第1972話、学校の外
アポリト・ソフォス学校に、武装集団が突入した。
10歳までの幼年部、11歳から15歳までの中等部。16歳から18歳までの高等部がある中、武装集団は中等部と高等部のある区画に侵入した。……侵入したはずだったのだが。
「……おかしい」
学校正面を見渡すことができるビルから、様子を眺めていた観測手は思わず呟いた。
学校は平穏の中にあった。突入部隊が侵入し、それを監視。必要とあれば撤退援護を行うのが彼らの役目である。
「静か過ぎる。……何か見えるか?」
「いいや」
傍らの狙撃手がスコープを覗き込みながら答えた。
「何もない。学生たちは授業を受けている。高等部は何事もないように……」
「バローグ隊長の班が、高等部に乗り込む手筈だったよな?」
「そのはずだ」
狙撃手もわずかに眉をひそめた。
「予定が変更になったか?」
「計画の変更があれば、とうに連絡がきているはずだ」
何も連絡がないということは、作戦は続行である。何らかのイレギュラーが発生して作戦が無理であると判断されれば、即撤収。そういう風になっている。
「突入はしたはずだ」
「正面からは見えないがな」
狙撃手はスコープを調整する。
「教室は平穏そのものだ。ここからでは中等部の様子が見えないが……」
何も連絡がないというのは上手くやっている証でもある。学校で騒ぎになれば、警察や状況によっては軍も来るだろうが、今のところその様子はない。
突入したというのは間違いで、本当はまだ学校に踏み込んでいないのでは、とさえ思えてくる。
「集音センサーの方は?」
「騒ぎにはなっていない」
これなら幼年部の教師も異変に気づいて様子を見に行くこともなく、まして気づいていないことさえ考えられる。あまりに平常通り過ぎる。
「この分だと、警察はこない」
「バローグ隊長は、よほど上手くやっているのか」
観測手は首をかしげた。連絡がないのは良い兆しなのだが、あまりに変化がなさ過ぎて、かえって胸騒ぎがする。
実は襲撃が察知されていて、裏口から踏み込んだ部隊は、そこで待ち伏せしていた敵に瞬時に無力化されてしまったのではないか。
――いや、それはないか。
観測手は頭を振る。こちらも特殊作戦用に鍛えられた戦闘部隊だ。仮に連絡の間もなく奇襲でやられるようなことになっても、交戦したとあれば、自爆するなどして騒ぎを起こし、異変を仲間に知らせることはできる。
それら異常、異変がない以上、作戦は順調に進んでいるはずである。だがそうとはわかっていても、万が一ということもある。
『こちら突入班』
無線機がガリガリと音を立てた。
『目標確保。離脱する』
通信傍受に備えて、作戦の成否、必要な経過報告は最短で終わらせる。ミーティングでの内容から、今の通信が意味するところは、アミウールの子供を捕虜として確保することに成功したとなる。
「これならば援護の必要はなさそうだな」
警察車両もなく、学校が包囲されているということもない。彼らは正面に陣取るだろう警察ないし軍を狙撃することで、味方の撤退を援護する予定であったが、その敵がいないのではやることがなかった。
突入部隊からの離脱は裏門であるから、この位置からでは狙えないのである。
「……おかしいな」
狙撃手はスコープから目を離さない。
「囮部隊が、校舎に立て篭もるはずなのに」
誘拐した部隊が、敵から逃れられるよう学校に踏みとどまって人質作戦を行う予定ではあったのだが。
「全員撤退したのか……?」
「馬鹿な。それだと敵の追跡が離脱する車両に及ぶだろうに」
観測手は呻くように言った。
「どうなっているんだ……?」
問い合わせたい衝動にかられるが、通信は必要最低限と決まっている。傍受対策、敵にこちらの動きを悟らせないためである。
その最低限の通信を聞く限りでは、作戦は順調に進んでいた。目標であるアミウールの子を確保し、離脱できたのなら、大成功といってよい。
しかし、計画通りのはずなのに、計画通りではない展開に、援護要員である彼らは強い不安をおぼえるのであった。
・ ・ ・
『車両が二台、出てきました! 人質を確保し、撤退するものと思われます』
モニターを見やり、通信機から流れる報告に、俺は頷いた。
「よろしい。敵もきちんとやってくれている」
統合作戦本部カッコカリ。俺は、シェイプシフター諜報部とシーパング情報局の合同チームと共にいて、一部始終をモニターしていた。
わざわざカッコカリ司令部にやってきたシーパング情報局のグレーニャ・ハル局長が、俺の肩に手を置いた。
「今のところは順調そうね」
「ああ、発信機は作動している」
マップ上にもきちんとマークが出ている。学校を出る前に一時途絶えたが、おそらく犯人グループが発信機の類いがないか調べたのだろう。その間、電源を落として探知をかいくぐり、それが終わったら再び発信をはじめた、と。
「敵がどこにアレを連れて行くのか、見物だよ」
「そうね。これで例の強奪組織と絡みがあるといいのだけれど」
グレーニャ・ハルは憂いを帯びた表情を浮かべた。関係があるかも、と言ったのは君だぜ? まあ、確信できる証拠などはなかったから無理もないけど。
「学校にもまだ残っているみたいね」
「陽動だろうな。さて、人質救援ミッションの演習にまたとない機会だ。上手くやってくれよ」
学校を包囲する警察と軍の特殊部隊――
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