鏡008 眠りこける勇士
『おかえり』
「……」
クラインは救護室へとやってきた。
あれよあれよという間に事件は視界の外で処理されていき、彼の手が及ばぬ場所で解決を見たのだという。
彼としてはその目で確かめたいものがあったが、三国の将軍含む偉い方が“無事に解決した”と言うのであれば口を挟む余地はない。
いささか消化不良であったが、クライン自身既に魔力も底をついていたし、いざ何かあったとしてもできることは少ない。なので大人しく彼らの指示に従い、身体を一通り清めた後、救護室へと足を運んだのだが。
パーテーションで厳重に区切られた空きベッドの隣には、大柄の機人が横たわっていたのである。
クラインは魔力欠乏でぼんやりする頭で彼を見て、はたと気がついた。
「ライカンか」
『そうだぞ』
その機人は見慣れぬカルクの頭部故に一見するとわからなかったが、声も装いもライカンのものである。
しかもベッドの上で肘枕を作るという彼らしからぬ体勢であったので、一層理解が及ばなかったのだろう。
「無事だったか」
『うむ、俺の方は既に処置を受けた。いやはや、我慢をするものではないな。いや俺よりも、そっちはどうだった? 無事か?』
「無事……と言えば良いのか。わからん。最後にオレとロッカが残ったが……」
思い浮かぶのはロッカ=ウィルコークスの姿だ。
彼女は早々に女性治療士に預けてきたが、その後のことはなにもわからない。
スキラー・ブライオンによって身体を乗っ取られた。
一時的ではある。元凶も、おそらく倒された。しかし一度身体を操られたことで、それが今後どのような影響を残すのかはクラインにもわからない。
『ロッカも帰ってきたんだな』
「ああ」
『心配か?』
「……」
心配である。しかしどうにもライカンにそれを言うのが、気が進まなかった。
言葉をどう置き換えるべきか。“案じている”。“問題があるかもしれない”。“憂慮すべき”……。
『よし、ならばクラインよ。お前も一緒にさっさと寝るが良い』
「……寝る?」
『うむ。俺たちにできることは、ゆっくりと身体を休めることくらいのものだ。違うか?』
全く持って正論である。何も言い返すことができない。
『それに、明日も試合があるのだろう?』
「あ」
『ははは、お前らしくもない。忘れていたのか?』
そう。長い異空間での激闘で忘れかけていたが、クラインの大会は明日も続いてゆくのだ。
まだまだ時間はあるが、多大な疲労を癒やしきれるかどうかは微妙なところだ。
『仲間が心配になる気持ちはわかる。だが、クライン。お前は皆の期待を背負って大会に残っている。お前が本領を発揮できないと、そっちのほうが気にかかってしまうぞ?』
「……だから寝ろと」
『そういうことだ』
そう言って、ライカンもずるりと毛布を被った。
大柄な彼ではベッドの縦も横もギリギリで、非常に狭そうに見える。
『さて、俺は寝るぞ。話は明日だ』
「……そうだな」
色々あった。伝えたいことも話したいことも、いくらでもある。
「オレもそうするか」
だが今は、合理的に眠ることにした。
心配。不安。達成感。様々な感情の昂りを抑え込みながらも、それに勝る疲労感によって、クラインはすぐに眠りにつくのだった。
「んが」
私は自分の変な声で目が覚めた。
ソーニャが聞いていたら無言でバシッと叩かれそうな声だ。正直自分でもどうかと思う。
「……あれ」
寝転んでいたのは柔らか……いや、そこそこ固いベッドの上だった。
辺りは暗い。でも、どこかの室内だ。多分、ラリマ競技場のどこか……。
「えっ、戻ってる? なんで?」
「目が覚めたか」
疑問に跳ね起きると、予想外に返事があった。声はすぐ隣。見れば、そこには……誰だ?
知らない女の人がいた。栗色の髪の、どこか大人びた人。多分、看護師だろうか。
「あの……ここ、どこですか」
「ここはラリマ競技場の仮設救護室だ。ロッカ=ウィルコークス、お前はどこまで覚えている?」
「え……っと」
確か私は、ええとベロウズを倒して、動けなくして……それから後は終わりで……いや。
「……ッ!」
私は咄嗟に右の義腕を確かめ、中に格納されているデムピックの無事を確かめた。
蓋を開いて肘に衝撃を与えると、僅かにデムピックの柄が顔を出す。……よかった、ちゃんとある。
「落ち着け」
「……私、確か最後に……あいつの杖を拾おうとして。それで……ああ、もしかして……」
「ベロウズ=ビスマロイドから話は聞いている。記憶に混濁はないようで何よりだ。あの後お前はスキラー・ブライオンによって身体を乗っ取られ……」
「あっ! そうだアンドルギン!」
私はベッドから跳ね起きて辺りを見回した。暗くてよくわからない。でもアンドルギンどこだ!? どこにやった!?
「落ち着け」
「あった!」
よく見たら女の人が持ってた!
「座れ。寝ていなさい」
「……はい」
見るからに呆れてそうな雰囲気だったので、私は大人しくベッドに戻った。
……まだ身体が疲れ切ってる。無茶したからな……これ、まだそんなに時間が経ってなさそうだ。
「まずは気になっていることから掻い摘んで教えよう。……スキラー・ブライオン、そしてその依代である至宝の杖は無事に鹵獲、封印された。かの者の脅威は過ぎ去ったと言って良いだろう」
「えっと……封印ってことは。え、じゃあ」
「事件は解決した、と言えばわかりやすいか」
「……本当に?」
「囚われていた魔道士は全員帰還、保護。“聖櫃”に突入した魔道士達も、お前を含め皆無事だ。……死者・行方不明者が出なかったのは……陳腐な言い方ではあるが、奇跡だ。ロッカ=ウィルコークス、お前をはじめとする突入班の面々には、改めて報酬を用意しなければなるまい」
最後の報酬って言葉にくらりときたけど、いや、それよりも。
「全員、無事だったんだ」
「今こうして視る限り、お前を含め全員無事だ。多少の怪我はあるが、取り返しのつかない者はいない」
女の人は不器用そうに、口元だけで微笑んでみせた。
「よくやった」
「……ありがとうございます」
良かった。うまくいった。
嘘みたいだ。何もかも……完璧じゃないか。
「ああ、良かったぁ……杖もちゃんとあるし、本当に……」
「今はまだ休養を――」
「あッ!? そうだジャケット! すいません、私のジャケットは!?」
「……普段からそんなに落ち着きが無いのか?」
「あっ」
よく見たら壁にかかってる。
……ああ、本当に良かった。全部無事だよ……。
「今はまだ、休養を取ることだ。明日に備えて早めに寝ておくと良い。……彼女のように」
女の人は隣のベッドの毛布をちらりとめくり……そこで眠っているソーニャを私に見せた。
「お前の身を案じて、ずっと起きていた。帰ってきてからも取り乱すほどに。……疲れ果てた彼女が再び目覚めるには、今一度深く眠っておく必要があるだろう」
「……そっか。ソーニャ……心配かけちゃったか。ごめん。……ありがとうございます。そうします」
女性は立ち上がり、古びた砂色のローブを軽くはたいた。
「事件は解決したが、しばらく慌ただしくもなるだろう。色々と声もかかるはずだ。……我々からも、用があればまた追って連絡を出すつもりでいる」
「……我々って?」
よく見ればそのローブ姿は看護師には見えない。かといって杖も何も持っていないし、魔道士というような姿でもなかった。
そういえば彼女のこと、どこかで見たような……?
「今はまだ、ゆっくりと眠ると良い。緊張の糸を切って、ゆっくりと……」
女の人は私の顔の前でパチンと指を鳴らし、微笑んだ。
その音はやけに大きく頭の中で反響し、ぼんやりと染み渡り……。
私は再び、深い眠りにつくのだった。
【ロッカ=ウィルコークス】
「やんのか? あ? そりゃあこっちのセリフだスカタンッ!」
年齢:18
人種:臥来/流季
所属:デムハムド採鉱労働組合、ミネオマルタ国立理学学園・特異魔学科
称号:クランブル・ロッカ、竜砕き、番長、特異科の喧嘩売ったらいけない奴、ツルハシの人、等
魔術:鉄属性魔術(岩石に変化する特異性有り)
戦闘:我流の喧嘩技、我流の投擲、等
趣味:食べ歩き、私物の手入れ、仕事
好物:破砕杖アンドルギン、肉料理
外観:
黄色の瞳。大抵は茶髪を高い位置で結っている。右腕が大きい義腕。男物の古いオイルジャケット、ノースリーブのブラウス、暗色のスカート、頑丈なロングブーツを好んで着用している。
人柄:
奇杖職人エルナの作品、破砕杖アンドルギンを愛用しており、それを用いた魔術の発動と掘削技術に長ける。特に身体強化を併用した掘削技術は高く、鉱夫という専門家の中で見ても類稀な技能の高さを持っており、それは過去一年以内の洞窟及び地下水道の探索の実績にも表れている。
非常に短気かつ好戦的であり、過去を遡ると幾つかの暴力事件が見られるが、そのほとんどは過剰防衛であるため、性格上の問題は低めであるように思われる。しかし、“眼光から殺意を感じた”、“思い切り肩をぶつけられた”、“多分だけどあいつに肋骨折られた怖い”等といった被害が公的に報告されていない範囲で存在するらしく、油断はならない。
かつては特異性のある魔術を本能的に発動できるだけであったが、理学学園の入学を期に驚異的な速度で魔術を習得。岩を出現させる稀少な術と熟練した身体強化、そして我流の格闘術によって、試合や大会などで好成績を納めている。灼鉱竜の討伐記録もあり、その実戦的な力量に疑う余地はない。特に地下空間においては、彼女の助力を乞う価値はあるだろう。
同じクラスの友人と交流を深め、その輪は少しずつ外側にも広がりつつあるらしい。
今後の要請の件もあるため、報告はより詳細に行われるべきだろう。
追記:
やはりダンジョンや極限環境での探索や捜索に適正があるらしい。
今後の要請について、熟考の余地があると見て良いだろう。
落ち着きの無さは気にかかるが、身近に歯止めとなる役の人間がいれば好ましいか。
評価:
親族:「何だお前ら。うちのロッカがなんだってんだよ。やらねえぞ。うるせえ、知らねえ。帰れスカタン」
担任:「はい、とても良い子です。誤解されやすいですけど、本当に優しくて。それに格好良い所も、凛々しい所もあって。これからも学園での生活を楽しんで、成長してくれたらなと思っています」
■■:「いやぁ実に素晴らしい! 彼女のおかげで素晴らしい杖を入手できた。本当にありがとう。ああ、もちろんアンドルギンも素晴らしいが、見たまえこの杖を。至宝の杖……まさにその名に相応しいではないか。ぁあ、要請か。後々考えねばならないか。うむ、後だ。後で話すとしよう」




