鏡015 劈開する骨
クラインが勝利した。絶不調の中で二回の試合を制した彼は、これによっていよいよ上位一桁代の成果を確定させたわけだ。
ミネオマルタの学園でもあと残っているのはモヘニアとナタリーしかいない。学園でも上位三人に残れたってことだ。まだクラインは入学して一年くらいしか経っていないことを考えると、これは快挙と言っても良い。
私達もそれなりに昨日の痛みを引きずっていたが、それでも早く彼を祝ってやりたくて、こちらから救護室の方へ出向くことにした。
ベッドの上に座っていたのは疲れ果てた表情のクライン。
「お疲れ! クライン! おめでとう、良くやった!」
『凄かったぞ! 良い粘り勝ちだ!』
「やるじゃん! クラクラインのくせに!」
「おめでとう! ……と言いたいんだけどクライン。僕の気のせいかな? あまり喜んでいないようだけど……」
確かに、言われてみればそうだ。いくら常に仏頂面のクラインとはいえ、今日は体調を鑑みれば十分に快勝のうちに入る試合だったし、少しは喜んでもいいものなんだけど。
「まぁ……勝利自体はオレ自身も評価しているが」
「ならもっと喜べばいいじゃん?」
「こちらとしても、できればそうしたいところなのだがね……」
クラインは左足を軽く上げてみせた。床からほんの十センチほど。
「どうやら先程の試合で、足の骨にダメージが及んだらしい」
「……えっ?」
「うそぉ」
「色々と便利な薬こそあるが、明日までに治る見込みは無いそうだ」
つ、つまり……?
「明日の試合は出ない。オレの大会はこれで終わりということだ」
そう言い捨てたクラインは、心底疲れた様子で鼻息を吐き出していた。
……こうして、私達特異科のマルタ杯への挑戦は終わったのだった。
終わった……けど、後味がなんていうか……微妙な感じだな……。
救護室で対応に当たっていたイェンさんから詳しく聞くところによれば、クラインの足はここ数日の無理が蓄積したせいもあり、弱っていたのだろう……とのことだ。
そこから連続の試合、そして最後は前のめりに倒れ込む寸前から強い踏み込み……で、ペキッといってしまったと。
幸いヒビ程度のものなので安静にしていれば問題ないそうだが、魔術戦などもっての外。痛みを伴う秘蔵の薬でもさすがに一日では不可能だということで、クラインも多少は食い下がってみたようなのだが、医者から言われたことには逆らえないようで、棄権の判断としたらしい。
「オレは寝る」
「お、おう……お大事に。ゆっくり休んでな……」
「……ああ。試合後の“聖櫃”関係の集まりには出られないと伝えてくれ」
「うん。そうするよ。任せといて」
クラインはふて寝するかのようにシーツを被り、救護室で爆睡を決め込んだようだ。
この後は突入組への色々な話があるけど……うん。クラインはゆっくりしておいた方が良いだろう。
で、そうなると後は私達なんだが。
「……じゃあ私達だけでも、行くか」
「そうだにぇ」
「追って個別の連絡もあるだろうけど、クラインのためにも重要な話はちゃんと聞いて覚えておかないとね」
今日の大会の主役だったクラインがいないのは少し寂しいけど、仕方ない。
「……あっ、ごめん。先にモヘニアの試合……ああだめか、もう終わっちゃってるよな……」
「ああ、そうか。クラインの次だったからね、もう決まってるんじゃないかな」
クラインの勝利に気を取られてモヘニアの試合を見るのを忘れてしまった。ナタリーの試合もどうなったかわからないし……うーん、でも仕方ないよな。
既に今日の試合は終わり、観客もぞろぞろとラリマ競技場を去りつつある。
近頃は競技場の施設で寝泊まりしてすっかり変な馴染み方をした私だけど、こんな生活も昨日までだ。この後は寮に戻って寝なくちゃいけない。
そんなことを考えながら人通りの多い通路を歩き、大部屋までやってきた。
既に大部屋には突入組の面々の多くが待機しており、私達を見るや気さくに挨拶してくれた。
つってもほとんどは今朝も会った面子けどさ。ようよう。
「ロッカさん」
「あ、モヘニア」
中にはモヘニアの姿もある。隣には魔道士の子の姿もあり、さっきまで話していたようだった。
顔色は良く、表情は明るい。……これは勝ったのかな? どうもそんな雰囲気だ。
「ユノボイドさんの調子は大丈夫だった?」
「あークライン? うん、さっき見てきたけど……いや、あまり良くなさそうだった」
「えっ、そうなのか?」
そんな話をしていると横合いから盗み聞きしてたガルハートが食いついてきた。
「いや別に命に別状あるとかそういうのじゃないよ。ただ、左足をちょっと痛めちゃったみたいでさ……明日までに治らないみたいだから、次は棄権するだろうって」
「えっ」
驚いたのは何よりもモヘニアだ。
「……そうなると、私は明日の試合、ユノボイドさんとの試合は不戦勝になるわね……?」
そしてやはりというべきか、モヘニアは今日の二度目の試合も勝ったらしい。
皆はクラインの負傷とモヘニアのさらなる勝ち抜けに、悲しむべきか喜ぶべきか表情を作るのに迷っているようだった。
「ああごめんモヘニア。私達クラインの様子見に行ってたからさ、その後の試合見てなくて……モヘニアのも見れてなかったんだ。ほんとごめん」
「あら、そうだったの? ふふ……大丈夫、心配だったのでしょ? できれば明日の二回戦目を見てくれると嬉しいわ?」
「うん。明日は絶対に見るよ。おめでと、モヘニア」
「おめでとう、ムータニアスさん」
「おめっとー」
モヘニアは今はまだお酒を飲んでいないのか、皆から祝いの言葉を浴びて頬を染めていた。
お酒が入ってると常に顔が赤めでわからないけど、素面の時は結構顔に出るタイプのようだ。
「モヘニアさんの試合は素晴らしかったですよ! なにせ、相手は強豪で知られている方で、それに対して少しも引かずに環境を……」
「ちょ、ちょっとやめて頂戴……人前で、あまり……そういうのは……」
モヘニアが段々と顔の赤みを強めていって、そろそろりんごみたいになるんじゃないかって時に、ネルベレヒトさんが大部屋に入ってきた。
私達はそれを見るやすぐさま居住まいを正し、静かになる。丁度部屋の作りと偉い人の配置が講義室にそっくりなので、全員の体が似たような反応をしたのかもしれない。
ネルベレヒトさんの後にはザイキの役人さんと機人警官までやってきて、これからの話がそこそこ重要であろうことを予感させる。
「さて。まだ疲れも残っているだろうに、集まってくれてありがとう。この場にいない者もいるだろうが、そういった人たちにはまた個別に話す機会を設けようと思っているので安心してほしい。……期待している者もいるだろうから、先に言っておこう。今回の突入作戦に際して、君たちには報酬を支払う用意がある」
最初にネルベレヒトさんがそう告げると、私達の纏う空気は一気にざわりと熱を帯びた。
そう、金だ。金の話になればそりゃ意識もするさ。
「とはいえ、まだ今回の一件には手を付けるべき後始末があってね。そのためにも、君たちには“聖櫃”で見聞きしたことについて、まあこれは以前も言ったが口止めをしてもらう必要がある。とはいえ難しいことではないので、簡単な注意事項の説明になるのだが……」
そうして、ネルベレヒトさんからの説明は続いていくのだった。
ちなみに私は最初に言われたお金の話の印象が強すぎて、小難しい話はよくわからなかった。




