鏡017 終着する非日常
八十万四千YEN。
どうやらこれはヒューゴの計算によると、チキンピザ五千三百六十枚分に相当するお金なのだそうだ。
「そういう計算だったのこれ? 自分で計算してくれない?」
五千三百六十枚分のピザ……これはつまり、ピザ一枚を一食分として……いやそれじゃ足りないから二枚で一食分とすると一日に六枚を食べる計算になるわけだ。
つまり五千三百六十枚を……一日で六枚だから……。
「ヒューゴ、五千三百六十割る六っていくつ?」
「どっから出てきた六なのか気になるけど僕は考えないようにするよ」
つまり……ざっくり暗算すると千日分のピザってことになる。
千日分のピザってことはつまり、およそ三年分のピザということだ。
「聞いたかボウマ、私三年間チキンピザ食い放題だぞ」
「すげー」
「お腹と頭が悪くなりそうな話をしてるね」
もちろん私だってこれを全てチキンピザに費やすつもりは更々ないけれど、これはそれだけの莫大なお金だっていう話なわけだ。
細かいところを見ると、まずこの莫大なお金。内訳としては突入作戦に参加したので二十万が基本的に入っている。
で、聖櫃突入作戦の報酬はそれとは別に、私の場合は皆を取りまとめたことによる総指揮……なんとかっていう役職手当みたいなのがついて、それが五万四千YENほど他の人よりも上乗せされているようだった。
そして残りの五十五万YENは何なのかっていうと、これが灼鉱竜事件を解決した、というか灼鉱竜を討伐したことによる私の報酬だったのだということだ。
「よくもまぁそんな大金を放置してたねロッカは」
「だって……見舞金はもらってたし……生活する分には学園でもらえてたし……」
「寮に戻ったら手紙の類をちゃんと見直してみなよ……多分振り込み関係のやつがあるぞ……」
「マジかよ……」
ヒューゴは物凄い呆れていた。
どうも彼としては、お金をぞんざいに扱う私の神経が信じられないのだという。実際、私も今回はさすがに自分でどうかと思ったところである。
「本当にこれから気をつけなよ。預け先によっては引き出さずに何年もすると消えるようなことだってあるんだから」
「嘘だろ泥棒じゃんか」
「ひでぇ」
「そういう仕組みもあるってことさ。自分のものは人任せにせず、しっかり管理しておくんだぞ」
なんか久々に説教らしい説教を受けた、そんな昼下がりであった。
ひとまずお金があることはわかったし、そんな大金いきなりガッと下ろしてミネオマルタに家を建てる予定もなかったので、ひとまず少し……ある程度……いやまぁそこそこの額だけ下ろして、私達は銀行を後にした。
その後は全員集合してたわけでもないし、誰かが欠けた状態でお金をぱーっと使って飲み食いするのもちょっと薄情かなとも感じる。
私はまだそこそこ疲れていたこともあったし、ひとまずその場は解散となった。
早い時間だけど私だって結構無茶をしたからな。クラインもまだ休んでいるんだし、こっちもさっさと寝ておこうと思う。
「あたしもうちょっと街中うろついてるよー」
「おー。じゃあ私先帰ってるよ。久々の寮だ。ちょっと寝るー」
「僕もちょっと見ておきたい店があるから、また明日だな」
「そかー。んじゃ明日、約束した場所でなぁー」
予め私達の明日の待ち合わせ場所と時間は決めて伝えてあるので、皆が一堂に会するのはその時だな。
大会も終わって、事件も片付いた。ぱーっと何かするには一番いいタイミングだろう。
「クラインが負けちゃったのは残念だけど、仕方ないしな」
通りを寒風が吹き抜けて、道行く人々が“おお”と震える声を漏らす。
私はジャケットのポケットに手を突っ込むと、開けっ放しにした前側を少しだけ庇うように左右を寄せて、寮までの道のりを速歩きで進んでいった。
うーん。やっぱり中央からだと結構遠いや。
「ただいまー」
扉を開けて、誰に対してというわけでもない挨拶を告げる。
数日ぶりの自分の寮の部屋は、そこが私の持ち家ってわけでもないのに、不思議と“帰ってきた”という雰囲気が漂っている。
私は特に汚れているわけでもないベッドのシーツを窓から軽く叩いて、換気して、ちょっとだけ床を掃除して……相変わらず調子の良くない水暖炉に石を放り込んで、火を焚いた。
「ふぅ」
コートハンガーにオイルジャケットを掛け、ベッドに腰を下ろす。
窓の外では平時よりもずっと多い人が道を歩き、小さな喧騒がこちらまで聞こえてくる。
寮周辺は警備も厳重なのか、屋根の上では筒型頭の機人警官がひょいひょいと飛び交い、仕事に励んでいた。
「あー……」
私はそれからしばらくぼーっとした後、ヒューゴに言われた小言を思い出し、棚の下の方の段に平積みしておいた郵便物をまさぐった。
するとそこからは案の定、ろくに開いてもいなかった小難しいものの一つに、私の衝紋口座に報酬と慰謝料を入金したとかいう通知が入っている。……なるほどな。これは確かにヒューゴが呆れるのももっともな話だ。
「これと、これとー……」
せっかくなので重要そうな書類とか、どうでもいいやつとか、取っておく必要はないけど一応学徒司令の紙とか、新聞の薄刷りとか、そういうものを分類分けしておくことにした。
改めて見ていくと“こんなこともあったっけな”なんてものまで見つかって、少し懐かしい。
「これでよし」
重要そうな書類は、棚に飾ってある砕けた赤陳のタクト……の下に置いておくことにした。
ちょっとした台座が重しになって、まぁ掃除の時にうっかりなくなることはないと思う。問題は私がここに置いたことを覚えていればの話だけど。
水暖炉に熱が灯った後は、なんとなくそこにケトルを沈めて紅茶を沸かす。
いつもはそんなに入れない砂糖を少しばかり多めに入れる。甘い。ミルクも入れたいけどミルクは無い。
お茶請けにしまっておいたビターナッツをかじりつつ、口座の明細の数字を色々なもので割ったりしながら二回ほどおかわりすると、体が温まったせいもあってか、眠気が襲ってきた。
「……うん。寝るか」
まだ日暮れ前。人々はまだ街中で忙しなく動き回っている時間だ。
けど私はもう眠いや。
脱いだスカートの折り目を整えてベッドの下にペタンと封印し、安物のローブを羽織って、髪も下ろして、窓を閉めて。
「あー疲れた。おやすみ……」
私は日常に帰ってきたことを噛み締めながら、暖かく心安らぐベッドの中で眠りについたのだった。




