爪007 稼働する窯
道中、ぽつぽつと小雨が降りかけたりなんかしたけど、すぐに止んだ。
ミネオマルタにいると少し雨が降ったくらいじゃ動じなくなるから不思議だ。通りを見ても誰も小走りになろうともしていない。
「ここでいいか」
「良いんじゃない? クラインの奢りだし、店はそっちで決めてよ」
私達が入ったのは少し奥まった路地にある飲食店で、店の中心に大きな半球状の窯に柱のような煙突が聳え立つ、一風変わったお店だった。
店の中心に調理場があり、客席は窯を囲むように外側に配置されている。窯の周囲には料理人さんたちが慌ただしく行き交い、ピザを引っ張り出したり肉塊を回したりと大忙しだ。
うん。肉の焼ける良い匂いがする。
「良いな、こういうとこ」
「オレも初めて来る店だ。ヒューゴに教えてもらった」
「へえ、ヒューゴが」
「店の作りは火の国にある大衆食堂を真似ているそうだ。メニューの一部も向こうの土地を意識しているらしい」
私達は窓際(といってもだいたいは窓際なんだけど)の席について、メニューを眺めた。
何度も値段が修正されたらしい一枚の紙には結構な量のメニューが書かれている。油染みで汚れた紙の隅っこには、赤ビールと書かれていた。……うん、ちょっと飲みたくなったけど我慢しよう。今日は水かお茶だ。
「クライン、好きなもの頼んで良いんだな?」
「ああ」
「言ったな? 二言はないな?」
「しつこいな……君が食べ切れるのであれば好きに注文すればいい」
「良し! じゃあもう決めたわ」
「早いな」
せっかくクラインが労ってくれるっていうんだから、ケチケチしたのはなしだ。
でも一番高いメニューが美味しそうに見えるってわけでもないので、結局無難なメニューに落ち着いてしまう。まぁ嫌々な気分でいまいちな物を食べるよりはずっと良いだろう。
私は窯焼きの鴨肉を頼み、クラインは案の定サラダを注文した。ついでにポテトグラタンも注文していたので、まぁ多分それなら腹は満たされるんだろう。
焼き上がるまでには少しだけ時間がかかる。
「ねえ。クラインは魚とか食べないの?」
「……食えなくはないが。好んで食うものでもない」
「じゃあ貝とかは」
「故郷では時々……だが、ほぼ食うことはないな」
こいつここまで好き嫌い多くてよく餓死せずに来れたな。
「オレはどうだっていいだろう。君こそもっと野菜類を口に入れるべきだ」
「いや、私は野菜嫌いなわけじゃないから。たまには食うよもちろん」
「……」
「そのちょっと驚いたような顔やめろよ。ムカついた。野菜の窯焼き頼んじまうからなもう」
「……好きにすればいい」
そんな馬鹿話をしている間に私達の料理がきた。
窯でじっくりこんがりやいた鴨肉は脂が乗ってて美味そうだ。
クラインのポテトグラタンは……具がもっと欲しいな。人の食う物を悪く言うのってちょっと失礼かもしれないけど、あまり美味しそうには見えない。
「そうか、グラタンはチーズか……チーズだったか……」
いや、これクライン自身もちょっと嫌そうな顔してるな。
チーズ食えないのにグラタン注文したのかよアンタ。
「来たんだから食いなって」
「……当然だ。オレが責任を持って処理する」
言い方はお店の人に聞かせられたもんじゃないけど、クラインは自分の意志でグラタンを口に入れた。
顔色は……あまり変わらない。
「……どうよ、クライン。グラタン」
「オレが思っていたよりは忌避感がない」
「おおー」
「あくまで思っていたよりは、だが。その鴨肉はいらないぞ」
「あげねえよ」
うん、鴨肉うまい。たまにはこういう水鳥を食べるのも悪くないな。
味付けは濃いめのソースの味がちょっと変わってるけど、苦手というわけではない。普通に美味しい。
付け合わせに焼いたポテト出してくれるのも嬉しいね。すげえホクホクしてる。
窯で焼くだけのメニューが多いから簡単にできるのだろうか。そのせいか値段は全体的に安い気がする。良いお店だ。
「ロッカ」
「ん?」
「今日の作業は君に助けられた」
「ああ。気にすんなよ。だからこそこの店に来てるんだからな」
追加で注文しておいた焼きトマトがきた。
皿の上にまるごと焼いてあるトマトが二つ並んでいる。そのまますぎてびっくりした。……ああ、一応。なんかのハーブとか混ぜてある塩がついてくるわけか。なるほど。
「君ほどの力があれば運搬のような労働作業も手早く片付けられる。その技能は原始的だが、不可欠なものだ。大事にしたほうが良い」
「ああ。運び出しはヤマじゃ絶対になくならない仕事だしね。得意なんだよ、そういうのは」
「仕事」
「掘り出した鉱石を運び出すのに必要じゃん。だから身体強化を長時間弱めに使い続けたりとか、足腰周りを踏み込みでサッと強化掛けたりなんてのも慣れっこなんだよ」
「……そうか。機敏な動きはそうやって培われたと……こればかりは長期間の努力しか無いか……」
「あ、クラインこっちのもう一つのトマト食べる?」
「いただこう」
それから私達の話題は身体強化の方に流れたり、強化と魔術の切り替えについてだったりと、魔道士っぽい会話を楽しんだ。
一旦こういう魔術戦の話題になるとクラインもなかなか饒舌なので、話題が途切れることもほとんどない。
おかげさまで私の方も少し参考になったかもしれない。強化ありの踏み込みと、無しの踏み込み。……この前ナタリーとの闘技演習で酷い目にあったから、近々闘技演習のルールでの動きも練習しておきたいな。
「……ロッカ。君は閉所での……瓦礫の運び出し作業なども得意なのだと言ったな」
「おう、まあ瓦礫ってのがどんなものかはわからないけどな。岩の塊なら採掘から運び出しまで
なんだってできるよ。クランブルだもん」
「ッ!」
クラインがトマトから溢れた熱い汁で上唇を少し火傷しかけたらしい。
思わず笑いそうになったら睨まれた。私のせいじゃねーだろ。
「……そうか。それなら、この学園を卒業した後も働き手としては引き手数多な存在になりそうだな」
「そうなの?」
「ああ。君の今日の仕事ぶりを見て思った。……とはいえ、どれも過酷とも言える肉体労働ばかりだ。君にとってはあまり……いや、好んで鉱山で働けるくらいであればどこでも通用しそうだな」
「魔道士にはなれると思う?」
私が聞いてみると、クラインはくり抜いたトマトの中にグラタンを突っ込みつつ、黙った。
「……君は……投擲ができないという大きすぎる欠点を抱えているが故に、一般的な魔道士としての評価にはかなり困る」
「なれない?」
「なれないことはない。だが集団での遠距離魔術などの基本的な制圧攻撃などにおいて、仲間と足並みが揃えられない点において難しいか」
「やっぱ投擲できなきゃ駄目かな」
「いや、君の場合は実力主義であるべきだ。投擲は目的のための手段にすぎず、結果ではない。ロッカ、君は投擲などにはこだわらず、実戦や現場の中で結果を出していくべきだ。そんな魔道士も多い」
「……結果」
「適材適所ということだろう。オレも似たようなものだ。水属性が使えないなりに、どうにか己の身の振りを決めなければならん」
水属性が使えない、か。クラインもクラインで大変なんだろうな。
もうこいつは既に生活に困らないくらいの蓄えはありそうなもんだけど。
「杖士隊やアルゴナイツは総合力が求められるため、オレのような不適格な個体は弾かれるが……」
「クラインは強いだろ」
「それでもだ。特異性の壁は大きいんだよ。……だが、そういった俗に言うエリートたちの針路が取れなくとも、世の中には個々人に合った仕事が転がっているものだ。オレの故郷でもそんな魔道士としての仕事はある。強ければ構わないという、簡単なものがな」
「へえ、良いじゃん。わかりやすいね」
「君も一度はそういった、魔道士としての勤め先について調べてみると良い。未来に明確な目標を持っておくことも大事だからな」
「うぇー。まあ、わかってるけどさあ。今から調べるのもなあ……」
気がつけば皿は綺麗に空っぽで、腹もほどよく満たされている。
「そろそろ出るか」
「ん、そうだな。美味かったよ、ありがとうクライン」
「……こっちこそ」
「声小せえって」




