砥057 折れ曲がるフレーム
石碑の前に座り込み、クラインと二人で休憩している。
思い返してみれば、こうしてクラインと一緒に二人だけでいる状況っていうのもなかなか珍しいな。
かといって、今は腹に非常食を掻っ込んでいるところだし、話が弾むわけでもないんだけど。
みんなが一斉に帰ったので、物資は潤沢だ。治療用の消耗品も、薬も、食べ物飲み物なんだって余るくらい残っている。これから最後の突入前なので、もはや出し惜しみする必要もなくなった。
……まぁ、これからの突入で持久戦があるかどうかっていうと、多分……無い気はするけどね。なんとなくだけどさ。
「なあ、クライン」
二本目の中途半端な残りの水筒を飲み干して、私は彼に声をかけた。
「なんだ」
「あの時使った魔術さ」
「あの時とは」
「ガラス出したやつ。あれさ……あの時咄嗟に思いついたの?」
「ハッ」
またそういう笑い方しやがってこいつ。
「……構想だけならば、水属性術を……ガラスの生成を体得した最初期から、ずっと持っていた」
「えっ、いつそれ」
「オレがまだ十にも満たない時期の話だ」
クラインは眼鏡を外し、それを眺めた。
彼は眼鏡を外しても、たいして見えにくそうに目を細めたりはしない。至って普段と同じような目つきで、黒縁の眼鏡をじっと見つめている。
「……ウィスプ母さまは火属性に秀で、父さまは水に秀でていた。オレは父さまに似ていたから、それを受け継いでいる……そう期待されていたし、オレ自身もそうだった。最初に火の魔術を覚えて、その次に水を覚えようとして……そうして、発覚した」
水がガラスになる。私はあまり頭がよくないから、本当の意味でその重みを理解することはできないんだろう。
でも、それがクラインにとっての大きすぎる契機だったというのはわかる。
「ガラスを投げても無意味なことはすぐに理解した。一部が欠けただけで全てが崩壊する特性はあまりにも脆弱に過ぎ、鉄の劣化でしかないからな」
「……レンズは頑丈なんだ」
「柔く損耗しやすいが、傷や欠けさえなければある程度は持つ。その特性を利用できないものかと至った考えが、レンズだ」
「眼鏡のレンズ、いつも入れ替えてるもんな」
クラインはよく眼鏡のレンズを入れ替えている。親指でべキっと思い切りよく砕いて差し替えるのは見慣れた光景だ。
「幼い頃、最初はこのレンズを攻撃に転用できないものかと考えた。火属性の術を使い、光を一点に集中させる……」
「……どうだった?」
「そこに一人の馬鹿が居ただけだった。攻撃への活用は、その時を境に諦めた」
「……そうか」
まあ、メラメラ燃える火の光を集めても特に何も起こらなそうだもんな……揺れてるし……。
クラインも昔は失敗したんだな。当然のことなんだろうけど、こいつにもそういう時期があるんだよな。
「だが、そんな馬鹿馬鹿しい訓練時間も……光魔術の修得によって、少しは活かされた。レンズ作りの日々も、決して無駄にはならなかったわけだな」
クラインは眼鏡を掛け直して、水を一口分だけ、飲んだのか飲んでないのかわからないくらいの短い時間だけ、水筒に口をつけた。
「……やってみなきゃわからない」
私は呟いて、立ち上がる。
アンドルギンを手に取って、又目樫枝の柄をオイルジャケットの腕に挟んで、拭う。
「クライン、よく言うよな。それ」
「悪いか」
「いや別にそんなこと言ってないし。私は全然悪いなんて思ってないから」
やってみなきゃわからない。そうなんだよな。色々とさ。すげえ良い言葉だと思う。
「私は好きだよ」
「……そうか」
握りの感触は悪くない。さっきはかなり荒っぽく振り回したけど、少しもガタが来てない。木製部分まで頑丈っていうのも驚きだ。さすがは高級素材。又目樫枝だし、多分鉄魔術の刃物が直撃しても割れることはないんだろうな。
「博打はしないし、好きでもないが……闇雲に打って出ることで、拓ける道もあるかもしれん」
クラインが立ち上がり、水筒を放り捨てる。
お互いに準備は完了だ。
私はクラインの静かな瞳を見つめ、彼は私の、多分ギラついているであろう目を見合わせた。
「じゃあ、いくぞクライン。下に何があるかわかんないけど。深さもどれくらい掘れば良いのかは知らないし」
「ああ、採掘は君に任せる。得意分野だろう」
「へへ……」
そう、得意分野だ。採掘道具を持ってる時の私は無敵なんだぞ。
「おっし。そんじゃあ、ひと仕事……いや」
仕事、ではないな。これはあくまでも。
「私達の意地とわがままを、始めるか!」
「ああ。意地の方はオレので良い」
「私だけわがままかよ!? まあそれでも、良いけどなッ!」
ツルハシを振り下ろす。
真下へ思い切り、強化を込めて、何度も何度も振り下ろす。
均質な岩が素直に貫かれ、砕け散り、一部の破片が頬にまで跳ね返ってくる。
強化した肌を打つ石片の感触が懐かしい。薄っぺらなタイルを砕くのとはぜんぜん違う。
「やれやれ……」
少し離れた所にいるクラインはそんな私のことをちょっと呆れたような目で見ていたけど、それでも関係ない。
私はほんの少しの間、故郷を思い出させる作業に没入したのだった。
「あ」
そして、見えた。掘り当てた。多分、お宝を。
「クライン」
「……ああ、来たか」
深めに掘り抜いた煉瓦の地面。
最も深く抉った、腕一本分くらいの一部が、ぽっかりと暗い穴を作っていた。
試しに周囲の石を掘って広げてみれば、それは確信に変わる。
奈落だ。石の層が途絶えた、虚空の闇。下の世界へと続く、先の見えない異空間。
それがただ黒いだけの壁でないことを証明するように、斜面を転げ落ちた石の破片は闇の奥へと消え去ってしまった。
……この煉瓦の空間に降りてくるまでにも、同じような奈落を通ってきた。
同じような造りなら、これも同じはず。この闇の中に身を投じれば、下層へ。スキラー・ブライオンがいるかもしれない場所へとたどり着けるはずだ。
……多分だけど。
こっから先は私も未知の場所だから、絶対の自信があるってわけでもない。
下に空間があるのか。あったとして、この煉瓦の空間と同じようにゆったりと落ちるような仕掛けがちゃんとあるのだろうか。
「だ、大丈夫かなこれ」
「この期に及んで何を言っているんだ」
「いやぁ……減速効かなかったらどうしようかなって思ってさ……そのまま落ちたんじゃ、多分あの高さだと強化しても無理だろうし……どうしたもんかなーって」
私がそんな弱音を吐くと、クラインは暫し口元に手を当てて、沈黙した。
「…………オレが影か……風を使えば、ある程度の減速はできるかもしれん。着地時に強化がなければ相当に厳しいが」
「え、本当?」
「だが、これはほぼ神業に等しい。全力の魔術から全力の強化。その咄嗟の切り替えはオレでも困難だ。足を折る危険は高いぞ」
「あー……あ、じゃあクラインが魔術使ってよ。私はそれにしがみついて、着地する時に強化しておくから」
「は」
なんだよそのありえない馬鹿を見たような驚いた顔は。
しょうがねえだろ私は強化しかできないんだから。
「それは……それは非常にありえない考えだと言わざるを得ない。君は馬鹿なのでオレは先に行くぞ」
「え? いやアンタ……うわっ、本当に行きやがった! ちょ、ちょっと待ってよ!」
クラインが相談する間もなくさっさと飛び込んでいってしまった。なんて薄情な奴だ。
私は彼を追いかけるようにして、ほとんど勢いで危険かもしれない闇へと突っ込んでいくのだった。




