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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 刻む鉄楔

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爪005 繁盛する壁際


 後期発表会が始まった。

 今回は警備もより厳重で、学園内にも巡回中の警察の姿が見える。

 普段ミネオマルタを歩いていてもあまり至近距離で見ることのないメイディンコックの外装に目が行くけど、今日は警官の観察に来たわけじゃない。


「魔族科の展示物はここだな」

「へー……やっぱりこの学科も資料ばっかりなんだな」


 私とクラインは魔族科の展示物を見にやってきた。

 ちょうどマコ導師の講義を聞いてて気になっていたし、覗いてみようかと思ったのだ。


 魔族科の展示物というと魔族の剥製がズラリと並んでるんじゃないかと半分くらい期待していたんだけど実際にはそんなわかりやすいものであるはずもなく、理式科の人たちがやってるような眠くなるような文字ばかりの掲示物や冊子が主なものであるらしかった。

 まぁでも、他の学科のやつと比べると所々で魔族のものらしい挿絵や白黒の写真とかは大きめに載ってるので、結構わかりやすくはある。


「魔族の生態、習性の把握は魔道士にとって敵を知ることでもある。弱点不明の魔族と会敵するのが非常に危険なことくらいは君でもわかるだろう」

「そりゃまあね。だいたい頭とか心臓とかなんだろうけどさ」

「魔獣の場合はそれでも良いだろう。だが魔族はそういった生物の法則から大きく逸脱する者も多い。だからこそ、個々の魔族に関して研究する意義があるのだ」


 クラインが指差す掲示物には、頭が半壊しても尚動き続ける鳥型の魔族について書かれているようだった。


「魔族の調査は傭兵ギルドとの提携が必須になる。討伐隊への同行、大型魔族解体の参加……ともすれば本場の魔道士以上に危険な現場での調査が多いという。ここの研究成果はほぼ全てが、危険を伴う調査によって得られた珠玉の情報ばかりだ」

「へえー……」


 見回してみると、魔族科の展示物を見ている人たちの中には学園に似合わない筋骨隆々の人や、明らかに傭兵(その道)の顔をした人もいる。

 みんな真剣な面持ちでそれぞれの研究に目を通している。


「ロッカ。君は一つの掲示物に対して目を通す時間に敬意が足りていない。それは研究成果に対する冒涜だが?」

「い、いや私も興味あるよ。本当に。でも目が滑っちまうんだよ。どれも長いし言葉難しいし」

「……やはり初等教育は国の礎らしい」

「もっとわかりやすく魔族の名前と、絵柄と、ここ潰せば仕留められるっていう情報だけ載せた冊子みたいなのが欲しいなぁ、私は」

「ネムシシ手帳を見ろ。傭兵ギルドで買え」

「そういうのがあるなら私はそっちのがいいや」

「それでさえここでの地道な研究があってのものだということを忘れるなよ」


 結局私は魔族科の展示物は表面だけ触る程度に終わってしまったのだった。




 その後、クラインは魔族科の友人であるルゲと話し込んでいた。

 どことなく波長が合うらしい二人は資料の内容について語っていたり、今回の発表会への意気込みなんかについて話している。


「いやほんとですね! あれはもう怒り心頭というやつですよ! 研究に対する冒涜! 大手ギルドを通した検体こそが唯一絶対の正義だという理由がワテクシにも理解できましたよ!」

「オレも竜の繁殖に関する大々的な新説だと思っていたが、残念だったな。だが今までの地道な研究が間違っていなかったことには安堵できる」

「早々に翻されたからこそ良かったようなものですがね! もう本当にカナルオルムというやつは! 今でも思い出すだけで……ぬううん!」

「落ち着け」


 ルゲは前期ではカナルオルムより寄贈された灼鉱竜の幼体と逆鱗についての研究報告を掲示していたのだが、その二つに親子の相関性がなかったせいで研究全てがパーになって酷い目を見たとかなんとかで、ものすごい早口で怒りを表明しているようだ。

 正直あのルゲって人のギラギラした目と魔族研究に対する熱意が少し苦手なので、私は少し離れた場所で冊子を読むフリをして隠れている。


 そうだ。この後はクラインの本の販売も手伝わないといけないんだよな。

 てっきり発表会が始まってすぐに売り出すものだと思ってたんだけど、クラインは一般開放が始まって人が大勢学園に来てからまとめて売り出すことにしたらしい。

 その方が長々と椅子に座っていなくて済むから楽なんだと。

 まぁ欲しい人は決まった時間に来れば良いだけだし、お互いにメリットはあるのかもしれない。


「おい、ロッカ」

「げ」

「“げ”とはなんだ。まさかその資料を破壊したのか?」

「いやそんなことしてねえよ。何だよ」

「そろそろオレは本の販売に移る。手伝え」

「手伝ってくださいくらいの言い方ができねえのかアンタは」

「ふん。販売手伝いは前にオレが教えた数学の報酬だろう。さっさと行くぞ」

「いや確かにあの時は助かったけどさ……わかったよ、はいはい」


 貸し借りは疎かにできねえからな。じっと座っているのは性に合わないけど仕方ない。


「ではまた! あ、ウィルコークス君! ユノボイド君のことよろしくおねがいしますねぇ!」

「お、おう。そっちも頑張って」


 去り際にルゲに声をかけられた。

 相変わらず不健康そうな細身のわりに目が爛々としてる人だ。




「お、本人が来られた」

「販売開始ですかね」

「時間前に来てよかった。買えそうだな」


 販売場所である第五棟の人通り少ない広場までやってくると、そこには既に本の販売を待っているらしい人だかりが形成されていた。

 クラインは販売場所の前でお行儀よく列を作る十数人の姿を見て少しだけ驚いたようだったが、すぐに気を取り直して木箱の前まで歩いていく。


「すごい人じゃん。やったねクライン」

「そう長々と待つ必要もなさそうだな」


 彼は販売を待ってくれていた学徒や大人たちに愛想を振りまくこともなく、淡々と木箱にかかった鍵を外し、準備を進めている。


「ロッカ。君は木箱から本の取り出しを。表紙を破くなよ」

「破かねえよ」

「えー、これより参考書の販売を開始します。釣り銭の用意はないので満額支払いの用意を。では先頭のそちらから」

「おお、私が一冊目か。嬉しいな。是非買わせていただきたい」


 温和そうな物腰の紳士らしいおじさんに一冊目の本が受け渡され、本の販売が始まった。

 今回は端数の出ない札だけで買える値段設定なので、お金の管理は楽そうだ。

 けど一冊一冊がそれなりにしっかりした厚みがあるし、本の数そのものも多いので小さな机の上に全てが乗り切らない。

 私の役目はクラインが本を売って机の上が寂しくなる度に奥の木箱から補充することだった。


「おお……前の冊子よりも随分と立派な装丁になっている。これは素晴らしい。じっくりと読ませてもらいますよ」

「是非。内容について何か不備があれば奥付の宛先へ」

「前の出来を思えばあるとは思えないですが、ええ。そうさせてもらいましょう」


 最初は十数人が待っているだけだったのが、販売を始めるとすぐに列に人が加わり始めた。

 ひっきりなしに人がやってきて列に並び、暇な時がやってくる気配がない。私は机の上にひたすら本を並べ続けている。別に重くはないし辛い仕事ではないけど、人前でやるのは落ち着かないし忙しいや。


「クライン=ユノボイドさん。光属性術の習得おめでとうございます!」

「ええ、どうも」


 クラインはぶっきらぼうだけど、さすがに客相手ともなれば最低限の会話はするらしい。

 中には明らかにクラインに媚びを売ろうとしている女子学徒の姿もあったけど、金を出して買うともなればいつものように毒を吐くこともないようだ。かといって長々と世間話をするクラインでもないのだが。


 広場にはクラインや私達の他にも手作りのちょっとした魔道具や冊子を売っている人たちもいたけれど、最も繁盛しているのは間違いなくここだろう。

 少し離れた場所で机の上に冊子を積み上げている女子学徒は、忙しくしている私達を時々寂しそうな目でチラチラと窺っていた。

 売れてる屋台の隣につけてしまった寂れたサンド屋みたいな哀愁を感じる……。


「ロッカ、本の追加だ。まだ乗るぞ」

「ういー」


 さて、忙しくなってきたし気合い入れっか。

 掲示物を見て回るよりも頭使わなくて良いから今の方が気楽なのがなんとも言えない。性分ってやつだろう。



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