鏡010 話し込む帰還者
服はなんと、全員分のをまとめて洗濯して乾かしてくれたらしい。
魔道士が多いので、魔術でちゃっちゃとやってしまったようだ。私が寝ていた部屋のベッドの脇に置いてあった箱に全部収まっていたようだ。
ただ、私のオイルジャケットだけは“どう洗って良いのかいまいちわからないので手を出せなかった”とのことである。他の服と一緒に洗ったら大惨事になる以外は普通に洗って大丈夫だけど、まあそれならそれで良いや。
「ん?」
しかしいざ着てみると、嗅ぎ慣れない匂いがする。
いや、これはひょっとするとベロウズの匂いか。
「どうしたのロッカ。臭いの?」
「いや、別にそういうわけじゃないけど」
「そう。まあその上着、いつも油っぽい匂いするものね」
油っぽいか。まぁ油だけどさ。石鹸だから普通の油よりは全然いい匂いだと思うんだけどな。
……他人の匂いが染み付いてるのは慣れないけど、次第に薄まってゆくだろう。
「おはよう諸君。よく眠れただろうか? 早めに帰還した者も、遅めに帰還した者もきっとよく眠れたことだろう。慣れない野営のようなこともしたと聞く。一日や二日で取れる疲れでは無かったはずだ。君たちは、それだけのことをやってのけたのだ」
朝。大会議室は以前までの切迫した空気とは違い、穏やかな雰囲気が漂っていた。
私達の前では本戦前にも色々と注意事項を教えてくれたネルベレヒトさんが、今まで見たことのないような嬉しそうな顔で、私達に語りかけている。
私は共に異空間に潜り込んだ魔道士たちと一緒に席についていた。
中にはまだ眠っているのか、それとも治療しているのか、理由は定かでないが姿の見えない人もいる。クラインもその一人だった。
「我々大人が転移できなかったのは予想外とはいえ……君たちだけでよくやってくれたものだ。私は、君たちの勇気ある行動に心から感謝と敬意を表したい。ありがとう、若き魔道士の諸君」
席についた私達は皆、誇らしげに微笑んでいた。
自分たちだけで大勢の魔道士を助けてみせたのだ。これは本当に凄いことだと、自分でも思う。
中にはまだ顔に絆創膏を張ってる人や包帯を巻いてる痛々しい姿もあったけれど、他の人を守ってついた傷だ。きっと誰も気にはすまい。
「本来ならば、我々は諸君らに対して然るべき報酬を与えねばならないし……かけるべき言葉も多い。だが、これから我々は本来の仕事……マルタ杯の続きを執り行わなければならない。続きはまたこの部屋で、今日の試合が終わった後になるだろう。これは捜査の一環でもあるので、忘れずに来てもらいたい」
そう。世間にとっては、まだ私達の活躍なんて耳にも入っていないはずだ。
今日行われる試合も延期されてきたわけではない。昨日もちゃんと試合をやったし、今日もやる。世間にとっては何の滞りもなく、マルタ杯が続いているのだ。
私達の体感は、何日も頑張ってきたんだけどね。
「さて。心尽くしと呼ぶには些細だろうが、今日は君たちのために見晴らしの良い席を用意してある。遅くに行っても問題なく座れる特等席だ。休みたい者は無理なく休んで良いし、友人と話し込みたい者もいるだろう。特等席のチケットを渡すので好きに座ってくれたまえ」
「やった!」
「いい席だって」
「場所取りしなくていいのか、良かったぁ……」
私はどうしようかな。もう本選出場者用の席に行くのも場違いだし、私もそっちにするべきか……いや。
一人で座ってもアレだし、私は普通の席にしておこう。
その前にまず、皆と合流して具合を確認しておかないとだ。
「ロッカさん。……無事で何よりね」
「モヘニア。うん、私は大丈夫。というか……モヘニアはこの後、試合あるんだよね?」
ネルベレヒトさんが退室し、私達も自由に行動して良いとなった後、特に見知った顔でもあるモヘニアが話しかけてきた。
顔もそんなに赤くないので多分、お酒を飲んでない……とは思う。
「ええ……けれどぐっすり眠ったから、酷くはないはずよ? 怪我もしてないし……ふふ、試合前に大会以上の実戦を積めたから、逆に調子が良くなってるかも」
「ははは」
そう言われると確かに、あの空間で戦ってると勘が冴えてくるかもしれない。
モヘニアの笑みには無理をしている様子もなく、至っていつも通りのように見えた。
「ところでロッカさんのお友達は、平気? 姿が見えないようだけど……」
「ああ、そうなんだよね。……ちょっと怪我してたみたいだし、まだ寝てるのかも」
「あら……なら、顔を出してあげたいでしょう。呼び止めてごめんなさいね」
「ううん、ありがとう。今日の大会終わった時、時間あったらまた話そうよ」
「ええ!」
そういうモヘニアの近くには、彼女に話しかけたそうにしている女性魔道士の姿があった。
あの子は確か……モヘニアが最後に肩を貸していた子じゃなかったかな。
それをきっかけに仲良くなれたのかもしれない。
私の場合はどうだろう。……うーん、思い切り石ぶつけたり殴ったりした相手しか浮かんでこないな。あまり考えるのはやめておこう。
「ああロッカ、話は終わったみたいね。ヒューゴたちはもう目が覚めてて、ボウマの所にいるわよ。一緒に行きましょう」
「おーわかった」
廊下ではソーニャが待っていた。ネルベレヒトさんの話を聞いている間に調べてくれていたらしく、既に一室でみんな待っているのだとか。
「ただ、訊いてみたけどね。クラインはまだ寝ているみたいよ」
「え、結構時間あったけど……」
「二度寝したんでしょうね。大変だっただろうし、試合前だから起こすわけにもいかないでしょ」
「確かに。あいつは寝かしておいてやろう」
聞くところによれば、クラインは私が乗っ取られた後も頑張ってたそうだし。
多分、私のことも助けてくれたんだろうな……。
……その時のこと、色々と聞いてみたい。どんな風に助けてくれたんだろう。
クラインと話せる時、じっくり聞いてみるとしよう。
「やあロッカ、息災そうで何より」
「やぁロッカぁ」
『おー、来たか』
ボウマのいる部屋はパーテーションだらけの即席救護室の一角だった。
そこには足に痛々しい包帯を巻いたボウマと、右手を同じく包帯に包んだヒューゴと、そして……。
「うわぁすごい顔」
『みんなそう言うんだよなぁ』
「声出さなきゃライカンってわからないよ」
『狼頭は俺のトレードマークだったからな』
頭部の狼装甲を外し、カルクの素体が剥き出しになったライカンがいた。
いつものごつごつした狼の顔がシュッとした爬虫類じみた機械顔になったのだ。他の二人の容態も気になったけど、まずはそっちのほうに目が行ってしまった。そして……。
「……右手」
『ああ、取り外してもらったよ。今は特に痛みもない。しかしとにかく不便だからなぁ、クラインの試合が終わった後、早めに付け替えてもらおうと思っているよ』
「うん、そうした方が良いと思う」
ライカンの右手は、やっぱりなくなっていた。
痛みがないのはわかっているけど、それでもやっぱり見ていて……気持ちの良い姿ではない。
『しかし俺よりも、ボウマの方が厄介なんだよなぁ』
「足、おもいっくそ捻っちまったじぇ」
ボウマの左足はがっしりと巻かれて固定されている。捻挫だと歩くたびに痛みもするだろう。こっちもこっちでしんどいなぁ。
「大会期間中じゃなかったらボウマ、階段の上り下りで死ぬほど辛かっただろうな。僕は手だけで助かったよ。いい薬ももらったし、治るのは早そうだ」
「ぐぇー、足悪いとなんもできないじゃん……」
『じゃあボウマ、俺の肩にでも座ってるか?』
「ライカンは大人しく休んでて!」
『お、おう……』
ボウマもボウマなりに、ライカンの身体を案じているようだ。
いや、ボウマは前からずっとそうだったな。ライカンがちょっと大変な目に合うと、いつだって一番取り乱すんだ。普段から大切に思っているんだろう。
「試合が始まるまで時間があるし、もうちょっとゆっくりしていこうよ。試合前にクラインと話せるかどうかはまだわからないけどさ」
「そうね。ヒューゴの言う通り、ここでだらだらしていましょう。ボウマのその足じゃ、連れ回すわけにもいかないんだしね」
そういうことで、私達はソーニャに話を聞かせるという意味もあり、しばらく病室の一角で話し込むことにした。適当な椅子を持ち寄って、小さめのベッドの上に座ったりなんかして。
私が向こうの世界で色々危なっかしいことをしていたことを聞くと、ソーニャはそのたびにどこか険しい顔をしていたけど、それでも全ては無事に良い終わり方をしてくれた事件ではあったので、終始和やかに語り合うことができたと思う。
……きっと誰か一人でも犠牲になってたら、こうはいかなかったんだろうな。
全員が助かって、本当に良かったと思う。




