする必要はない」
意味がないだろうとグーワィは思う。変装であれば顔を抓ればわかるだろう。よほどのそっくりさんでなければ。
『確認しましたが、変装ではないようです』
さっそく確かめたラザーがそう答えた。やはり考え過ぎだったか――
「発信機チェッカーで再度スキャン。いや、もうチェッカーは常時入れておけ。ここまで来ると念には念を入れても足りないかもしれない」
『了解です』
何をそこまで警戒しているんだ、と言わんばかりの不満をラザーの声から感じた。奴は状況がわかっていないから不審に思うのも無理はない。
通信を切り、グーワィは席に戻る。そして、ふと気づく。
「影武者か……」
王族などでは、表に出る行事などでそれら偽者を使うことがある。命の危険を感じる場合など多用されるので、ジン・アミウールの家族ともなれば、ひょっとしたら学校などにも実際には通わせず、影武者を使っているかもしれない。
――今になってそれに思い至るとは。
笑うに笑えないグーワィだった。
英雄魔術師はのんびり暮らしたい@コミック第14巻(電子書籍)6月15日発売予定! 最終巻となります。ご予約、よろしくお願いします!
累計45万部突破! 既刊1~13巻(12巻以降は電子書籍版のみ)も発売中! コロナEX、ニコニコ静画でも連載中!




