鏡002 着火する火縄
クラインの後を追うようにして穴へ飛び込んで……。
その後、私はまず身の危険よりも先に、“ああ”と納得した。
高いところからそのまま落ちるんじゃないかとか、強化すれば大丈夫かなとか、そんな不安は消し飛んだ。
結果的にはちゃんと上の階層と同じで落下中の減速も効いたから無事だったんだけど、それよりも。そんなことよりもだ。
「クライン」
「ああ。“あれ”だ」
落下して、奈落の闇が周囲から取り払われてすぐに見えたもの。
それは、私達の学園よりもずっと巨大で、神々しい建築物。
この空間には他の一切の建築物はなく、他の場所はレンガ造りの広間と階段が無作為に連続し、ただ延々と続いてるだけ。
「あの神殿が、横たわる永遠の聖櫃ってわけだな……」
「だろうな。そして、手前に立つあの二人が、最後の門番といったところだろう」
「! あれは……」
神殿の巨大な門の前に立つのは、ベロウズ。上の階層じゃいつまでも見つからなかった、誘拐された最後の一人。
そして彼の背後には予想通り、体の欠けたスキラー・ブライオンが控えている。
「……ふん、操られているという顔ではないようだな」
ベロウズは……静かに舞い降りる私達の姿を、睨むように見上げていた。
そこに、これまでの操られていた魔道士たちのような呆けたものはない。
視線に宿るのは明確な敵意。そして……怯えや、不安。
「ひでえ面してるな、ベロウズ」
私は、どうにもきまりの悪い気持ちを腹に抱えたまま着地することになった。
空中にいる間はずっと無防備だったはずだけど、ベロウズは手出ししなかった。それは余裕だからなのか、それとも……。
「……いきなり、酷いことを言うんだね……。やあ、“クランブル・ロッカ”。“名誉司書クライン”。ようこそ、聖櫃へ」
言葉の割にはいかにも歓迎していない声色で、ベロウズが言う。
お互いの距離は三十メートル程度。奇しくもそれは、マルタ杯の試合開始時点と同じ位置取りだ。不思議と私達の言葉は、どこまでも鮮明に響き、相手に届いているようだった。
「ベロウズ。アンタ……」
「そこをどけ、スキラー・ブライオンはゴーストであり、水国で指名手配されている凶悪犯罪者だ」
「……そうだぞ」
「オレ達は奴の依代であるあの杖を確保する必要がある。お前が協力する必要はないが、邪魔をするならば容赦するつもりはない」
「……そういうことだ」
私は色々とベロウズに言ってやりたかったが、真っ先に言っておくべき言葉は全てクラインが言ってくれそうな気がする。
私だって好んで言い合いをしにきたわけじゃない。向こうがさっさと道を開けてくれるのならそれが一番だ。
けど……。
「容赦をするつもりがないということは、ぼくと闘うということなんだね」
ベロウズはスパナロッドを構え、褪せた色のマントを翻した。
……ああ、やっぱりそうなのか。
「話が早いのは助かる」
相手が構えたら自分も構える。クラインとしてはそもそも話し合いなどしたくなかったのか、早々に両手の指環を前に差し向けた。
そうか。始まっちまうんだな。まあでもわかってたことだ。相手に意識があるからって、私も最初から説得できるとは思っちゃいない。
けどよ、ベロウズ。
「自分の顔、見てみなよ。今のアンタ……本当に、酷い顔してるから」
冗談で言ってるわけじゃない。
今のベロウズの顔はさ、本当に……見てられないんだよ。
「……ぼくは、きみが。きみたちが嫌いだよ」
「ああ、聞いたよ。試合の前にも」
「眩しいきみたちを見ていると……嫌になるよ。色々と。何もかも」
「だったらさ、やめちまえよ。……その方が私達としては、助かるからさ」
「……きみたちが、か」
ベロウズは少しだけ俯いて、僅かに口元だけで笑ったように見えた。
「……じゃあ、絶対にやめない。諦めないよ」
それは、私がいらんことを言ったからなのか。ベロウズが生粋の天の邪鬼だったからなのか。
いや、きっとそんなんじゃない。ベロウズも多分、私達と同じなんだよな。
「……私が何を言ったところで、止まらないんだろうな。アンタのその様子だと」
私はアンドルギンを正面に構え、精神を研ぎ澄ませた。
……問答は終わりだ。上での連戦のせいで、私にもクラインにも、魔力の余裕はほとんどない。
二人がかりで挑んだとしても、大会で私より強さを見せつけたベロウズに勝てるかどうかは……未知数かもしれない。
でもやる。闘って、ベロウズの頬を張って、縛りあげて連れ戻す。
そうしたらスキラー・ブライオンの杖だってボコボコに砕いてやってもいい。
余裕が残ってたら目の前に聳え立つあの神殿を根本から打ち砕いて倒壊させてやるよ。
「若者よ、異物は目の前にある。異物を排除し、神殿を守るのだ」
「ああ……そうだね。わかっているよ、師匠」
未だ不安定なスキラー・ブライオンが動き出す気配はない。多分まだまだ回復には程遠いのだろう。自ら術を撃ってくるような気配はなかった。
だからこれは、二対一。私達にとって有利な闘いなのだ。
「若者よ。危機に瀕したならば我が手を貸そう」
「ううん、いらないよ。師匠。ここは……ここだけは。ぼくだけで、やってみせるから」
地面を擦るスパナロッドが火花を散らし、揺れる。
風が吹く。マントがはためき、どす黒い炎が舞い散った。
遠くからでも感じる、窯の中で長時間吹き込まれたかのような熱気。
ベロウズを中心に、不吉な赤黒い炎が渦を巻いていた。
「ぼくは“整備人のベロウズ”。……ここの施設は立入禁止。部外者はさっさと帰ってもらおうか」




