爪003 掘り起こす研究成果
特異科は発表会中、特に掲示物を出したりする必要はない。他の学科だと何か研究成果みたいなものを資料にまとめて発表しなくちゃいけないらしいんだけど、それは彼らの学科の場合、進級や進路に大きく関わってくるからだ。特異科は口を半開きにしてボーっと過ごしていても勝手に進級できるので必要無いのである。
けどクラインは個人で研究成果を形にして掲示したり、本を作って売り出す予定だ。
これはクライン自身がお金稼ぎに意欲的ってことも少しはあるんだろうけど、やっぱり元々こういう発表したり教えたりってことそのものが好きなんじゃないかと思う。前も出してたしね。
だから今回の発表会も、適当にぷらぷらと他の学科の人達の作品を見て回るだけで終わるかと思っていたんだけど……。
「後期は私も出すわ。特異性周りの軽いやつをね」
「えーっ」
なんと意外なことに、ソーニャが発表会に出し物をするというのだ。
しかも既に出来上がったものが手元にあるという。
「どうしたのソーニャ……」
「ロッカ、あのね……その悪いもの食べたのかみたいな顔やめてくれる……? 一応これでも理学は勉強してたのよ。数年前までは真面目にね」
そういえばそうだった。
ソーニャは今でこそ昼寝ばかりで講義もまともに受けていないスカブラだったけど、三年くらい前までは真面目にやっていたんだっけ。
確か内容は、特異性と光属性術関係……だったかな。
……ソーニャの妹が暗殺者に殺されたのを契機に、やめてしまったとは聞いてたけど……。
「正直さ。もう光属性術は確立しちゃってるし、今更感のある内容ではあるんだけどね。今の理学界で有用性がある研究内容かって言われると微妙だし」
「ソーニャが頭良さそうなこと喋ってる……」
「それでも特異性に関わる部分は、まだ論文にもないし目新しいだろうと思ってさ。前にまとめてた内容は全部自棄になって捨てちゃったけど、内容はそこそこ覚えてたから。残ってたデータだけは理式科の倉庫に預けてたのを引っ張り出して、それを元に新たに書き直したってわけ。意外と覚えてるもんね」
「ソーニャやっぱり頭いい奴じゃん……」
「まぁ……そこそこよ。そこそこ。無駄にした時間が長すぎたし、今じゃ普通の女の子よ。あー、久々にやると肩バキバキだわ」
ソーニャは胸を反らせて、固まっていたらしい首をコキコキと鳴らした。
この資料をまとめるのに久々に頑張ったせいで体が凝っているようだ。私は背中が鳴るほどじっとしていられないから少し羨ましい反応である。
講義終了後の昼の食堂は、人がまばらだ。発表会の準備で忙しい学徒たちが散り散りになっているせいなのだとか。
おかげで最近はひとつのテーブルを使ってゆっくりと話せる機会が増えた。
「ソーニャ、それちょっと読ませてもらっていい?」
「読むの? はい、どうぞ。ステーキソースで汚さないでね」
「わかってるって」
ページ数はクラインの本と比べれば少ない三十ページほどだろうか。表紙も題くらいのもので飾り気はない。
中身は……。
「ソーニャ、これ何語?」
「普段貴女が使ってるやつよ」
「ふーん……全然読めねえや」
「まあそんなものらしいわよ、論文とかこの手の資料って。理式科の導師さんに読んでもらって、尚更カチカチになっちゃったわ。全然書き慣れなくて大変よ」
「へー……」
パラパラとめくってるけど本当に何が書いてあるのかわからん。
たまに入ってる楯衝紋の粗い写真だけ少し馴染みがあるかな? と思ったけどその下に“影属性術の発動によって活性化している範囲を感光で示した図”とか書いてあって、多分馴染みの無い奴だなと思い直した。
「ソーニャはこれ出してどうするの?」
「んー?」
「ていうかなんで出したのかなって。ソーニャも特異科なんだし、別に出さなくてもいいのにさ」
ソーニャは毛先をくるくると指で回しながら、少しだけ考える素振りを見せた。
「……まぁ、ね。そりゃ今まではサボってても何も思わなかったんだけどさ。私も卒業間近じゃない? そうすると色々と、考えることが出てきちゃうわけよ」
ソーニャの卒業。知ってはいるけど、いざ言われると気分が落ち込むな。
「……先に卒業しちゃうんだよな。ソーニャって」
「ふふっ。ヒューゴより先に入ってるし、特異科で一番の古株だもの。仕方ないわよ」
「ソーニャがいないと学園が寂しくなるよ……ねえソーニャ、留年できない?」
「しないしない。できないし」
「しないかぁ」
特異科の在学期間は六年間。それが過ぎれば卒業だ。
……私は特異科で一番の若輩者だ。私が最高学年になる頃にはみんな卒業して一人ぼっちに……。
うわぁー考えたくねえ。嫌だなぁ。
「卒業前に自分の持てるものを出しておこうと思ってね。それからのことは……ま、その時になったら考えるつもり」
「……もしかしてソーニャも魔道士になって闘ったりするの?」
「ぇえ? あっははは! そんなことするわけないじゃない! 嫌よーそんな危なそうな仕事!」
その危なそうな仕事も結構この学園内じゃ人気なんだけどな……。
近くのテーブルの人たちがこっちをチラッと見てきたぞ。
「まあでも、あれよ。私がここを卒業しても、ロッカとはずっと友達だから」
「当たり前じゃん! 手紙も出すよ!」
「毎月?」
「毎週でもいいよ」
「ふふ、毎週はちょっと忙しいし書くことなくなりそう」
確かに。手紙の内容思い起こすのって結構大変だったな……。
「……けどロッカ。私の卒業よりもまず、間近なことを考えたほうがいいわよ」
「え?」
間近っていうと発表会があるけど。
「発表会の後にまとまった休息日があるでしょ。その時に行く修学旅行。そろそろ場所も決まるだろうって話よ」
「なにそれ」
「えっ、知らない?」
ソーニャは意外そうな顔をして驚いてるけどこっちこそ寝耳に水だ。
旅行なんてあるの? 学徒なのに。
「十二月の始めには修学旅行があるのよ。別の街に行って文化を学び、現地でちょっとした魔道士としての実習を積むっていうやつ。ちょっとした観光をして、少しだけ街道警備するような旅行よ」
「へー! 面白そう! どこに行くの!?」
「残念だけど、大抵はサナドルかエクトリアよ。近場に行って数日で済ませる感じ。普通の宿に普通の料理。残念だったわね」
「……それって残念なの?」
サナドルといえば噴水街サナドルのことだ。ルウナの故郷で、なんでも立派な噴水がいくつもあるらしい。結構気になってはいる。
エクトリアは水路街エクトリア。学園にくるまでにも訪れた中継地で、まともに観光はしてないけどとてもゴミゴミした場所だ。出歩いたら絶対に迷うだろうなと思って全然散策はしていない。
どちらも旅行で行けるならありがたいんだけどな。
ミネオマルタもくまなく歩き回ったわけじゃないけど、いつでもいけるだろうし。遠くの街も観光してみたい。
「そっか、ロッカだとそういう反応になるのね……近場だとみんながっかりするからちょっと新鮮かも」
「うん、行ったことないもん」
「そうよねぇ。……毎年そのどっちかになるのが通例だから、楽しみにしておけば良いんじゃない? 学科ごとに場所は変わるし、まだ場所は発表されてないからわからないけどさ」
「おー、楽しみだ。旅行かぁ、いいなぁ」
発表会の後は旅行。それも皆でだ。
良いじゃん。ちょっと先に良い感じの楽しみができたよ。




