爪012 積み込む鳥馬車
それから数日は矢のように過ぎていった。
ある日は数学の講義で頭から煙を出してみたり。
ある日はボウマとライカンに頼まれて石柱や石壁を生成し、壊し相手を用立ててやったり。
講義と実戦に没頭する、学徒らしい日々を過ごしたと自分でも思う。
実戦の方は闘技演習場は属性科たちの争いで賑やかすぎるので、主に学園内の林や屋外演習場で行っていた。
私は色々な種類の岩生成魔術を連続で発動させる練習。ボウマはそれを壊す練習だ。たまに私が小さな石を投げてやったり、ライカンと組み手したりと、色々工夫はした。
ライカンの武術は側で見てる私なんかも“へー”と思うような部分もあって結構勉強になるからすごい。
あとはヒューゴが市場のどこで買ってきたんだか知らないけど、空気を入れて膨らませるタイプの携帯寝具を自慢してたな。下に敷いておくと馬車の中でもまぁそこそこ固かったり痛かったりしない……と思いきや寝心地はそんなに良いものでもなく、お披露目して実際に寝てみた私達は全員なんとも言えない顔をするしかなかった。結構お高い買い物だったらしく、ヒューゴはあからさまに落ち込んでいた。感触が良ければ別だったんだろうけど、あいつ最後まで値段は言わなかったな……こっちもなんか気の毒で聞けはしなかったが。ボウマ以外は。
まあ、三、四日なんてそのくらいで過ぎてしまう。
振り返ってみれば明日はもう出発の日だ。
「さーて、必要なものは全部買い足したし、あとは荷造りするだけなんだけど」
私は寮の自室でポリ箱と向き合っている。
これは各辺に細い針金のようなものが埋め込まれたポリノキ製の箱である。おそるおそる力をかけてみた感じ、まぁグッとやれば撓んだりはするけど、折れたり砕けたりすることはなかった。クライン曰く馬車の流通で使われている比較的小型のコンテナなのだとか。
多分ぎゅうぎゅうに無理やり詰め込まない限りは壊れることはないだろう。
「そんな入れる物が無いんだよな」
で、問題というわけでもないんだけど、私はあまりこの箱に詰め込む物がなくて困っていた。
ソーニャなんかは“服が入り切らないんだけど”なんて一日二回くらい怒ってるのに、私の箱はそもそも三分の一も埋まりきらない。というか、必要なものはだいたい背嚢の中に収まるんだよな。結構容量デカいから。
必要ないと思っていた灼灯ランタンも入ってしまったし、枕も頑張れば入りそうな気がする。うーん……服も私のはジャケット以外はそう嵩張らないしなぁ……ブラウスの換え、タンクトップと短パン、スカート、作業着、肌着の代え……やっぱりそんなに嵩張らない。
「あ」
そうだ。そういえばルウナが夜会がどうとか言ってたっけ。
万が一向こうでそういう会があっても着ていけるように持っていこうかな?
クモノスは旧貴族も多いらしいし、ひょっとすると役立つかもしれない。
「ドレスセット入れちゃおっと。……おお、丁度いい感じに埋まった」
レザードレスも一緒に修学旅行についてきてもらおう。お気に入りだしね。……まぁ着るかどうかはわかんないけどさ。
「……残った隙間はウエスと干し肉でも詰めておけば大丈夫か?」
そんな感じで私の荷造りはつつながく終了したのだった。
が、翌日。
出発当日の朝になって、つつながく荷造りできなかった人が私の部屋を訪ねてきた。
「ロッカぁー助けてぇー! 荷物重くて下まで運べないの!」
どうやらソーニャは荷物を箱に押し込むことはできたものの、それを床から持ち上げることができなかったようである。
「ええ……まぁ箱いっぱいにすれば重くなるだろうけど……わかった、手伝うよ」
「ありがとうロッカ! 持つべきものは重い荷物を運べる友達だわ……!」
荷物の運び入れは寮の正面で行われる。今日出発の学徒たちはそこそこいるので、寮の前は広いものの馬車が何台も停まっていた。随分と物々しい馬車だと思ったけど、どうやらこれらは馬車駅まで荷物を運ぶためのもので、私達が乗るものとはまた別なのだとか。だから集合場所は馬車駅ということになっている。
で、肝心のソーニャの荷物なんだけど。
「うっわ、すげぇミチミチになってるじゃん。何入ってんのこれ……」
「ほぼ服よ。厳選してようやくこのくらいになったんだから」
「服だけでこんなに重くなれるのか……」
頑丈なはずのポリ箱はなぜか微妙にふっくらしていた。明らかに詰め込み過ぎである。
持ち上げてみると、うん。私のものより遥かに重い。密度がちげぇや。こりゃソーニャには無理だな。私にとってはそうでもないけどさ。
「他の学徒の人は二人で一つを運んでるみたいね……みんな重そうにしてるわ」
寮の周りには私達のように荷運びしてる学徒らがちらほらと見える。
大体の人は二人で一つを運んでいるようで、特に階段で苦労しているようだった。魔道士はみんな非力だけど、女子寮ともなるとそれが顕著だ。
「ロッカが彼女たちの荷運びを有料で手伝ったら、良い稼ぎになりそうね」
「……」
「真剣に悩まないでよ。冗談だから」
冗談か。本気でいくらくらい稼げるか考えちゃったよ。
「この寮ともしばらくお別れね」
「うん。そうだね」
すっかり馴染みになった寮を見上げ、ちょっと湿っぽくなる。
なんだろな、この気持ち。寂しいというか、心細いっていうか。
ミネオマルタに来た当初は疎外感ばかり感じていたけど、今はもうすっかりもう一つの故郷……とまではいかないけど、居場所の一つだって思えるようになっちゃったんだな。
修学旅行が終わったら、またここに戻ってこよう。
「よし、じゃあさっさと詰め込むかぁ。ついでにボウマが起きてるかどうか見てこなくちゃ」
「寝坊してたりしてね」
その後実際にボウマの部屋まで来てノックしてみたけど、案の定寝坊していたようだった。
結局大慌てで荷造りするボウマを手伝って、間に合わせるために三人分の荷物を運ぶことになる私だった。
その後、ポリ箱を非力な女子魔道士たちがプルプル不安定に運ぶ姿を見かねて、数人分の学徒の運び入れを手伝ってやった。
力仕事を請け負ってやったことで私は彼女たちから珍しいくらいお礼を言われ、馬車で待っていた御者さんからも助かったと感謝されたりした。
ついでに馬車駅まで私達を乗せてくれることになったのでラッキーである。まぁ駅についてから自分たちの分の仕分けをやる約束込みではあるんだけど、徒歩でミネオマルタの端までいくよりはずっと楽で良い。
荷物だらけの窮屈な馬車内は三人が箱にひっそり座るだけで精一杯なのに、不思議と心が落ち着く。でも、この窮屈さの中で何日も旅行はしたくない。私達が乗ることになる馬車はどれくらいの広さなんだろうか。
その疑問は馬車駅まで着けばすぐに、現物を見る形で氷解した。
目当ての馬車は倉庫群の側、鳥臭いコビンの厩舎の前にひっそりと停車しており、私達と荷物が揃うのを待っていたようである。
コビン二頭立ての大きめな幌馬車だ。新品の狼頭がピカピカしてるライカンがすぐ近くに立っていたからわかりやすいのなんの。
『おはよう三人とも。既に皆待っているぞ。もちろんマコ先生もな』
「おはよぉライカァン」
「おはよう、遅くなったかしら」
「よう。男は皆はえーな」
馬車の中では既にマコ導師を含む特異科の男性陣が私らを待っていた。
ポリ箱の類も奥の方に固められ、既に出発できそうな形である。
私達の到着に気付いたマコ導師が馬車から降りると、ぱっと明るい笑顔で迎えてくれた。
「皆さんおはようございます! そちらが荷物ですね? 一応中は男性と女性でカーテンで区切れるようになっているので、そこに荷物を寄せておきましょう。運ぶのは御者さんにやってもらえますけど……」
「ああ、私でやっちゃうからいいですよ。ライカンとボウマも手伝ってくれる? あと馬車の奥で本読んでるクラインも」
「あいつ聞こえてないフリしてるじぇ」
『俺が運んで良いのか?』
「今更水臭いこと言うなって。さっさと積み込んで、出発しちゃおうよ」
「おっ、みんなおはよう。積み込みだったら僕も手伝うよ」
「ありがとー、ヒューゴもおねがーい」
いつもとちょっと違う朝。いつもと違う朝の支度。
馬車駅の鳥臭さと喧騒は、これから旅が始まるんだということを私に強く意識させた。




