爪004 危ぶむ二種
「今日の講義は魔獣と魔族についてお話していこうと思いまーす」
『はい!』
数学と史学といった眠気を催す講義が数日に渡って続くと、主に私とボウマの受講態度にボロが出始める。
具体的に言うと頭の上から煙を出すようになる。ボウマの場合は実際に頭から小さい爆発が起きることがある。私の特異性がボウマと同じだったら似たような爆発を起こしているかもしれない。
そんな見るからについていけてなさそうな態度を見かねてか、難しい講義が続いた後のマコ導師は結構優しい内容に切り替えてくれるのだ。
私としては今後も是非優しくしてもらいたいと思う。
「魔獣と魔族か……数学よりは優しい連中だよな」
「数学考えたやつ死にぇ」
「理学の基礎をおそろかにする人間は他のどんな学問をやらせても無意味だ」
「おぉ? ネクラインてめぇやんのかぁ? 数学かぁ?」
「おう、殴って数学が倒せるなら私も喜んで加勢してやるぞボウマ」
「二人共やめなさいよ。まだ講義が始まってすらいないでしょうが」
しかし私達特異科の講義風景なんて毎日がこんなものである。
実際にボウマが暴れだすこともほとんどない。たまにはあるけど大体はライカンと私で止めてやる。
「うーん……あ、そうだ! ボウマさん、魔獣と聞くと、何を思い浮かべますか?」
「んぇー?」
いきなり怪しい雲行きが見えかけたところで、マコ導師がボウマに水を向けた。
ボウマは尋ねられると、難しい問いかけでなければ一応ちょっとは考えてくれるのだ。
「まー、ポルとか? カルンガとか? そゆやつ? あれ? あいつら魔族だっけ?」
「正解です! 突獣ポルは猪の魔獣で、四角鹿カルンガは鹿の魔獣ですね。どちらも山林地帯でよく見かける、世界的に分布する魔獣の代表格です」
マコ導師は黒板に魔獣の名前と、その近くに可愛らしくデフォルメされた絵を添えた。
牙の大きな猪に、角が四本生えた鹿。どちらも珍しくもないけれど、気性は荒いし危ない魔獣だ。特に突獣ポルの方は人を見るやまず間違いなく襲いかかってくるので、大きな牙に突き殺されて死んでしまう人の訃報はよく耳にする。
デムハムドの鉱夫たちは肉目当てで自分からツルハシ担いで袋叩きにしようとするけど、普通に事故るし危険な相手だ。
考え込んでいると、石灰棒がコツコツと黒板を叩いた。
「次はウィルコークスさん!」
「あ、はい」
「ウィルコークスさんは魔獣と言われると何を思い浮かべますか?」
「えー……まぁアスメとか、タイトン、ロックジェリー、デム・テイカー、トロッコ……とか?」
「おお、め、珍しい種類ばかりですね! どれもウィルコークスさんの故郷に生息しているんですね?」
「ですね。トロッコは直接見たこと無いけど」
錆蜘蛛アスメは鉱物を食い荒らす金属質の大蜘蛛だ。坑道を穴だらけにして危険に晒すし、資源を減らす害虫の中の害虫である。
鉱兵タイトンは自然に発生するゴーレムだ。詳しくは知らないけど暗い坑道で遭遇すると明かりを持たない人影がヌッと現れるせいでとてもびっくりする。遅い動きだけど岩の塊なので殴られると痛い。ツルハシやピックを持ってないと反撃すらできずにやられることもあるので危険だ。
「ウィルコークスさんの挙げた中で、魔獣はアスメのみでしょうか? 他は魔族に分類されていますねー」
「あ、そっか」
ロックジェリーは岩の顕現。……あ、こいつ顕現だから魔獣じゃなくて魔族なのか。
「……なんか弱いのが魔獣で強いのが魔族って覚え方してるせいで、いつもごっちゃになるんだよな」
『ははは、わからんでもないなぁ。魔族と聞くと、おとぎ話に聞くような強い奴らがまず思い浮かぶからな。俺もそうだった』
「ふん。実際、線引きは曖昧だからな。魔獣の中でも魔力により影響され、魔を扱う種族が魔族とされているだけだ。実情はどのような呼び方でも問題ない」
そうなのか。まぁ気にしても仕方ないしな。魔獣も魔族も強いの弱いの色々いるし。
「はい、ユノボイド君が補足してくれたように、この二つの区分けに明確な違いはありません。学会での意見交換会で分類が毎年変わっちゃうような種もいますし、未だ分類が躊躇われている謎の多い種も数多くいます」
特異科の講義室の外で、ガヤガヤと大人数の話し声と移動音が聞こえてきた。
どうやら集団で廊下を歩いているらしい。発表会間近で、色々と準備のために出歩いている人たちなのだろう。ここ数日は講義時間中でも廊下が賑やかだ。
「……この学園の魔族科は、魔の多い。つまり、魔力との親和性が強い種の調査を専攻する学科です。それでも、魔獣を全く勉強したり調査したりしないなんてこともありませんから、やっぱり両者に大きな違いは無いんです。重視すべきは種それぞれですよ」
「ねぇねぇマコちゃん」
「はい、ボウマさんなんでしょう?」
「人間って魔獣? それとも魔族?」
人間は人間だろって思ったけど、私達魔力使うもんな。魔獣とか魔族になるのか?
「んー……一応人間は魔族に分類されているみたいです」
「あたし魔族だったじぇ……」
『魔族ボウマ』
「生態。怒らせるとあちこち爆発させる。……ははは」
「魔族ヒューゴ。ぶっ飛ばす」
「おいおい悪かったボウマ、やめろやめろ」
『落ち着け、悪い悪い』
騒がしい騒がしい。
「個人差はありますけど、人間は複数属性の魔術が扱えますからね。複数の魔術が発動できるなら分類上はもう魔族とされているんですよ。なので、人間は魔族……という解釈がなされています。学問の上では、ですけどね」
どうやら学者さんの基準に当てはめるとっていう話であるらしく、人間が魔族だとか、そういうことは深く考えられていないらしい。
まあ人間がつけてる呼び名だしな。わざわざ自分たちを含める必要はないんだろう。
「逆にですねー、魔術の扱いができず、身体強化の方に秀でている種などが魔獣に分類されやすいですね。もちろん例外は多くあるんですけど、傾向としては強めだと思いますよ。ポル、カルンガ、バハモス、ドンガ……魔獣とはいえ侮ってはいけません。私一人でも討伐できないような魔獣だって、この世には沢山いるんですからね!」
強化なしとは言えライカンを一方的に魔術で封殺できるマコ導師が言うと説得力があるな。
……確かに、下手に魔術を使ってくる相手よりも、身体強化に特化した獣に襲いかかられる方が危険そうだ。
「なるほどなぁ……じゃあ先生。質問いいですか?」
「はい、ノムエル君どうぞ!」
「先生が思うに、魔獣と魔族はどちらが厄介でしょう?」
「……んー、それは、戦闘面でということでしょうか?」
「いろいろな面から聞いてみたいですけど」
マコ導師は暫し黒板に石灰棒をコツコツと当てて考え込んだ。
「……戦闘面では、魔獣が厄介ですね。強化されている生き物が本気で襲ってくるのは非常に危険です。これは強化によって即応できない魔道士としての性なので、騎士や一部傭兵の方々と比べるとどうかとはいえませんが……はい、あまり強い魔獣とは遭遇したくないですね」
確かに。危ないもんな。
「しかし経済面で見れば、魔族の世界的な影響力は計り知れません。山地、海洋、時には大空でさえ、魔族は広くその力を伸ばし、独特な生態系を作り上げています。厳重な警備体制を整えなければならない長距離輸送はほぼ魔族の手によって脅かされています。大型の船に襲いかかる蛸竜マゴンであったり、空を飛ぶギア・ピスクにさえ攻め入る爆撃竜スツカなど……それらへの対策のために、これまで人間がどれほど多くの労力を払ってきたのかと思うと、はあ……今は教職である私でさえ、ため息が出てきてしまいそうなほどです」
『マコ先生! 大丈夫ですか!?』
「ふふふ、平気ですよ。ありがとうございます。……そうですね。そう考えると、私としては魔族が厄介だと思っています。現にこの学園では学科名が“魔族科”となっているわけですからねぇ……」
私は思うところがあって、右腕に格納されたデムピックをちょっとだけ引き出した。
艶のない鈍色の金属。最高級の魔金と名高いデム鉄鋼。今や私の心強い相棒であるこのピックは鉱脈から作り上げられたものだろうけど、世の中に出回っているデムの元を辿れば強い魔族によって集められたものも何割かに上るだろう。
魔族……厄介だけど、恩恵も多い。私のオイルジャケットに塗り込んだ石鹸だってそうだ。
厄介な相手なんだけど、完全に切り離すのも難しい。それが魔族。
「もしも皆さんに少しでも魔道士を志す気持ちがあるなら……私のような若輩者の講義だけではなく、一度魔族について詳しく調べてみることをおすすめします。図書館なり、ギルドの資料室なり。調べ方は、色々ありますから」
そう締めくくった時のマコ導師は、窓の外の空に浮かぶ小さな何かの影を見つめているようだった。
その小さい影が鳥なのか、それとも遥か遠くを飛ぶドラゴンなのかは、私が目を凝らしてみてもよくわからなかった。




