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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 刻む鉄楔

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爪008 横入りする勅


 発表会は恙無く終了した。

 一部血気盛んな学徒達がどの属性がなんとかで言い争って少しだけ騒ぎになったみたいだけど、特異科の私達にとっては全く関係のないことだ。

 私も一応は鉄属性魔道士ってことになるはずだけど、だからってナタリーに“私も仲間だな”とか言ってもすげー馬鹿にされそうな気がする。

 そんなくだらないことを考えてる私だけど、実際に起きた騒動や諍いも似たようなものなんだろうとはヒューゴの言だ。


「火属性専攻と水属性専攻の対立が激しいみたいでねぇ……すごいやってるんだよ。第二棟の対戦表なんか凄いぜ? 左側が全部水で右側はほとんど火だ。一日の勝利数で白黒つけようって事らしい」


 どうも私の預かり知らぬところで火専攻と水専攻の学徒らが揉めているのだそうだ。

 属性科って本当にいつもギスギスしてる気がするけどやっぱり気のせいじゃないよなこれ。


「最初に仕掛けたのは水専攻の方だ。マルタ杯では水専攻が思った以上に奮わず、火専攻が結果を出したせいだろうね。近頃は水の勢いも弱まっていたところだから、それをひっくり返そうとしたんだろう。水魔道士達が示し合わせたように闘技演習場の対戦者待ち欄に名前を書き込んで、挑発したのさ」


 外はまだまだ明るい。昼を過ぎた辺りだ。

 講義室の窓の外を見やれば、外では屋外用の大型展示物の骨組みを片付けている学徒たちの姿が見える。

 私達特異科は揃いも揃って窓際でぼんやりと景色を眺めていた。


「けどその赤青合戦にさ、旗印になるような魔道士がいないせいか、パッとしなくてね。どことなく盛り上がりに欠けてるみたいなんだよ」

「あたしが盛り上げてやろうかぁ?」

「ボウマ参戦か。面白そうだ。それもありかもしれないね」

「でも強化できないんじゃちょっとつまんにぇ」


 あわやボウマが属性科同士の殴り合いに参入しようとなったところで、彼女自身が思い留まったようだ。ボウマが出るなら見ようかなーと思ったけど、出ないならいいや。


「あーもう、疲れたぁ……」

「ん。ソーニャ、おかえり」

「慣れないことばっかりだと気疲れしちゃうわ……」


 私達が暇そうに外を眺めていると、講義室にソーニャが入ってきた。

 彼女はこの前展示用に作った資料よりも更に量のかさ増しされた書類の束を抱えている。


 ……一応、私もソーニャの作った資料とかも目を通してみたんだけど全然わからなかったんだよな。

 普段喋ってる言葉とぜんぜん違う書き方しててびっくりした。


『大荷物だな。それは持ち帰るのか?』

「ええ、まあね……というか、前に導師さんに査読してもらったんだけど、また昨日改善点を指摘されちゃってさ……今度書き直して再提出しなさいって」

「うわぁ、初等学校思い出すなぁ……」


 少しの間だけ私も麓の初等学校に通ってたけど、そこでも似たような事があった。

 いついつまでに宿題もってこいだの、覚えてこいだの。あまり良い思い出のない場所だ。


「まーでも、感触としては良かったわね。お金もちょっと貰えそうだし」

「えっ、お金?」

「まだ決まってないけどね。学園内の審査で認められたから、研究費がちょっとだけ降りるらしいのよ。ほとんど資料作成の分で消ちゃう額だけど」

「えーっ! ソーニャ導師さんじゃん!」

「いや学徒よ普通に」

「すんげぇー! あたしになんか奢ってよ!」

「むしろこっちにお祝い金を頂戴よ。ほらほら、もらったんでしょ最近。景気よく奢りなさいって」

「もがもが」


 ボウマのほっぺを伸ばしながらソーニャがたかろうとしている。

 非力なソーニャに対してはムキになって力づくで抜け出そうとしない辺り、ボウマもちょっとは加減を覚えているので感心だ。


「しかし意外だったな。僕はソーニャがそこまで勉強熱心だとは思わなかったよ」

『うむ。いつも寝ているのにな』

「最近はあまり寝てないでしょ」

「でもたまに寝てるじぇ」

「いや、だって自習くらいしかできないんだもの。さすがに内容が退屈なのよ、特異科の講義だと。マコ先生も聞けば色々と教えてくれるけど、あの人の本分は実戦分野だし……」


 ソーニャは魔術も結構使えるけど、闘い用じゃないもんな。学者さんらしく覚えているだけの魔術って感じだ。


「……ところでさっきから気になってたんだけどさ。ロッカとボウマが持ってるそれ、何なの?」

「わがんにぇ」

「なんとか水晶ってやつ。魔具科の人がなんかお店出してて売ってたやつ。綺麗だから買ったんだよ」


 これは一見多角形のごく普通の水晶のように見えるけど、太陽の光を当てて透かすように見ると、水晶の中に閉じ込められた魔石?みたいなものが反応して、込められた魔力によってぼんやりと輝くのだそうだ。

 クラインが言うには煌灯のもっと簡単にしたような原理で輝いているらしい。暇なのでさっきからずっと眺めている。


『ソーニャ、肝心のマコ先生はまだ来ないのかな?』

「あー、見てない。まだ会議中じゃないかしら。終わったらここに来ると思うけど」

『そうか……』


 発表会も終わり、その後の短縮講義も終わり、私達はマコ導師を待っている。

 ちょっとした会議の後に連絡事項があるということで、この講義室でぼーっとやっていたのだ。


「暇だじぇ……」

「だなー……」

『マコ先生……』

「自習でもしたら?」


 ヒューゴが後で何か言ってたが、私達は窓の外の景色に夢中だった。

 外で気術科の人たちが他の学科の人の大道具を片付けている。いやー、力持ちだな。私にはできねえよあんなこと。


「なぁロッカぁ。あいつらの何人くらいに勝てる?」

「闘わねえよ」

「五人くらいいるけど誰にも勝てん?」

「負けねえよ」


 そう言われたら引き下がれるかよ。遠目にしてもそんなにガタイの良くない男達だ。それが気術科でそんなに魔術も使わないってんなら負ける気はしねえ。


「うっし、んじゃロッカ、窓からあいつらやっつけちまぇ」

「ボウマが行って来いよ」

「四階はちょっとこうぇー」

「おい君達。読書に集中できないのだが?」

「うっせ死にぇ」


 ずっと部屋の片隅で読書していたクラインからのお叱りを受けたが、ボウマは毅然と対応していた。

 よくやった。私はちょっと最近奢ってもらったばっかで何も言えねえからかわりに言ってやってくれ。


「つーか暇だじぇ! マコちゃんさっさとこぉーい!」

『ボウマ。マコ先生も頑張っているんだ。そういう言い方は良くないぞ』


 なんてことを言ってる間に引き戸がガラガラと開く音がした。


『マコ先生!』

「うむ? それは人違いのようだな」

『……そのようですな』


 講義室に入ってきたのはなんと役人魔族のザイキであった。

 のっぺりした肌色の顔と切れ長の口。ずんぐりむっくりな体型のわりに低い背の丈。どう見てもマコ導師ではない。

 前からちょくちょくここに役人さんが上がり込むことはあったけど、今回はなんなんだ。いい加減驚かなくなったし、要件が知りたいな。


「私はミネオマルタより遣わされた執政官だ。特異科に在籍する学徒は……ふむ、全員いるようだ。数えやすくて助かる」


 ザイキの四本指でも何度も折り返すことのない人数だ。確認は必要ないだろう。


「なんだぁ役人。やんのかぁ」

『仕事かもしれんぞボウマ』

「しごと! くれ! しごと!」

「仕事じゃなくても喧嘩腰は駄目だろ。ほらボウマ、席につけ。座って話を聞こう」


 ヒューゴの誘導もあって、私達はおとなしく席についた。というかそうでもしないとボウマが危なっかしいってのも大きいが。


「ふむ。ひとまず聞く姿勢を整えてもらえたことに礼を述べておこうか。そして申し訳ないが、私は仕事の斡旋に来たわけではない」

「ボカーンかぁ?」

「おいボウマやめろ。役人だって悪いやつばっかりじゃねえだろ」

「うぃ」

「私は行事のついでにここに立ち寄ったに過ぎない。そして、本来今日伝えるべきここの担当導師が中央棟の連中に捕まっているようでな。彼の要望もあり、先んじてここに伝えに来たのだ。ああ、こちらの連絡事項を受け取った後は帰宅して構わないそうだ」


 マコ導師の伝言みたいなものか。あの人も忙しいんだなぁやっぱり。それじゃあ仕方ない。


「……それは本当に執政官の仕事か? オレが中央棟に確認しにいこうか」

「無用だ。光属性術の二人目、クライン=ユノボイド。なに、そう難しい話ではない。そちらでも気になっている事項を先に伝えるまでのことだ。……十二月に行われる修学旅行について。特異科の行き先が決定した」

『むっ、修学旅行』

「またサナドルかな?」


 私は修学旅行と聞いて内心すごいワクワクしたんだけど、ヒューゴの反応はあまり芳しくない。ボウマもはしゃぐものかと思えば、むしろ退屈というか、面倒くさそうに机に頬をべったりくっつけている。

 そんなにサナドル行きたくないのか。私は行ったこと無いから良いと思ってるんだけど。……まあ、前にソーニャから聞いた話じゃサナドルかエクトリアのどっちかってことだから、あまり代わり映えしない場所なんだろう。


「今年のマルタ杯ではサナドル家からの援助が多く入ったからな。大方、そちらのご機嫌伺いのためにサナドルへ行かされるのだろう。旧貴族の都合というやつだ。くだらん」

「おいおいクライン、そう言ってやるなよ。実際サナドルからの物資や馬車の援助は助かってたんだ。国の理学機関がここで恩返しをするのは当然だぜ」


 クラインやヒューゴも色々言いたげだ。……なんでそんなにサナドルを悪く言うんだよ。

 噴水街だぞ? ルウナの故郷だろ? 本当に私結構行きたいんだぞ。やめろよなそういうの。


「ああ、盛り上がっているところすまないが、行き先はサナドルでもエクトリアでもない」


 ザイキの言葉にクラインが顔を上げた。

 サナドルでもエクトリアでもない? ってことはどこだ。水国内への旅行なんだろうけど、私は他の街なんてろくに知らないんだけど。


「特異科の修学旅行先は、“干満街クモノス”に決定した。……この首都からは少々距離はあるが、実戦派魔道士の聖地だ。そう悪い場所ではあるまい?」


 クモノス。その街について私はほとんど知らないけど、ほんの少しだけ知っていることがある。


「……嘘だろう。どういうことだ……?」


 その場所は私の覚え違いでなければ確か、クラインの故郷だってことだ。


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