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打ち砕くロッカ   作者: ジェームズ・リッチマン
第一章 刻む鉄楔

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爪002 増刷する参考書


 ミネオマルタの町中に、錫で出来た鋏を模した飾りがあちこちで見られるようになる。

 錫鋏祭(しゃくちょうさい)。一月ほどの期間行われる、葡萄の収穫祭のようなものらしい。

 この時期になると各所でワインが振る舞われるようになったり安くなったりするのだとか。

 お祭りというには私から見ると少し大人しすぎるので実感は薄い。錫の鋏飾りもよく見たら刃引きされてるし、そもそも二枚の刃がすごいガタついてるし。

 けど、錫鋏祭は歴史のあるものらしく、水の国や他の国からも観光客がそこそこの数やってくる。

 そして錫の鋏飾りを買って帰るのだ。何に使うのかは全くわからない。


 この錫鋏祭が終わる頃になると、ミネオマルタ国立理学学園では今年二度目の発表会が行われる。正式名は後期理学発表会というらしい。

 私が最初に見た時のやつは前期の発表会だ。それが五月の頃だったから、えーっと……あれからもう丸半年になるのか。早いもんだなぁ……。


 学徒たちにとって発表会という場は非常に大事なもので、己の研究成果や戦績を外部に公開する数少ない機会だ。

 発表会当日が近づくにつれて学園内は一層慌ただしくなり、どこの棟のどこの階を覗いてみても誰かしらが小走りで行き交っている。

 壁という壁には掲示物が貼られ始め、少し広い空間には展示スペースが設営される。

 その作業はもちろん、私達特異科であっても変わらない。




「床に直接置くな。その木箱の中に平積みしておけ。内側に布を忘れるな」

「入れ辛いんだけどこれ……何冊あるんだよ……」

「クライン、錠前借りてきたけどこれでいいのかな? 一応頑強なやつにしてもらったけど」

「ふむ……良いだろう。まあわざわざ盗む相手もいないだろうが、用心に越したことはない。ヒューゴ、それをあとで箱にかけておけ」

「はいはい」


 私達は今、半年前の発表会と同じスペースで発表会前の設営を行っていた。

 本来私達特異科は自動ですいすい進級していくので発表する必要もそんなに無いらしいんだけど、クラインはいつも手を抜かずにやっているらしい。そして今回のクラインの意気込みは、過去最大級なのだそうだ。


『しかしクラインよ、また随分と本を刷ったなぁ』

「手伝ってやってるんだからあたしたちに仕事代出しやがりぇ」


 クラインはこの発表会に向けて、一冊の本を書き上げた。

 ページ数は百近くある立派なもので、冊数はなんと二百近くにもなる。

 学園にも印刷専用の設備はあるけど、さすがにそこで印刷するにはあまりにも数が多いし、ページ数も膨大だ。当然使用許可は降りないし、クラインとしてもそんな作業に時間を費やすつもりはなかったらしく、原稿を持ってミネオマルタの印刷所に掛け合い、製本してもらったのだそうだ。

 自分たちで本を作るとそれはそれで味があるけど、やっぱりこう、印刷所が作ると仕上がりが綺麗だなって思う。この出来栄えなりのお金は取られたらしいけどね。


「君達への報酬は売上金から出すと言ったはずだが」

「半分くりぇ」

「分を弁えろ」

「ケチ」


 私達の仕事は印刷所から上がってきた沢山の本を手分けして学園内に運び込むことだ。

 一応作業中にも休憩用の飲み物やお弁当代などをクラインから出してもらえたけど、そういった支出が一YEN単位できっちり管理されているところに相変わらず性格が出てるなって思う。普通にそこらへんの店で買ってくれりゃいいのにな。


『うーむ、だが値段設定も前より高くするのだろう。発表会の期間はわずかだ。その間にこの数が売れるものなのだろうか』

「心配はいらない。本の内容は光属性術の修得に関するものだ。リゲル=ゾディアトス導師の監修もうけている。この時期ならば飛ぶように売れる」


 印刷所で製本はクラインの自腹だ。“聖櫃”での救出活動の報酬金を大胆に使ってここまでの数の本を刷り上げ、用立てた。この強気な姿勢は相応の自信に裏打ちされているのだろう。彼はまず間違いなく本が大売れすると見込んでいる。ヒューゴもこの話にすごい乗り気だったし、本当に儲かる見込みがあるんだろう。


 ……まあ、クラインは光属性術を習得した二人目の魔道士だもんな。

 光属性術の教本がそんな魔道士から出るともなれば、欲しい人は絶対に欲しがる。リゲル導師が本の監修に携わっているともなれば学園で使われている本と遜色もないはずだ。

 今回の売れ行きによっては増刷も検討するらしいけど、さて。どうなるのかな。私は商売のことはよくわかんねえや。


「ねえクライン。本が沢山売れたらどうするの。作家さんになるの」

「ならない。……兼業しても良いとは考えているが」

「まあ、似合ってるよ」


 いつも本ばっかり読んでるしな。自分で本を作って売る姿も全く不自然じゃない。クラインが著者としてやっていく姿は簡単にイメージできた。


「だが、オレは研究のみに重きを置きたくはない。オレは魔術による実戦の力を身に着け、それを活かす職につく」

「杖士隊とか?」

「そういった傾向にはなる」


 しかしクラインの将来の目標はあくまでも魔道士だ。

 魔道士は導師と違い、魔術による戦いが仕事だ。戦いの強さがそのまま仕事に反映される、間違いなく厳しい世界だろう。騎士や軍人みたいなものだ。大変な道なのはわかっているだろうに、クラインはその目標を見据えたままよそ見することがない。


「クラインが警官になったらすっげぇウザそうだにぇ。小さいことでずーっとグチグチ言いそう」

「あははは。真面目な仕事ぶりは評価されそうだけどな」

「オレは警官にはならない」

『だが杖士隊になるつもりもないのだろう?』

「考えていないわけではないが……まだ保留だ」


 杖士隊は水国における最大の魔道士部隊だ。魔道士の上澄みを集めた、この学園でも多くの学徒たちが入団を志すエリート集団である。


 ……そういえば杖士隊ってどうやって入るんだろうな。


「ねえクライン、杖士隊ってどう入るの?」

「杖士隊は一月選定試験、二月に選定式が行われる。君が入学した少し前だな。優秀な者であれば学園の六年の在籍を待たずに入団することもある。そうなれば当然、卒業だな」

「へー……」


 魔道士として優秀ならすぐにでも学園を卒業して現場に行くことになるわけか。

 あ、でもそうなると。


「じゃあクラインが杖士隊の試験を受けたら卒業しちゃうってこと?」


 特異科の学徒も在籍は六年だ。けど杖士隊に入団することになれば関係ない。

 そして卒業したら……多分もう、ほとんど会う機会はなくなってしまうだろう。

 もしそうなると……クラインが学園から消えるのか。それは、うん……杖士隊だし凄いことなんだろうけど……寂しくなるな。


「……だから、オレは入団しないと言ってる。まだ学園にいられるうちは、施設を有効活用していかねばならないからな」

「そっか」


 良かった。すぐに出ていっちゃうわけじゃないんだな。


「はは。クラインは学園に自分好みの薬草を植えたり、魚を放流したり、施設を最大限活用してるもんな。卒業する前にはああいうの、片付けておけよ? 特に池にいるクラヴァ。あれ成体になったら危ないぞ。僕あれ苦手なんだ」

「もちろんわかっている。今でも適度に間引いている」

「クライン、まだあの釣りやってるんだ」

「薬の原料にもなるが、最近では魔族科の解剖実験にも使われるようになったからな」

「かいぼーじっけんってなあに?」

『うむ。俺も詳しくはないが……魚を上手いこと切って、中身を観察したり……調べたりするのだろう。多分な?』

「きめぇ」

「ボウマには理解できないだろうな」

「ぁあ!?」


 ……うん、やっぱりこの感じだ。いつも通りで安心する。

 クラインにも将来があるから、いつかは学園から離れるんだろうけど……こういう皆で騒がしくしてるのを見てると、こいつが居なくなるのって想像できないや。


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