爪009 代弁する大山椒魚
「干満街クモノスは大戦時における魔族軍迎撃の要として成立した要塞都市だ。今ではその産業の中心を海産等に移してはいるが、実戦派の魔道士を養成する気風は色濃く受け継がれている。……と、観光客向けのガイドブックを読めばそのような文言が書き連なっていることだろう。私としても、それを訂正するつもりはない。修学旅行として訪れる分には最適な街と言える」
ザイキは大きな腹をポンと叩いた。
「とはいえ、ここからは距離がある。理総校よりも遠く、大橋を幾つも渡らねばならん。それ故にこの学園から修学旅行に選ばれることはほとんどなかったそうだが……今回は例外となった。特異科所属の君達には干満街クモノスへと足を運んでもらおう」
「何故だ?」
クラインが簡潔にそれだけを訊ねた。
「ふむ。理由は二つある。まず、この決定は国の意向だ。理由までは私も知らないが、そちらが気にすることでもあるまい」
「……誰の横やりだ。まさか……いや……」
「むしろ、理由のもう一つが最も大きいと言えるだろう」
「もう一つ?」
「干満街クモノスの代官……ラウド=ユノボイドから直々の誘致を受けたのだよ。“干満街クモノスへの修学旅行を歓迎し、支援させてもらう”とな」
「……父様か」
クラインがだらりと力を抜き、猫背が酷くなった。
なるほど、クラインのお父さんか。……クラインもいるし、せっかくだし帰郷させてやろうってことなんだろうか。
『クラインの故郷かぁ。普段いけない場所っていうのは、良いな!』
「僕も結構楽しみだな。……クラインはそうでもなさそうだけど」
「当然だ。何故わざわざここまで出てきたオレが故郷に帰って勉学に励まなければならない」
まぁ気持ちはわからなくはないけどな。
「でも良いじゃんクライン。私クラインの故郷とか結構気になるし。魚料理はそんなに好きじゃないけど」
「……そう悪い場所ではないが。あそこは理学研究の第一線というわけではない。ミトポワナならばまだわかったものだが……」
いや私は研究やってるかどうとかはあんま興味ないんだわ。
景色とか料理とか教えてくれよ。
「なぁなぁクライン。クラインの父親ってさぁー、クラインと顔とか似てんのかぁ?」
「知らん」
「うわぁー私遠いのちょっと嫌なんだけどなぁ……長旅大変そう……」
どうもソーニャは長旅のしんどさを心配しているようだ。
……道はどうなるんだろう。船……だよな? 多分。わからないけど。いやミトポワナの方ってことは陸路? ……それは大変そうだ。
「気になっているようだから予め答えておこうか。距離としては船でもいいのだが、残念ながらクモノスは水国本土の反対側にある。半周するには少々面倒な場所に位置しているのだ。その上エクトリアからクモノスへの船も少ない。水棲魔族も馬鹿にならん程度には多いせいもあるだろう。またギア・ピスクの発着場もない。よって、まあ、陸路となる」
「腰とかお尻が死んじゃうわ! ……あの私、居残りしたいんですけど! 今年もサナドルかエクトリアで良いんですけど!」
「安心したまえ。諸君らの旅費はクモノス、ひいてはユノボイドが捻出してくださるそうだ。学徒の本分を果たすため、気兼ねなく本場で学んでくるといい」
「やだぁー!」
あ、ソーニャが机に沈んだ。そんなに長距離の旅が嫌いかよ。
悪いもんじゃないと思うけどな。トロッコに乗るより揺れも酷くないだろうし。私もエクトリアからミネオマルタに来るまでの道は結構酷い馬車に乗ってたんだろうけど、ちょっと身体が凝る程度で済んだし。
「お、遅れてごめんなさいー! 会議で色々とあって……あ、あら!?」
なんて賑やかにやっている間に、マコ導師が講義室に飛び込んできた。
教壇に立つザイキを見て目を丸くしているけど、まあもう大体聞いちゃったからな。
「以上が修学旅行の説明となる。補足事項があれば担任のマコ=セドミスト導師に訊ねると良い。……では、諸君らの本分が遠方の土地でも十全に果たされることを祈っておこう」
それだけ言い残して、ザイキはペタペタと足音を鳴らして去っていくのだった。
役人魔族、ザイキ。この国に来て何度も話す機会はあったけど、説明が聞き取りやすくて助かる相手だ。頭は良いんだろうけど、鼻につくような言い方はそんなにしないというか、気にならないし。
「……え、えーっと……もう執政官の方から大方の説明は済んでしまったようなので……み、皆さん。何か質問はありますか?」
『はい! マコ先生も干満街クモノスへ来られるのですか!?』
「ええ、もちろんです。引率役として行って来いという話も先程されましたので……」
『なるほど!』
ライカン元気そうだな。その元気をクラインとソーニャにも分けてやってくれないか。
「マコ先生、僕からもいいですか」
「はい、どうぞノムエル君」
「いつもの特異科の修学旅行といえば近場だけだったんですけど……今回がクモノスになったのってやっぱり、クラインがいるからなんですかね?」
「えーと……まぁそうですねえ。ユノボイド君のお父様、ラウド=ユノボイドさんからのお誘いもありましたから……学園側からしても、費用の大半を向こう持ちとしてくれるのであれば、はい……近場よりも都合が良かったのでしょうね……」
あー、学園は金かけたくないわけか。畜生、なんか嫌な感じだな。……いやでも特異科っているだけでお金かかってる学科なわけだから、仕方ないのか? うーん……。
「なるほど、わかりました。……クラインのお父さんはやっぱり、クラインのことが気になってるから特異科ごと誘致したのかな?」
「オレに聞くな。オレだって知らん。まあ……以前帰郷した時には、特異科の君達の話を何度も執拗に探られたりもした……ような気もしなくもないが」
「いや絶対それじゃん。やっぱり父親としては、息子の交友関係が気になってるのかもね」
ヒューゴがハハハと苦笑いしている。
父親が、クラスメイトのことが気になってクラスごと誘致か……すげーな旧貴族。うちの父さんには絶対できない真似だ。
「いや、これ交友関係だけか……?」
「どうしたのヒューゴ」
「いやーなんでもないと思う……多分……」
「なんだそれ」
ともあれ、特異科の修学旅行の行き先は干満街クモノスに決定したのだった。
うーん。さしあたって重要なことは……。
「先生、クモノスって美味しい料理とかってあるんですか」
「料理ですかぁ。でしたら牡蠣が有名だったと思いますよ!」
肉じゃないのか……。




