鏡011 すぐに出る張り手
試合が開始されるちょっと前に会場に移動した。
ボウマは足の怪我もあってあまり無理はさせられないので、ライカンの肩の上に乗っている。
私達としてはライカンの方が酷い怪我なんだしやめとけよって言ったんだけど、ライカンが“ボウマを乗せていた方がバランスが取れて丁度いい”とかわけわからない理屈で乗れというのだから止めようはなかった。
多分、ライカンなりにボウマを気遣ったんだと思う。無理してなきゃ別にいいんだけどね。
「おっ? ようやく来たのか」
満員御礼の観客席を眺めて“うわー”とか思いながら歩いていると、目当ての指定席近くでガルハートが手を上げていた。
その付近には昨日の作戦で一緒になった魔道士たちが固まっており、彼らは私達を見つけるとやっぱり“おっ”みたいな顔をして、笑みを浮かべている。
「こっちこっち、まぁとりあえず座りなよ」
「昨日はお疲れ様、団長さん。さ、友達もこっちへ来て」
「お、おおおう?」
どうやらかなり歓迎されているらしい。
私達特異科の面々は魔道士たちに招かれ、またたく間に各々の席に座らされてしまった。
が、ヒューゴやライカンもそれぞれ話し合い相手がいたようである。特にライカンには、“情熱のモルト”が熱心に話しかけているようだった。
「人気者になっちゃったわね」
「う、うん」
唯一隣にいてくれるのはソーニャだけだ。
彼女は色々質問されている私の側で他人事のように微笑んでいる。
「で、どうだったんだ? あの後」
「事件は解決したって言われたんだけど、説明はほとんどなくてさあ」
「ロッカなら何か知ってるんだろう? 我々にも教えてくれないか」
とまぁ、聞かれる内容は昨日の終盤のことだ。
しかし私としても決着については詳しく知らない。最後の最後でクラインに担がれて脱出したみたいだしね。
そういうことを話すと、ガルハートたちは“そうか……”と重々しく唸った。どうも私の身体を気遣っているようだった。
「いや、私は平気だよ。怪我もほとんどないしさ。むしろ……そっちの方が痛々しいんだけど」
そりゃ私も気を失ったり色々あったけど、ガルハートたちだって怪我の具合は大概だ。
彼らは顔やら腕やらいろいろな場所に包帯を巻いており、見るからに傷病人らしい装いが多い。
けれど表情は晴れやかなのだから、事情を知らない人たちにとっては奇妙かもしれない。
「なに、俺たちもまた名誉の負傷ってやつさ。取り返しのつかない傷じゃなくて本当に良かったよ。その点、そっちのライカンさんは気の毒にな。ゆっくり養生してくれ」
「うん、ありがとう。……ガルハートたちが声をかけてくれたから、あんなに大勢で助けにいけた。感謝してるよ」
私がお礼を言うと、ガルハートはきょとんとした顔になった。
「……っはは! いや、声をかけたのは運が向いてたってのがほとんどだけどな……あんたらと一緒に作戦ができて、光栄に思ってるよ。こっちこそありがとうな」
ガルハートの話を聞くところによれば、私達突入組にはそこそこの額の報酬が待っているらしい。
当然、怪我の手当も向こう持ちでやってくれるだろう。ライカンは特注品だったらしい頭部の狼を作り直すのに費用を心配していたようだったが、私達の話を聞いて大丈夫そうだとわかり、見るからにほっとしている様子だった。
なぜそんなに狼頭にこだわるんだろう。と思いもしたけど、それは多分簡単には言い表わせられない個人の思い入れなのだろう。私にもなんとなくわかる。
「おっとそうだ。ついさっきこっちにきたロッカたちはもしかすると聞いてなかったかもしれないな。さっき会場全体に布告が出されたんだぜ」
「え? 布告? なにそれ聞いてないかも」
「聞いてないわね。内容は?」
「事件の首謀者を囚えたという布告さ。発表されたときは歓声がすごかったぜ? 聞いてなかったのは残念だったな」
どうやら私達はのんびりしすぎたせいで、国からの大事なお言葉を聞き流してしまったようだ。
事件が解決した……その時の盛り上がり、私も肌で感じておきたかったかもしれない……。
「ま、大丈夫よロッカ。きっとまた今日の大会が終わる頃には、広場で布告がなされると思うから」
「ほー」
「国の威信にかけて、成果を喧伝できる時にはするだろうな。いやぁ、このまま学園が再開したら俺もモテモテかもしれねえなぁ?」
「知らねえよ」
実際、今回の成果ってどうなるんだろう。活躍ってことになるんだろうか。
……灼鉱竜と戦った後は“竜砕き”なんて異名を付けられたけど、あの名前はなんていうか……そんなに好きじゃないんだよな……。
今回も異名をつけられたりするんだろうか……杖砕きとか……? なんか嫌だなぁ……結構砕いたりしたけど……。
『おっ、試合が始まるようだぞ』
ライカンがシャープな鼻先を会場に向け、私達の姿勢が自然と正される。
眼下に見える魔道士たちは杖を持ち、真剣そのものの表情で向き合っていた。
「距離は……投擲物の威力も少ないだろうな」
「ここなら物陰に隠れやすいわね」
「……ぷっ」
……不思議なことに、私達突入組は観客席から壇上の魔道士までの距離を気にしていた。
それも一人だけではなく、結構な人数が。
「あっはっは! なんか遠くにいる魔道士にも警戒する癖がついちまったなー!」
「ふふ、ふふふっ……そ、そうですね。今までなら絶対に気にもしない距離でも、どうしてか意識してしまいます」
「いやーでも俺はあんま笑いごとじゃねえよぉ。壇上から投擲してくるんじゃねえかって、なんかヒヤヒヤしちまうんだよなぁー」
確かに、試合中の魔道士達を見ているといつこっちに魔術を飛ばしてくるのかっていう警戒心が顔を出すな。
もちろん、人間の投擲なんて大した飛距離は出ないんだけど……あてがわれた指定席がそこそこ良い場所なだけに、微妙に操られている人たちの投擲があたってもおかしくないくらいの距離になってるんだよなぁ。
「……大丈夫? ロッカ。魔術が怖くなったりとか、してない?」
「え? うん、大丈夫だよソーニャ。私はそういうの全然大丈夫だから」
「……うーん、そう。……安心したけど、ロッカにはもうちょっと注意を払っててほしいわね……」
「なんでよ」
「そそっかしいんだもの」
……私、そこまでそそっかしいかなぁ。
「うっせぇ笑うな」
「あだッ」
なんとなく隣でゲラゲラ笑っているガルハートの頭をバシンと叩いておいた。




