爪010 狙い撃つクレー
修学旅行は、学徒たちをミネオマルタではない外部の街へと送り出し、現地の魔道士機関に預け実地経験を積む……というものだ。
平たく言えばよその街に飛ばされて魔道士の駆け出しの仕事をやらされるようなものらしい。
もちろん送り出される街によって魔道士の事情は違うので、内容は一概には語れない。
例えば近場の噴水街サナドルであれば、麓で街道警備に勤しみ、ちょっとした魔獣討伐をすることもあるとか。
水路街エクトリアでは定期船に乗せられて海上警備見習いをさせられたりするそうだ。
まあ、その土地によって仕事は変わるって話だよな。
「“スティ・ラギロ・アブローム”」
屋外演習場の石畳の上に灰色の石柱が生み出される。
他の人にとっては全くそうでもないらしいんだけど、私の中では基本の技、石柱生成のアブロームだ。
学園内のほとんどの講義も終わり、陽は大きく傾いている。講義を終えた学徒達が続々と寮に帰る今は、外で岩を砕くには丁度良い時間だ。
「オラッ」
アンドルギンで石柱を中程から打ち砕きながら考える。
考えるといっても大したことではない。私達特異科の修学旅行先、干満街クモノスについてだ。
あの後クラインやヒューゴから話を聞いたところ、私達もクモノスではそれなりに仕事をすることになるのだそうだ。
故郷に詳しいクラインが言うには、時々近隣の街であるミトポワナから理総校の学徒が修学旅行に来ることはあったらしい。それと同じ流れで私達も滞在するとなると、クモノスである魔道士の仕事はほとんど哨戒や討伐になるのだとか。
「討伐ねえ……詳しくないからわかんねーや」
真ん中から折れた石柱に更にツルハシを突き立て、細かく砕いてゆく。狙いは拳大の均一な石ころ。アンドルギンを振り下ろすだけで作るには難しいけど、扱いやすいサイズに整えるのは大切だ。
スラに運び込むにも効率ってもんがあるし、選別する人の手間だってある。この作業勘ばかりは衰えさせちゃいけないもんだ。……いざとなれば、この拳大の石を武器に闘うことだってあるだろうしね。
「ほっ」
ブーツの甲に石を乗せ、跳ね上げ、手に掴み取る。
「ほいっ」
それを屋外演習場の向こう側へ、遠く高く放り投げる。拳ほどの石は大きなアーチを描き、遠くになるにつれ豆粒のように小さくなる。
石がアーチの頂点に達した時、私はもう一度足元から石を跳ね上げ、手に取った。それを素早く振りかぶり……。
「オラァッ」
さっき投げた石が落ちてくるであろう場所に向かって、まっすぐ投げた。
空中で二つの石が激しくぶつかり合い、派手に砕ける音がした。
……うん、意外と当たるもんだなこれ。
「さりげなく凄いことをしているね、ロッカ」
「お? おーなんだよ、イズヴェルじゃんか」
私の後ろには、いつの間にかイズヴェルが立っていた。
「大会でもその強化による投擲を見たよ。正確に投げるよね。空に浮かぶ嵐鳥が相手でも上手くやれそうな技術だ」
「褒めてんの? まぁ褒めてんのかなアンタの場合だと。……まぁね。大会は終わったけど、なんかうちの学園って身体強化しちゃ駄目な闘技演習しかないじゃん。それがちょっと、味気なくてさ」
「気術による身体強化は禁止されているからね。僕にはわからない感覚だけど、上手にできる人にとってはやっぱり不満があるのかな」
「そりゃあるさ、不満。……この前ナタリーと戦ってそれで負けたし」
結果は試合開始と同時に私がうっかり身体強化したせいで一瞬で反則負け。
……観客からは失笑されるわ、ナタリーは本気でキレるわ、いやもう本当に大変だったな、あれは。
けどやっぱ、身体強化がないと私は上手く闘えないんだよな。石を投げるのだって、強化なしじゃ何十メートル飛ぶかわかったもんじゃない。
「それよりイズヴェルはどうしたんだよ、こんなとこで」
「……うん。僕はちょっとね。……いや、ロッカを相手に隠し事は良くないことだ。ごめん」
「んな気にしないけどよ。言いたくなけりゃ別に良いし」
「いや言わせてくれ。……最近、属性科で火属性と水属性の間で対立が起きていることは知っているかい?」
あー、最近聞いたなそんな話。火属性と水属性どっちが強いのかって論争してるんだろ?
特異科にとっては全く関わりのない話だけど、ヒューゴは衝突の成り行きを面白そうに喋っていたな。
「本来、この学園では水属性の派閥が代々最大規模だったらしいんだけど……」
「へえ、そうだったんだ。水の国だからかな」
「さあどうだろう。……でも最近のマルタ杯の戦績では、上位に入賞できた学徒はほとんど火属性ばかり。水属性使いは少数で、あまり良い結果を残せなかった。そんなこともあって、僕のいる火専攻でも……少し、騒動に加担する人たちが増えてきててね」
「喧嘩に巻き込まれてるわけか」
「僕はそういった喧嘩に興味はないんだ。……ないんだけど、周りはこの争いに加勢してほしいとうるさいんだ」
「あー」
そいつは面倒くさいな。
イズヴェルの表情も苦々しそうだ。
「僕は、他の専攻と対立することは無意味だと主張したんだ。けどそう言ったら、クラスの人は皆弱腰だって。だから試合でも負けたんだって」
「酷ぇ言いようだな……誰だよそれ言ったの。一発殴ってくるか?」
「やめてよ。そういう争いが嫌いなんだ」
「そうか」
喧嘩に加勢しなかったら敵扱い。なんとも偉そうな奴らじゃないか。
火属性の嫌な奴ってあまり印象に残ってないけど、いることにはいるんだな。
「だから……最近は講義室でも、少し息苦しい。でもこうして人気のないところに来ても、何も解決はしないから……僕は駄目だな。逃げてばかりだ」
「子供がそんな無駄に責任感持つんじゃねえよ」
「……子供って。僕は一応、三年のAクラスだし」
「成人前の背の低い子供だろって話だよ。ほれ」
私は足元の石を再び跳ね上げ、それをイズヴェルに渡した。
「……何かなこれは」
「投げてみろよ。遠くに思いっきりな。スカッとするぞ」
「……杖を預かっててもらえるかな」
「おう。……結構重いなこれ」
ロッドを私に預けて手ぶらになったイズヴェルは、手の中におずおずと石を丸め込み、必要かどうかわからない不器用な助走をつけて、投げ放った。
良くも悪くもない、普通の投石。石は十メートルくらい先の石畳の上に落ちて砕け、飛び散ったようだ。
「どうだ、スカッとするだろ?」
「……うーん、よくわからない」
「そういうもんか」
「でもありがとう、ロッカ。僕のことを元気づけようとしてくれたんだろう」
「おう」
私は特異科という少人数のクラスにいるからクラス内での人間関係の複雑さは、まだちょっとよくわからない。
でも嫌なことがあったらそれを溜め込み過ぎてちゃ駄目だっていうのは、よくわかる。
「そうだ、イズヴェルも修学旅行先とか決まった? そういうとこに行けば少しは気も晴れるだろ。闘技演習もないしさ」
「うん。今のところ僕はそれを楽しみにしているよ。場所はエクトリア。船で海中から襲い来る水棲魔獣と闘うのは良い経験になると思ってるんだ」
「おー、エクトリアか。近場でよかったじゃん。うちはクモノスだよ」
「えっ。クモノス?」
イズヴェルが赤い目を丸くさせた。
「ミスイの故郷じゃないか……それに随分と遠い。あ、クライン=ユノボイドの故郷でもあったね」
「うん、多分それ繋がりで特異科の行き先が決まったんだと思うよ。私は結構楽しみにしてる。けどソーニャ……私の友達なんて、あまりに遠すぎるもんだから今から嫌そうにしてるけどね」
「ははは。確かに遠そうだね。……でも、向こうには身体強化を使っても良い演習場がいくつもあるはず。きっとロッカなら楽しめるんじゃないかな」
「へー、マジかよ」
「ミスイから聞いた話だけどね」
そうか、魔道士の集まる場所っていうからには演習場もあるんだよな。
身体強化を使っても良い魔術戦……畜生、ナタリーも一緒だったら良かったのにな。ナタリーもいたなら闘いの決着が付けられたのに。
「……僕はエクトリアだけど、ミスイはどこに行くんだろう。水専攻とはいつも行き先が違うから、今回も一緒じゃないんだろうか……」
「イズヴェルはミスイと一緒のが良いの?」
「もちろん。僕の……とても大切な友達だから」
冷徹のミスイ。激昂のイズヴェル。
水専攻と火専攻の中でも特別強い二人は、何かと比べられることが多い。
けどその実二人は仲がいい……というか波長が合うらしく、一緒にいることが多い。二つ名の違いとは裏腹に、不器用そうなところが似た姉弟のような関係なんだよな。
「……うーん、そうか……けどもしかしたら、ミスイも特異科と同じでクモノスに来るのかもしれないね」
「え?」
「だってそうだろう? ミスイだってススガレ家のご令嬢なんだ。ユノボイド家と同じように、学徒を招致することだってありえなくはないだろう?」
確かにミスイも同じ旧貴族だった。……だとするとミスイも来るのか?
……内心ちょっと嫌だなぁと思ってしまったけど、口に出してはいないからセーフだろ。
「……どうしてミスイが行くかもって聞いて、ちょっと嫌な顔をしているの? ロッカ……」
顔に出ていたか。
仕方ないだろ。ミスイとは仲直りっぽいことはしたけど、好きな奴ってわけではないんだからさ。
むしろ私にとっては、アンタみたいな良い子がなんだってあの冷徹女と一緒にいるのかがよくわからんね。
……ミスイかぁ。水専攻の人も一部来るかもってこと?
うーん……やっぱりなんか嫌だなぁ……。




