爪011 配布される空き箱
発表会の余韻も過ぎ去って数日。
私達特異科各々にも学徒指令が回されたり、普段通りの理学講義が再開され、そんな日々にも慣れた頃。
次の大きな行事である修学旅行をいよいよ五日後に控えた昼過ぎのことである。
「ええ! 水専攻三年の修学旅行先は干満街クモノスに決定したわ!」
「マジかよ」
ルウナはそんな重大発表を私に教えてくれたのだった。
「正確には三年だけでなく五年もなんだけどね。珍しくクモノスが修学旅行生を受け入れてくれるということで、私達も驚いたの。普段はもう少し近い場所になることが多いから……はいボウマさん、葡萄味!」
「うぇいっ」
「うふふ」
特に話の内容に興味のないボウマが、ルウナの投げる紫色の飴に食らいついた。
完全に犬とかそこらへんの動物扱いであるが、ルウナに対してボウマは不思議なほど怒らない。
「ここもそうだけど、最近の属性科って闘技演習に熱が入ってるでしょ? 水と火が競い合って、お互い切磋琢磨してるっていうか」
「う、うん? そういう感じなんだ。もっとお互い嫌い合ってるのかと思ってたけど」
「そんなことないと思うけどな。鉄の人たちじゃないんだから。あ、ごめんなさい。ロッカさんは鉄属性だけど違うわよ?」
いや別に勘違いしないけどさ。ナタリー達のことでしょ。
……うーん、ルウナの見解はともかく、今の火と水って仲が悪そうに見えるけどな。試合を観戦してる今もこう……観覧席の左右で火属性専攻と水属性専攻とであからさまに別れてるし。私とボウマは中間に居座ってるけど、ルウナがここに来てるのも若干浮ついてる感があるぞ。多分。
「そういえば今日は他の特異科の人たちは? いないの?」
「クラインとか皆は別のとこにいるよ。どこだったっけ……場所はごめん、ど忘れしたけど」
「あたしたちだけ暇人だじぇ。あいつら薄情だじぇ」
「ソーニャも階段上がるの面倒で来なかったもんな」
「あらら」
私とボウマは第二棟の闘技演習場で属性科の平和な派閥争いをぼーっと観戦していたのだが、そんな時に話しかけてきたのがこのルウナであった。
観覧席では他に取り巻きっぽい水専攻の友達も近くに座っていたのに、私達を見つけた途端にぱたぱたとやってきたのである。多分、水専攻で私達と関わりたいと思う人って他にいないんだろうな。特異科は属性科の人らに避けられがちだ。
「でさルウナ。水専攻三年も来るってことは、もしかしてあれかな。ミスイも来るのかな」
「もちろん。たまに学園に残る人もいるけど……ススガレ家のご令嬢だもの。家からも来るように催促はされてるはずだわ」
「そりゃそうか。うーん、やっぱり来るのか……ミスイ……」
「干満街クモノスといえば実戦派の旧貴族! 今回の旅行で、私達水専攻は更に闘うための力を身につけるわ! それに、向こうの魔道士はほとんどがミネオマルタよりもミトポワナ寄りだから、交流を深める良い機会でもある。楽しみよね!」
「あーうん、楽しみ……交流とかそこらへんはどうだろ。闘い? とかは結構楽しみだな。魔術の強い人に教えてもらえるかもしれないし」
ルウナはクモノスへの旅行を楽しみにしているようだ。私も結構楽しみにしているけど……向こうに行ってみないとわからないことだらけだ。
そもそも私ほとんど旅行なんてしたことないし。どういう風に楽しんだらいいのかいまいちわからないんだよな。ミネオマルタでもやるような買い食いくらいしか思い浮かばねえ。
「五日後には出発だし、ロッカさんやボウマさんも身支度はしておかないとね。長旅になるんだから、今からでも荷物を厳選しなくちゃ」
「荷物を厳選? リュックに着替えとかじゃなくて?」
「あら、知らなかった? 一人につきね、このくらいの……ポリ箱に収まる程度の、あまり重くない私物だったら荷物として持っていけるのよ」
「それまだマコ先生から言われてないかも」
ルウナが腕でこのくらいと示したサイズは、発破用炸薬木箱一つ分くらいだろうか。
重いと駄目ってことは、金物は良くないってことだろう。服とか着替えだったらシワに気をつければ幾つも入りそうだな。
「枕が変わると寝付けないから枕を持っていくじゃない? それとシーツも。あ、馬車用のクッションもいるかな。もしかしたら向こうでススガレ家にお呼ばれするかもしれないし、夜会用の服や靴も準備しておかないと」
「おいおい、ルウナどんだけ持っていくんだよ。布モノだってそこまで持っていけるとは思わないんだけど」
「……まぁ、規定の量を越えちゃうようだったら先に運搬ギルドで運んでもらうのが無難でしょうね! 絢華団じゃなくて黒猫だったら少し早く届けてくれるし、受け渡しも向こうでできるから便利よ? 二千YENもあれば足りるかな……?」
荷物を運ぶだけで二千YENも浪費するのはさすがにちょっと無理だわ。
……やっぱりルウナってお金持ちなんだよなぁ。どうも感覚がこっちとは違う。
水の国では平凡な紺色の髪の艶も、こうして眺めてると高級そうに見えてくるから不思議だ。
「ルウナ、飴溶けた! 口の中のやつ! 次くりぇ次!」
「あらいけないっ。はいっ、リンゴ味!」
「うぇいきたっ! あむっ」
「だから犬かっての」
ボウマが飴を口で捕まえたのと、壇上で魔道士の一人が水塊に押し潰されたのは同時であった。
翌日。
特異科の講義室に赴いた私は、さっそく皆に水専攻の一部も来ることを伝えた。
「ああ、僕も昨日聞いたよ。三年と五年がくるって話だよね? 特異科だけじゃないなんて太っ腹だよな」
「知ってたのかよぉ。皆驚くと思ったのに」
「偶然、噂で聞いただけだよ」
『ふむ。であるならば、行きはなかなか賑やかになりそうだな? 水専攻の三年と五年といっても、結構な人数がいるだろう』
「馬車が一つじゃ足りないわね。当然だけど」
そっか、水専攻だけでも相当な人数になるもんな……詳しくはマコ導師から教えてもらうしかないだろうけど、陸路で行くならまず隊商みたいになりそうだ。
「ねぇねぇ、みんな何持っていくか決めたぁ? あたし、メシとかお菓子とか持ってった方が良い?」
「食事は立ち寄った宿場町で摂るに決まっているだろう。オレ達が用意するものでもない。嗜好品ならば好きにすれば良いだろうがな」
『待て。もしかして俺は長時間、マコ先生と一緒の馬車で時間を過ごすのか?』
「ライカン、気持ち悪いから黙っててちょうだい。あと立ち上がらないで」
『何を話せば良いのだ……』
「あ、座った。偉い」
「まー僕もライカンじゃないけど、馬車の中で何をするかは決めといた方が良いと思うね。相当暇になるよー……間違いなく。冗談抜きで、馬車用の寝具を持っていくのも有りかもしれない」
馬車の中用の寝具って……そりゃ大事だな……寮の中の毛布でも持っていくか? そこまでするのもどうなんだ……。
「……そんなことよりも。どうして君たちはいつもオレの机の周囲に集まるのか。読書に集中できないのだが?」
「うっせぇネクライン。あたしはロッカの近くに来てるだけだじぇ」
クラインが機嫌悪そうに目を細め、ボウマがいつものようにクラインを小馬鹿にする。それを見てヒューゴが苦笑し、ライカンがやれやれとボウマを引っ剥がし、ソーニャがため息をつく。
こうして講義室いつものやり取りをするのも、四日後からはしばらくお預けになるわけか。
干満街クモノス……長旅……初めてのことばっかりで不安だけど、楽しみでもある。
「皆さん、遅れてすみませーん!」
『マコ先生! おはようございます!』
そうこうしている間に、マコ導師が講義室にやってきた。
手元にはぼんやりとした白色の、ポリノキ製と思しき大きめの箱をいくつも掴んでいる。
「おはようございまーす! 修学旅行で積荷に預ける皆さんのポリ箱、もらってきましたよー! 手荷物以外に持っていく物がある方は、こちらの箱に入れて預けるようにしてくださいねー! 忘れちゃ駄目ですよー?」
「うーん、やっぱり小さいわねぇ……服全部入るかしら……?」
「いやー、でかくにぇ?」
特異科のクラスメイトが箱のサイズに各々の反応を示す。
私としてはまぁ、やっぱり想像していた通り、発破用炸薬木箱一つ分だなって感じである。
まあこんなもんだろう。




