鏡012 頼れる面影
試合は進む。
私の知り合いは皆がみんな、この期に及んでも未だバラけていたので、ソワソワするような組み合わせは無かった。
だから比較的穏やかな心地で観戦してられた。
上位に残っているだけあって、見ごたえは充分だ。
魔術も派手だし、反応だって凄いと思う。
「いけぇー! 押し流せー!」
「魔力切れ近いぞー!」
「水属性の本気を見せてやれ!」
けど、俯瞰して見てるせいなんだろうか。
本戦の人たちの試合からは、なんていうか。あまりひりついた空気を感じなかった。
当たったら死ぬ魔術が飛び交う戦場とはまた別種の緊張感。純粋に技術と技術がぶつかり合う試合という、ある種のゲームだからだろうか。
もちろんお遊びとか生ぬるいだなんて思ったわけじゃない。
ただ、昨日までやってきた異空間での冒険は、本当に戦いだったんだなと実感した。
……人と人との試合形式の魔術戦。こうして改めて見ると、面白いな。
私には高等な理学の知識も技術もわからないけど、戦いの中では緻密な読み合いとやり取りがある。
「そんなもんかァ!? 五発に一発も外されちゃァ反撃なんて余裕なんですけどォ!?」
今試合中のナタリーなんかは特に凄い。
私は今まであいつのことを過小評価……してたつもりはないけど、それでもまだ本当の力を知らなかったらしい。
とにかくナタリーは避ける。回避の読みがとても上手い。少しでも甘い投擲が来るとすかさず反撃に出るし、反撃の切れも恐ろしく精密だ。
戦い方のスタイルは多分、クラインに近いんだと思う。自分は一切の攻撃を外さず、相手の攻撃に甘いところがあればすかさず咎め、苛烈な反撃に出る。相手と自分の技量を徹底的に比較するような戦法だ。
ナタリーの鉄針は速いし、正確だ。連発されると本当に辛い。
対戦相手もかなり上手くいなしてはいるんだけど、時折背後から再度襲ってくる針に対してどうしても一歩出遅れてしまう。
ナタリーの手の内は大会期間中にいくらでも調べられただろうし、下見だってしていたかもしれない。対策も練っていたと思う。それでも尚どうしようもないのが、ああいう地力の出る戦法なんだろうな。
実際、ナタリーは観客に差を見せつけるように快勝した。
よくもまぁあんなに踊るような動きで戦えるもんだ。
「……またナタリーと戦ってみたいな」
「え?」
私がぽつんと零した独り言は、隣のソーニャにキャッチされていた。愕然とした顔してるけどそう物騒な話じゃないよ。
「いや、前の時は私も魔術初心者だったからさ。今はもう結構勉強してるし、色々と覚えたし。もう一度試合をやってみたら、どうなるのかなって」
「……また喧嘩でもするのかと思っちゃったじゃない。そうね、上級保護とかじゃなければやってみても良いんじゃない? ナタリーだったらきっと喜んで乗ってきそうだわ」
「ね」
あるいはマルタ杯みたいに、身体強化込みの試合形式でやるのもいいな。
そうでもしないと私はまた防戦一方になりそうだからっていうのもあるけど……。
みんなと駄弁りながらの観戦は、気楽だった。
スズメが普通に物量差で勝った時はみんなで“おー”とか中身のない感嘆を漏らしてたし、モヘニアがいつも通りの千鳥足で入場した時なんかは回り全員が知ってたもんだから、一緒になって応援もした。
モヘニアも私達がいたのに気付いていたようで、試合前にこちらを向いては、うっとりとした顔で優雅に一礼したのが印象的だった。
そして彼女もまた、昨日あれだけ大変な目にあったにも関わらず快勝している。
ちょっと自分に自信持ててないような人だったけど、傍から見てる分にはやっぱ強いよモヘニア。
「そろそろクラインの試合が始まるわね」
「お、もうそろそろかぁ。あいつ元気かな」
結局、まだクラインとは顔を合わせていない。私の記憶では“聖櫃”の中で共闘した時が最後だ。
「怪我とかしてないかな、クライン」
『心配は無用だ。疲れてはいただろうが、それだけだよ』
言ってから気づいたけど、クラインの体調を気遣うのも今日でこれが三回目くらいだ。
やっぱり直接見て確認しないと、不安っていうのはなかなか消えてくれない。
「意外とロッカも、クラインのこと悪いようには思ってないのよね」
「えー? まぁそりゃあ……」
私がクラインのことを、か。
そりゃ出会った当初はすげえ嫌な奴だったし、けどその後付き合っていくうちに元々変な性格だってこともわかったし、誰に対しても喧嘩売るような言葉を使うし、なにかにつけて嫌味っぽいし……。
「いや、結構嫌な奴だなあいつ……」
「……ちょっと振り返っただけでそういう反応が出ちゃうのも、なんだか可愛そうになるわね……わかるけど」
それなりに長く付き合ってきた今だからこそ、そんな性格も軽めに受け流せるんだけどね。
だけど、クラインは頼りがいがあるからな。
魔術のことは色々と教えてくれるし、魔術以外のことも物知りだし。
何より、私が無茶したり馬鹿しても、クラインは助けてくれる。灼鉱竜の時もそうだったし、今回の“聖櫃”でのことだってそうだ。何度あいつに命を助けられてきたかわからない。
だからまぁ、変な奴だし嫌なこと言う奴だけど、嫌いじゃない。
……むしろ……そうだな。
父さんみたいな感じがして、安心するんだよな。
……クラインに父さんみたいって、クラインに言っても怒りそうだし父さんに言っても怒りそうだな。
ソーニャたちに言っても笑われるだろうし、口が裂けても言えねーや。
「お」
なんてことを考えている間に、クラインが入場してきた。
不健康そうな猫背歩きにぼさぼさの髪。徹夜でもしてきたのかって訊きたくなるような見た目だけど、あれはいつものことだ。歩き方も変じゃないし、きっと大丈夫だろう。
ああ、無事で良かった。
「お、“名誉司書”だ!」
「おーい! しっかり勝てよー!」
「ちゃんと休んだかー!? 寝るなよー!」
「他校だけど応援してあげるからねー!」
一緒に戦ってきた彼らの声援は好意的だ。そこに理学機関の垣根はない。
クラインがそういうものを求めているかはわからないけど、この数日で彼は皆の信頼を掴み取ったのだ。
一言二言話すだけじゃまず好きになれないクラインだけど、そんなあいつが他の人から憎からず思われているのを感じると、私はどうしてかそれだけで誇らしい気持ちになれた。
……この目線、むしろ私の方が親っぽいかもしれない。
「あ、クラインこっちに気付いたわよ」
「本当だ」
私達の一角が騒がしかったのか、クラインがうっそりとこちらを見上げた。
眼鏡の位置を直しながら見上げる彼の表情は手に隠れていてよく見えない。
「おーい! 怪我するなよー!」
私が大きく手を振って叫ぶと、クラインは……特に何も言った様子もなく、手を振る素振りもせずに、定位置に流れていった。
なんともまぁ淡白な奴である。
「ま、いつも通りのクラインみたいね」
「そうだね」
本当に愛想の無い奴だ。
でも、うん。いつも通りで良かったよ。




