第1974話、移動する車両
アミウールの子供を二人、学校から誘拐した。
標的を乗せた車両は、シーパング島の交通ルールを守り、港町に向けて移動中であった。
潜伏拠点にいて、作戦の進捗を確認していたグーワィの表情は険しい。
作戦は、一見順調なように見える。手間取るかと思った子供の誘拐は、現地部隊のバローグがとても上手くやったのだろう。障害もなく連れ出すことに成功した。
地元の警察とのチェイスや包囲網の強硬突破の可能性を考え、援護部隊も用意していたのだが、今のところ、警察の影も形もない。
「……」
気に入らない。全てが上手くいっているように見えるが、そうではない。すでに予定外の事態がいくつも報告されている。
まず第一、生徒を誘拐したにもかかわらず、警察がまったく動いていないこと。学校側の非常警報通報システムは切ったが、陽動部隊が学校に立て篭もれば、異変に気づいた近隣住民が通報してもおかしくはない。
学校側から教師が個人的に通報する可能性もあると予想したが、それもなかった。警察無線を傍受している者も、学校での事件が発覚している様子はないと報告した。
気づかれず、通報される前にさらった子供たちと合流できることは、何よりも喜ばしいことだ。上手くいっている。
だがここまでくると、かえって怪しい。陽動部隊の立て篭もりが事件になっていないのがそもそもおかしい。
第二、学校を監視している組から、その学校で事件が起きている様子がないという報告。作戦通りなら、バローグら突入部隊が派手に動いて、警察の目を引きつけることになっている。
が、外から見た様子、銃撃も立て篭もりの様子もなく、平和そのものであった。これでは近隣住民が気づくはずもない。
引きつける必要もないとバローグが感じたなら、突入部隊の車両全てが撤収すればいいのに、まだ3台が学校敷地、校舎裏手に留まっている。
そして第三。これが問題なのだが、中のバローグらと通信が取れない。妨害電波が出ているわけではないが、突入部隊と連絡ができなかった。
だから学校内がどういう状況なのか、さっぱりわからない。外の観測グループは、学校が平常通りという答えしかなく、スコープなどで校舎内を覗き見るが、突入部隊の姿はなく、生徒たちは普通に過ごしているようだという。
これは異常だ。
騒ぎなどなかったというのは、アミウールの子供を誘拐したという時点であり得ない。実は襲撃に備えて優れたセキュリティーが配置されていて、突入部隊が返り討ちにあったとするなら、脱出した二台に追っ手がつかず、学校にも現場検証の警察車両が来ないのも不自然であった。
「わざと泳がされている……?」
グーワィは呟いた。まさか、そんな――と思いつつも、異常な状況に嫌な予感を感じずにはいられない。
傍らの通信担当に声をかける。
「ラザーを呼び出せ」
「了解」
アミウールの子供を乗せて移動中の車両班のリーダーに通信を入れる。
『ラザーです』
「グーワィだ。そちらの様子はどうだ?」
『まったく異常なし。追っ手もありませんし、尾行の様子もなしです』
拍子抜けしている、と声に滲んでいた。どれだけ危険な撤退戦になるか、予想しながら任務についていたから当然かもしれない。
「アミウールの子供は?」
『大人しくしてます。問題ありません』
問題なし。陽動部隊がまったくもって様子がおかしい状況で、問題なしがどうにも信じられないグーワィである。
「……ラザー、発信機の類いの確認はしてあるな?」
『ペンダント、ポケットの中身、全部確認しました。生体スキャンも反応なしです』
淡々とラザーは報告した。発信機や盗聴器を持っていれば、こちらの正体を探られる手がかりとなるから、連れ出す前に確認するのが、作戦の打ち合わせの時にきつく言われている。
今さら念押しされて、内心ラザーはイラっときたが、上司相手に不満を漏らすほど短気ではなかった。ラザーもプロなら、グーワィもプロである。素人ではない以上、それでも口にするのは、それだけ今回の任務が重いことに他ならなかった。
「念のため、もう一度確認しろ。どうにもクサい」
『何かあったんですか?』
ラザーたちの班では作戦は予定通り進んでいる。順調過ぎて怖いくらいだが、それ以外のところで何かあったのではないかとピンとくるのである。
グーワィは少し躊躇い、しかし敢えて説明した。ラザーたちにもある種の危機感をもってほしかったからだ。
「陽動部隊と連絡が取れない。にもかかわらず、警察がまったく動いていない。何かがおかしい」
『……了解。確認します。あと援護ユニットに、警戒を強めるように言います』
ラザーとて、グーワィが訝しんでいることで、現状の楽勝ムードを切り替えた。知らず知らずのうちに、罠に近づいているのではないかという危険な臭いを感じたのだ。
・ ・ ・
通信を切ったラザーは、後ろで拘束されている二人の学生――エミール・アミウールとリザベッタ・アミウールを見やる。
頭に袋を被せているので、顔はわからないが男女の学生服でわかる。視界を塞がれているせいか、とても大人しくしていた。
普通、この手の誘拐などではメソメソするガキが多いのだが、取り乱したり、必要以上に震えている様子はない。泣いたとしても少し落ち着いた頃合いかもしれないが、あるいはかの英雄魔術師の子供らしく、肝が据わっているのかもしれない。
「おい、魔力スキャンで、もう一度確認しろ」
見張りの魔術師に、人質が何か隠し持っていないか調べさせる。部下にチェックさせている間、ラザーは正面に向き直り、無線を取った。
「鳥の巣よりヒヨドリ。警戒しろ」
港町へ移動する二台のほか、警察の追っ手がかかった場合に備えて援護と見張りを行う護衛車両が、前後にさらに二台、随伴していた。
車は間もなく、一番都市を抜けて、港町までの長い街道へと出る。ここからは車両以外の追尾にも気をつけなくてはならない。
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