鑑006 伝導するブライオン
秘技が焼き捨てられたと、老いた師は語る。
時の革命の旗印として、時に建国を支えた魔術であったという。
安寧の世に強き術は要らぬと、書架ごと燃やされたのだという。
石版が砕かれたのだと、伝道師の男が悔やむ。
代々伝えられてきた魔法陣は邪道であると審判を受けたのだという。
家族を守るためには自ら審問官の前で砕かざるを得なかったのだという。
警告は聞き入れられなかったと、宰相は落胆する。
来たるべき日のために力を蓄えるべきだとの進言は、王にすげなく却下されたという。
墓に眠る竜は二度と起きることはないのだと、一笑に付されたのだという。
その時代、もはや過分な力は必要とされなかった。
両手から溢れ出た分の黒麦は粗雑に扱われ、汲みすぎた水はレイオネ草の茂みに撒かれていた。
席についた全員にスープが配られた時、世界は不合理な礼節と慣例を作り上げ、それ以上の給仕を差し止めた。
チョークは新たな定理を求めることをやめた。
書物には既知だけが刻まれ、それが全てであるとされ、それ以外は悪であるとされた。
だが我々は知っている。
暖炉から引き抜かれた燃えさしにはまだ意味ある文字が刻まれていたことを。
砕かれた石片に滑らかな環陣が弧を描いていたことを。
何より、鞭打たれた老人の頭の中にはまだ、受け継がれていたものが息づいていることを。
「伝道師ブライオン。我々は、我々の歩みを残さねばならない」
「礎にならねばならぬ。砕かれぬ礎に。我々の追い求めたものは存在したのだと。我々がそれを切り拓いたのだと、示されなければならぬ」
「他には何も求めませぬ。だからどうか、我々が探し当てたこの真実を、語り継いでもらえませぬか」
人はその男のもとに集い、求めた。
捨て去られゆく叡智が残ることを。後にまで。後々にまで。
「そのためならば、この魂も差し出しましょう」
「我らの名が遺るならばそれだけでも」
「我ら自身が礎になれるというのであれば」
最高位の伝道師たる彼は厳かに頷いた。
「ならば、私も共に捧げよう。全ての魂を火に焚べて、聖櫃の中で燃やし続けよう」
迫害された者が、失った者が、捨てさせられた者が一同に会する。
彼らは一人の伝道師を取り囲み、祈りを捧げ、魂を奉じた。
「たとえ時代が移り変わろうとも、王の血が途絶えようとも、この技だけは語り継ごう。永遠に……」
そうして最初の彼らは魂だけの存在となって、聖櫃の基礎となった。
静かに流れる時の中で彼らは穏やかな眠りにつき、目覚めることをやめた。
理式の夢を見て、時折詠唱の寝言を呟き、寝返りとともに杖を振る。それだけの存在になることを受け入れたのである。




