鏡016 放置する悪癖
「ヒューゴ、結局どういう話だったのかわかる?」
「ロッカ、僕と一緒に聞いていたよね?」
「あたしもよくわがんにぇ」
「嘘だろ……」
「いやほんと、難しかったんだって。あの人達の話」
話の後、私達は解放されて食堂にいた。事件は解決したけれど、関係者である私達は今日まではこの食堂を利用しても構わないということであった。タダで飯を食わせてくれるのであれば断る理由も遠慮する気品もない。各々自分好みの食事にありつきながら駄弁っていたところだ。
しかしこの場にいるのは私とボウマとヒューゴだけ。ライカンは機人店で腕と顔の修理をお願いしており、不在だった。ソーニャも食堂に入れないのでここにはいない。
「あー……そうだね、まずはネルベレヒトさんだったかな。あの人の話をまとめると、まず報酬はミネオマルタの大銀行で個人衝紋口座から引き出す形になる。受け取りは現金でも良いし、別の口座に変えるでも良い」
「みねおまるただいぎんこう。ああ、あれか」
「あれなぁ」
「知らなさそうだから説明すると、中央部にある大きな銀行のことだからね。……いや、ロッカは知ってるはずじゃ? 灼鉱竜の時とか報酬を貰ったでしょ。あの時も多分同じように送られたんじゃないのかな」
……?
なんのことかわからん。
「嘘だろ……な、なあロッカ。君、灼鉱竜の討伐で報酬を貰ったよな? あれって絢華団が噛んでない案件だし、国からの報酬だから衝紋口座に送られてるはずだけど……あのさ、ひょっとして報酬受け取ってない?」
「……受け取ってない」
「なんで?」
な、なんでと言われても……ヒューゴの顔ちょっと怖いな……。
「あまり……興味ないというか……後で良いかなって……多分そんな説明もされたけど、その時もよくわからなかったし……」
それにお金だったら見舞金? みたいなのをそこそこの額もらったから別にそれで良いかなって……。
あ、やっべ。ヒューゴが笑顔になってる。これ多分駄目な笑顔だ。
「ロッカ。こういう事は絶対に後回しにしてはいけないし、絶対に放置してもいけない。わかるね?」
「は、はい」
「よし。じゃあロッカとボウマ。二人ともこの後すぐに大銀行に行くとしよう」
「巻き添えだじぇ……」
「良いかい二人とも。金持ちだろうと貧乏人だろうと、金を粗末に扱う者からはすぐに富が流れ出てゆくものだ。この機会にちょっと手続きに慣れておくといいよ」
「はーい……」
「うぇーい……」
色々と言われた説明の中には、スキラー・ブライオンを捕縛したという国からの報告もあった。これは私達が朝方聞き逃したやつだろう。
なんでも、大きな窯跡箱を使ってスキラー・ブライオンの杖を封じ込め、幽体の発動が不可能な状態を作り出すことで、相手を無力化したのだとか。窯跡箱は警備の厳重な場所に安置され、しばらくの間はこの国有数の強力な魔道士が一瞬たりとも目を離すことなく監視しているのだという。監視する人も大変だろうな……。
私達への報告はそれだけでなく、スキラー・ブライオンに捕らわれていた人たちとの面談もあるかもしれない……という話をされた。今はまだ捕らわれていた人は別の場所に隔離されているけれど、向こうの希望とこちらの希望が合致すれば、特に知り合いだったり友人だったりする場合には、会うこともできる、と。
私は特別友達らしい友達はいないんだけど、唯一ベロウズのことだけは少しだけ気にかかっている。……聞けば、聖櫃に置き去りにされかけた私のアンドルギンを拾ってくれたのがベロウズだったって話だし……お礼の一つくらいはまあ、言いたいところだ。でも、向こうは私のこと嫌いなんだよな。やっぱりやめとくかな……。そんな風に、ちょっとまだ悩んでいるところ。
「ここがミネオマルタ大銀行だ。絢華団も似たものだったり便利なサービスがあるけど、こういう都市部の銀行の方が同じサービスでも手数料が少なく済む場合も多いし、融資の桁も違う」
「ゆーしってなんぞ」
「あー……まあそれはまだいいかな。とにかく、銀行の使い方くらいちゃんと覚えておかないと駄目だからな。二人共もう大人なんだから」
「おー」
「うぇー」
「うん、大人らしい良い返事だ。引き出すのはこっちで受付してるから、早速いってみよう」
大銀行は広く、清潔で……気のせいかもしれないけど、紙とインクの匂いが鼻にツンとくるような、不思議な匂いのする空間だった。
ヒューゴに案内された受付には穏やかな微笑みを湛えた女性がじっと置物のように直立しており、一定範囲に近づくと人形のように挨拶をしてくる。その機械的な動作が聖櫃で出会った魔道士達と似ていて少し怖かったけど、ああいう誰にでも同じ態度で同じ仕事ができるっていうのも、仕事のできる人間の特徴なのかもしれない。
「衝紋口座って、普通は開設するのにちょっとした手間がかかるんだぜ。けど国が勝手に僕らの分を作ってくれたから助かったよ」
「勝手に作られるもんなんだ……」
「衝紋は大会でも取られてるしねぇ。事件の捜査でも参考にはしたいだろうし……丁度良いから報酬を安全に渡すための道具として使ったんじゃないかな」
衝紋口座は個人の楯衝紋を認証の鍵とした……お金を預かってくれる場所? みたいなものだ。
大きな銀行くらいでしかこの口座は無いみたいだけど、絶対に本人にしか引き出せない厳重さは他にはない特徴……らしい。よくわからんけど。
「こちらに手をかざし、衝紋の確認をさせていただきます」
「あい」
いつぞやの役所でやったような手続きと同じで、衝紋を取ることになる。
特に痛かったり痒かったりすることなく、私達はどうにか無事に現在口座に預けられたお金の額を知ることができた……の、だが……。
「うぐぇ」
ちらりと残高を見たボウマが呻き声をあげ。
「んっふ」
同じくヒューゴが変な声をあげ。
「うェっほ、えッほ、ゴホッ……!」
「ロッカ、だ、大丈夫かい」
私は唐突に噎せた。
「ゴホッ……いや、大丈夫……じゃねえよこんなの。なんだこれ……」
「やばいじぇ……大金持ちだじぇ……」
「いや、大金持ちっていうほどではないと思うけど……まとまった額ではあるけどね……」
まとまった額……いや、まとまるってなんだよ……なんだこの金額……まとまるって額か……? こいつがまとまってるなら私の今までの金はとっ散らかってる小銭みたいなもんだぞ……。
「二十万YENかぁ……うぇへへ……ロッカぁ、これ何に使おっかぁ」
「え?」
「んぇ?」
私はボウマの言葉につい、顔を見合わせてしまった。
私もボウマもきょとんとしている。
「ロッカ、お金入ってなかったん?」
「……いや……これ……」
「こらこら、そういうのは人に見せない」
私はヒューゴの制止もやんわりと無視して、ボウマに残高を見せてやった。
そこに書かれている額はボウマの言うものとは違う。
違うと言っても、低いわけではない。
“残高:八十万四千YEN”
めっちゃ高いんだよ。なんだこれ。
「ぶぉっふぇ、うぇほっ、ゲホッ」
そしてボウマが噎せた。
すげえなお金って。いっぱいあると喉にくるんだ。
「ボウマ大丈夫か」
「賑やかだなぁ……」
聖櫃に突入し、多くの魔道士を救助した報酬。
それに加え、私の場合は以前……というか大分前にもらったまま放置してた報酬。
それらが合わさるとなんとも……よくわからないことになっているのだった。
八十万四千YENってなんだよ。チキンピザ何枚分だ?




