第1966話、まだ事件は起きていない
アポリト・ソフォス学校に侵入する理由とくれば、そこに通う生徒が狙いと見るのが自然である。
務める先生の個人情報を得るためとか、シーパングの安全神話を壊すために学校という場所をテロの標的にする、という線もある。犯人の動きがいいから元軍人か冒険者が、盗撮や盗聴機器を仕掛けにいった……というのもなくはないが、複数犯の時点で、組織だったテロ、要人誘拐の類いだろう。
侵入しようとして、警報に察知された犯人グループの次の動きは何か?
「諦めたのではないなら、登下校中の生徒、あるいは教師を狙う」
俺が言えば、この件の相談のために呼んだベルさんが言った。
「教師だろうな。生徒を連れ去ると、そこで家族やら周りが騒ぐからな。お前んとこの子供らを狙っているんなら、別の子をさらってこちらの警戒を上げることはしねえだろう」
「独り身の教師なら、家に踏み込んで学校や生徒の情報を聞き出せるしな」
組織連中なら可能だろう。サウス・カラビナス基地を襲ったプロの戦闘員グループならば。……繰り返すが、まだ直接繋がりがあるという証拠はなにもない。
「シーパング情報局は、すでに教師全員に監視をつけたらしい」
「仕事が早いな」
ベルさんはニヤリとする。
「地底シェイプシフターの制御装置を狙っているかもしれないのが相手だからな。国家的危機、いや世界の危機だよ」
例の装置を手に入れて何をするつもりかは不明だが、軍の基地を襲って強奪しようという組織だ。ああいうことをしておいて、世界平和のために活用はないだろうな。
「新たな動きを警戒する……はいいんだけど、問題はもう入り込まれている場合だよな?」
「学校か?」
「魔術師や潜入のプロの工作員であれば、一度引っかかったからと諦めるものでもない。トラップがあるなら、それを回避して潜入することもあり得る」
「対策はできるもんな」
成功するまでトライアンドエラーの精神。とはいえ、あまりに失敗を重ね、それが発覚すればこちらの警戒網が厳しくなるから、敵もできるだけ失敗はしないよう気をつけてはいるだろう。
「あとは、情報局員が監視する前に、すでに教師になって入り込まれている可能性」
魔法や魔法具で変身して潜入というのもある。先の侵入失敗でより手の込んだことをしてくるのではないか。
「まあ、なくはないが……早過ぎないか? 不審者騒動から」
ベルさんが首をかしげる。そうではあるが。
「学校でテロやら誘拐をやろうって言うなら、潜入先で手引きする奴がいればより成功率が上がる。連中がプロの集団であるなら、協力者を仕込ませるだろう」
というか、これを敵拠点への潜入任務に置き換えれば、俺なら、シェイプシフター諜報員に潜入させるね。俺がそうするのであれば、敵だってそうする。相手を軍事に通じた武装集団であると仮定した上で、だが。
場当たり的、金銭目的なら、学校を襲うよりもっと手軽なところを狙えばいいのだ。敢えて学校を狙うのは、テロリストか、そうすることでしか得られない何かがある連中だ。
ブァイナ金属の秘密。それを知る俺という存在。その子供たちが通う学校。……うん、実にそれらしい襲撃理由だ。
「プライバシーを無視するなら、教師や学校に働く用務員やらにシェイプシフターを送って見張らせればいい。もしそこに敵が乗り込んでくれば、即動けるからな」
だけど――
「今は平時で、敵国をスパイするのとは違うからな。家の外を見張るくらいはできるが、中に入って直接というのは、プライバシー保護の観点からよろしくない」
「面倒だな。昔は貴族が命じれば、それで済んでいたのに」
「近代化の代償だな。昨今、個人のプライバシーが見直されている時代だからね」
自分だって嫌なことは、人にはやってはいけません。
「まあ、犯罪者やテロリストは、そんなもの無視してくるんだけどね」
片や法を破り、片や法を遵守する。公平ではないな、本当に。
「用務員で思ったけどよ」
ベルさんは言った。
「学校に外部から入るのに不自然じゃない奴があったぞ。出入りしている業者だ」
「なるほど」
業者のトラックとかに、兵隊乗せて堂々と学校の敷地に入る手もあるな。すみやかに目的の子を確保したら、それに乗って撤収。普通の学校であれば、それで白昼堂々と誘拐もやれそうだ。
「業者も込みだと、監視対象が一気に増えるな」
しかも学校襲撃は、最悪の場合の予想であって、確定事項ではない。いつ、どこで、なんて予告してくれるわけでもないし、例によって考えすぎ。誰も学校襲撃なんて考えていないなんて可能性すらあるのだ。
ないものに備えるというのも大変だ。しかし何かあった時のために対処できるようにしておかないといけない。その何かあった時の標的が、うちの子たちの可能性が高いとなれば親として保護者として、やれることはやっておかないとね。
俺は、データパッドを操作する。画面にアポリト・ソフォス学校の立体映像を呼び出す。ベルさんが覗き込む。
「何を思いついた?」
「生徒に被害がでないようにするための仕掛けをしようと思ってね」
校舎に入ってすぐ教室というわけではなく、廊下を通ったり、階段で上の階に上がったりする必要がある。
つまり、生徒に危害をもたらすためには、どうあっても移動時間ができるわけだ。
「個人のプライバシーのために行き過ぎた監視ができないのであれば、仕掛けられた時の備えを重視しよう」
「ま、監視はシーパング情報局がやっているんだろう? 案外、そっちで引っかかるかもしれねえ」
「そういうこと」
役割分担。というか、俺の場合は保険だな。
「校舎に仕掛けをするとして、……問題は生徒が校庭に出て授業をしている時かな」
グラウンド、体育館に部外者が近づいてきた時。
「本来近づくはずがない者がきた時点でどうにか防御できればいいんだが」
出入りの業者だって、体育や部活中に校庭に入ることはないはずだから、そこで備えるしかない。
「まあ、取り越し苦労で終わればいいんだがな」
「お前さんは、身内が絡むと途端に心配性になるからな」
皮肉るベルさんである。無策で済ませられる立場ではないんだよ、俺の場合はね。
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