鏡014 膝をつく策士
「よお、クライン」
「ああ」
クラインの試合後、私達は彼と顔を合わせることになった。
私は彼の顔色にそれほど青っぽいものがないのを確認すると、頷く。
「それは何に納得した」
「いや、具合悪そうじゃなくてよかったなって」
「……まだ問題はない」
無理はしていないのだろう。ただ、まだ疲れを引きずっているようにも見える。
そりゃそうだよな。今の私だって結構だるい。魔力も体力も本調子とは言えない状態だ。
けど、そんな悠長な感想も無事であったからこそだ。クラインが操られた私を倒していなかったら、こうしてまた会うことも無かったかもしれない。
「クライン、昨日は助けてくれてありがとう」
「当然のことをしたまでだ」
「試合も凄かったよ。おめでとう」
「当然だ」
彼は少し恥ずかし……そうにしてるのかはわからないけど、多少は擽ったそうに顔をそむけつつ、いつもなりの素っ気なさで答えた。
うん、クラインはクラインだな。それでいい。
……けど、今は。そんな彼に、言わなきゃいけないことがある。
助けてくれてありがとう、だけじゃないんだ。
「……それと、クライン」
伝えたい想いを乗せて。愛想の悪い奴だけど、今は正直な気持ちで。
「……次の試合も、絶対勝ってこいよ!」
この後すぐに始まる試合の激励を送った。
マルタ杯もここまでくると人数も少なくなっている。
今日やったのもたったの十二試合だ。ラリマ競技場の広々とした会場にドンと一つだけのスペースで消化しても、すぐに終わってしまう。
だから今日だけは、もう一流しする。一度戦った魔道士たちは更にもう一戦、魔力をひねり出して戦わなければならないのだ。
「普通の魔道士だったら一日に二度や三度闘うのは平気だろうけど、戦法によっては消耗も激しいから大変だろうね。特にクラインは消耗を引きずった上での二連戦だ。しんどいと思うよ」
さしものヒューゴも表情が強張っている。私達はクラインの強さを疑っていないし、今だって負けるところなんか想像できない。それでも大丈夫なのかと心配してしまう。
「畜生……一日に二試合もあるなんて、どうして今日なんだよ……クラインついてねえな……」
『明日も二試合だぞ。明後日は決勝戦と式典だけだけどな』
人数にすればたったの十数人だっていうのに、若い学徒の活躍を見るために水の国から大勢がやってくる。もちろん、その残った数十人と関わりのない人たちは既にぞろぞろと帰っているのだろう。
けど、こうして観客席を見回した感じでは全くそうは思えない。ここにいる全ての人が、クライン達の勝負の行方に興味を抱いているのだ。改めて、それは凄いことだと思う。
「クライン、元気なかったにぇ」
「あら、ボウマにもわかるの?」
「だっていつもならもっとムカつくもん」
『そういう指標なのか……』
ボウマはクラインをなんだと思ってるんだよ。……いや、半分くらい納得しかけたけどさ。
実際、クラインはちょっと口数少なかったように思う。多分、さっきまで少し仮眠してたのかな? 寝ぼけ気味だったような気もするな。髪型見てる限りは寝癖とか全然わかんねー奴だから勘だけど。
「始まるみたいだ」
ヒューゴが目ざとく片隅の入場者を見つけ、それから少しして競技場が沸き立った。
残った魔道士が強いとわかっているほどに、観客たちはさらなる熱戦を期待するのだろう。
私達にもそんな期待はあるけど、それよりはクラインの無事な勝利を祈りたいところだ。
クラインと向き合う対戦相手は、奇しくもクラインとそっくりな水色がかった薄色の髪の男だ。
けど髪はさっぱりと短く切られ、服装も遠目から見てカッチリとした印象の強い、ギルド職員のような上下だった。礼服ってやつだろうか。
名前は“万年雪のフィルレイネス”。水環境と氷結術に長けた、典型的な水魔道士だ。得意戦法は当然、水環境による堅実な攻め。私の見たところ、旧貴族は皆本当に環境の構築が大好きだけど……何か理由でもあるんだろうか。そりゃ、強いのはわかるけどさ。
「“名誉司書クライン”、どうやら本調子ではないようだな。酷い顔だぞ」
「ああ」
「そうか……二戦目ともなれば仕方あるまい。この後はゆっくり、二日ほど休むが良い」
「考えておく」
「……そうしておけ」
どこか対象的な二人は向き合って短く言葉を交わした後、定位置について構えを取った。
その時にもなるとクラインはちゃんと両手を前に突き出し、背筋も伸びているのだから不思議だ。きっと戦闘態勢を整えるのが癖になっているのだろう。
「試合、開始!」
そして試合が始まる。
私達は席から腰を浮かせながら、クラインの名を叫び、声援を送った。
本日二巡目の試合が開始されると、監督者席では不正の監視に目を光らせる一方で、クライン=ユノボイドに対して気遣うような目線を送る者も多かった。
「ちょっとは寝たとはいえ、魔力欠乏で倒れる寸前だったのに。よくやるわね」
雷の席のジェーンは苦笑いしている。
彼女は元凶を封じた最大の功労者である彼のために、試合の日時を少しだけずらすことを提案したのだが、それが聞き入れられることはなかった。
なので二試合目からは分が悪いだろうと思っていたのだが、クラインが仕掛けたのは序盤からの猛烈な速攻だ。短期決戦のために両手を休ませず振るう姿は、危うくも勇ましい。
『己の持てる力を見定め、最適な形でぶつかりにいったか。旧貴族の飾り物ではない、なかなか気骨のある若者ではないか』
「おや、アックス将軍が素直に褒めるとは珍しい。ですが私も同意見です。クライン=ユノボイド……彼はしっかりと現実を見て判断している。我は強そうだが、優秀な上官になれるでしょう」
『フン……レドラル。奴を取り込む腹づもりか?』
「いえそのようなことは。こちらの基準はあくまでも剣ですからね」
風のアックスも鉄のレドラルも、クラインの試合を注視している。もちろん対戦相手の“万年雪”の技量も無視できないが、つい半日前まで重要作戦に携わっていた相手ともなれば多少の贔屓目も出てくるものだった。
「あ、すごい。強化と術の切り替え速……ていうか性格悪すぎませんあの子。だめだ、笑っちゃいそう」
「笑ってますよジェーン将軍。確かに相手の嫌がることを的確に突いてますけども」
『ほう、あの僅かな手数で“万年雪”の苦手とする攻め位置を見抜いたか。形勢は傾いたが、魔力が残るかどうかだな』
クラインは果敢に攻める。いつも以上に集中し、いつも以上に速度を上げて。
相手は強者だが既に情報はデータで識っているし、特筆すべき相手ではない。やるべきことは短期戦であれば弱所への集中、一点張りだ。
「なっ……これは、想像以上に……!」
対戦相手は環境を増築することも水を相手に投擲することも困難になっているが、今のところは辛くも全て防御が間に合っている。
逆に追い込まれているのは急速に魔力を消耗しつつあるクラインの方で、顔色は術をひとつ投げ放つ毎に悪くなっているように見えた。顔に垂れて額に張り付く前髪も、その不調さを如実に表しているかのようだった。
“万年雪のフィルレイネス”はクラインの猛攻を防ぎつつ、同時に相手の顔色の変化を観察するだけの余裕があった。
相手は俯きつつあり、既に消耗している。残り十発もせずに勝手に崩れ落ちるだろう。それを待てば勝利は容易い。
フィルレイネスの読み通り、クラインの動きは見るからに鈍り始めた。
術を放つ速度が急速に落ち、それらをフィルレイネスは悠々と水で叩き落としてゆく。
差は歴然。だが序盤からの急激な猛攻により、得意の環境を構築する暇もなかった。決着をつけるには一つ、こちらの工程が踏めていない。
フィルレイネスは確実な一撃によって勝利するため、軽い環境術を唱えることにした。彼の頭の中では既に今日の祝勝会でのことが浮かんでおり、体は僅かに弛緩を始めている。
もう動けるはずもない死に体のクライン。
だが、クラインは前髪に隠した鋭い眼光でもって、確かにフィルレイネスの動きを見定めていた。
杖を緩慢に振り上げ、術を放つ仕草。詠唱。発動されるのは距離も威力も薄い、殺気の無いただの魔術。
攻撃にも防御にも使えない、ただの攻撃補助。そして勝利を確信して疑わない雑念だらけの足運び。
「……シッ!」
クラインは前かがみで倒れ込む――かのような仕草から、一気に右手を振り抜いた。
彼は杖を持たず、ともすればふらつく動きは無防備で弱々しいものだが、忘れてはいけない。彼の両手には常に、杖が収まっていることを。
「は――」
踏み込み、振り抜き、そして飛来する鉄の魔術。
フィルレイネスがお互いの中間に水を放り捨てようと杖を振り切ったその瞬間、彼は飛んできたそれが“銛”か“剣”かも判別できないまま、壇上から消え去った。
『……勝負あり。勝者、“名誉司書クライン”!』
逆転。奇跡の一撃による決着に、会場が大きく盛り上がる。
ほとんどは声援だったが、中には騙し討ちに近い決着にブーイングを送る者も混じっているようだ。
「はぁ、はぁ……少々、無様ではあったが……勝てば良いんだよ、勝てばな……」
もはや少しの術さえ扱えないクラインは、いつも以上に前かがみな猫背を作った状態で、ふらふらと通路へ退散するのであった。




