第1950話、情報局の報告
サウス・カラビナス基地が襲撃された。
『犯人グループは、地下の貯蔵庫を転移で運び出した』
シーパング同盟情報局、グレーニャ・ハルは、どこか楽しそうにそう言った。俺は思わず聞き返した。
「貯蔵庫を?」
『扉はブァイナ金属製、というよりあの貯蔵庫自体がブァイナ金属のボックスで出来ている。おそらく破壊できないとふんで、箱ごと持ち出したんでしょう』
コーヒーを容れて、彼女はそれを口にする。モニター越しにその様子を見ていた俺は、単刀直入に聞いた。
「襲撃者たちの目的は、やはりアレか?」
『それしか考えられないでしょう』
大人姿のグレーニャ・ハルは艶やか美女である。子供の姿が異様に長かったせいでバグりそうだが、この吸血鬼美女も相当なお年である。
『そもそも、あの基地の存在価値がアレ絡みしかないのだわ』
地下世界にあって、他の都市より離れた場所にある謎基地。ひとたび違和感を抱けば、何故あんな場所に基地があるのかと、誰もが関心を持つだろう。
……もっとも、そこから先の真実に行き当たることができるのは、ほとんどいないと思うがね。
人間、関心は持っても、そこからじっくり腰を据えて調べようとする人間は、よほどの暇人か、一度気になったことは調べないと眠れないというタイプの人間に限られる。世間一般の人間は、時間に追われ、ちょっと調べてわからなければ忘れてしまうのである。
一応、プロモ渓谷基地の演習用補助と前哨警戒基地、ということには表向きなっているのだが、その本当の存在理由は、十年前の戦争――地底シェイプシフターを制御する装置、それに関する事にあると言ってよい。
これはトップシークレットであり、同盟軍の中でも一部の者しか知らず、同盟の政治家、議会代表もやはり限られた者しか知らない。
その存在を利用して、邪な考えを持つ者が現れないよう、地底シェイプシフターの制御装置は厳重に秘匿されてきた。
現地の青エルフ・クローンたちでさえ、重要機密、国家をひっくり返すほどの兵器としか告げられておらず、制御装置であることは伝えられていない。……まあ、推測している者はいるかもしれないが。
「そして今回、中のアレを手に入れようとした者が現れたわけだ」
『どこから情報が漏れたかは、調査中』
グレーニャ・ハルは伸ばした髪を払う仕草をとった。いちいち女をアピールしてきているようで、ちょっと気になる。溜まっているのだろうか。
『アレのことを知っている者の誰かが直接漏らしたとは思いたくないけれど、その周辺も調査範囲を広げているわ』
「俺のところを探しても、メモの一つも出てこないぜ?」
当然、俺も捜査対象だな。事実を知っているのだから。
『まあ、私や先生ではないのは確かだわ』
横顔を向けて、流し目を送ってくるグレーニャ・ハル。なに、その謎ポーズ。
『本当のことを知っている人間なら、カラビナス基地を襲撃したりしない』
まあ、そうなんだけどね。何せ、あの基地にシェイプシフター制御装置があるって情報自体、ダミーだから。
これは秘密を知っている一部の者たちの中のさらに限られた面々しか知らない事実だ。真実を知る者は、カラビナス基地がダミーと知っているから、あの基地を襲わないのである。
それでも襲うとすれば、狙いはシェイプシフター制御装置ではなく、ただ辺境で、厳重な基地に何かあると考え『中身がわからないが、とりあえず重要そうだから襲った』というところか。
『そもそも先生だったら、基地の青エルフたちにも気づかれずに、持ち出せたでしょう。基地を強襲なんてスマートではないのだわ』
「俺を過剰に評価していないか?」
人に任せたらあんなもんかもしれないぜ? いや、さすがにもう少しバレないようにやるか。
「で、犯人グループの正体はわかったのかい?」
『それも調べているところ。襲撃者の死体をいくつか回収したのだけれど、東方のアンスー人、大陸東部のセイスシルワ人、ゴーラト人、ニーヴ人、中央の大帝国人もいたわね』
雑多な人種で構成されているようだ。
『あと人種不明だけれど、こういうのを持っていた……』
グレーニャ・ハルが少し屈んで、机の上に置いた携帯型データパッドを操作した。画面に表示されたのは、オレンジ色の紋章。……魔法文明を連想させるそれは。
「神聖・魔法国か……?」
十年前の戦争の少し前、怪獣騒動があって、その裏で活動していたナチャーロ魔法文明の子孫たち、魔法第一主義者たちが立ち上げた国、組織。
怪獣を用いた地上破壊を目論んだ連中は滅び、現実を受け入れた者たちは他人から奪うのではなく、自分たちで一から国を立ち上げようと未開地へ旅立った。
……そのはずだったが。
「神聖・魔法国が、何らかの目的のために、アレを手に入れようと動いた?」
うーん、自分で言っていて違和感。武力で奪おうとするのは諦めた連中が、シェイプシフター制御装置を求める? 俺たちと対峙して矛を収めたは渋々で、逆襲の機会を待っていた? いや、今同盟軍が特別弱っている事態は起きていないから、チャンスを待っていたはなさそうだ。
再び立ち上がるのに10年も動かなかった? それとも10年経ったから、自力建国に挫けて再び乗っ取り策に出てきたとか? ……どうもしっくりこないな。
『私は、これをダミーだと思っているの』
グレーニャ・ハルは、神聖・魔法国のエンブレムを睨むような目になった。しかし口元は皮肉げに歪んでいる。
『今回の襲撃者は、相当な訓練を積んだプロの戦闘集団だった。一部魔法を使う者はいたけれど、全員が魔術師という風ではなかったそうよ』
神聖・魔法国は魔法第一主義。自分たちの武器は魔法であるという自負がある。だからそれ以外の武器に頼るのは、らしくない。
『それに特殊な襲撃作戦に出る場合、こういう身元の手がかりになるようなものは所持しない』
「それだ。違和感の正体がわかったよ」
どこの手の者かバレれば奪回、報復部隊が差し向けられる。同盟軍と即日開戦にでもしない限り、事を極力荒立たせないように振る舞うものなのだ。
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